海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「スコーピオン暗礁」チャールズ・ウイリアムズ

海の底に沈んだ金を巡る争いを描いた巻き込まれ型スリラー。要約すれば以上で事足りるのだが、構成に一捻り加えてあり、発端の謎に二通りの結末を用意している。読者は、メキシコ湾を漂流していた無人のヨットから「発見」された航海日誌、つまりは本編を読んで後、物語の終局について解釈することとなる。

元作家で潜水夫のマニングのもとに美貌の女が訪れる。海に沈んだ自家用機から或る物を引き揚げて欲しいという。操縦していたのは夫で、事情により姿を隠しているが、準備が整い次第、合流して洋上のポイントへ案内すると女は告げた。どう考えてもキナ臭い話だが、瞬時に女に惚れたマニングは依頼を承諾。早速姿を現したギャングらをかわしつつ出発へ向けて急ぐが、事がうまく運ぶ保障など、端からあるはずもなかった。

人物造型や展開の仕方などが荒く、プロット自体も洗練されたものではない。主人公が無謀な冒険に向かう動機も弱く、犯罪絡みの金を取り戻すべく派遣されたギャング2人も生彩はない。だが、主人公が「元作家」という点が本作最大の〝ミソ〟となり、印象深いラストシーンを用意する。

評価 ★★☆

 

スコーピオン暗礁 (創元推理文庫)

スコーピオン暗礁 (創元推理文庫)

 

 

「静かなる天使の叫び」R・J・エロリー

ミステリとしてよりも、文学的な味わい方を求める作品で、苦労人らしい著者の人生経験と創作に懸ける意気込みが伝わってくる。

物語は、第二次大戦前夜の米国ジョージア州の田舎町に住む少年ジョゼフの一人称で進み、その後三十年にもわたって続くこととなる幼女連続殺人を中核とする。主人公は、刻々と変化していく環境の中で事件の謎を追い、遂には真相へと辿りつくのだが、結末で明かされる真犯人は唖然とするほど捻りが無い。そもそも謎解きで読者の興味を引っ張ることを放棄しており、物語の構成/展開も筆の赴くままに仕上げたという感じだ。ジョゼフが家族や隣人、学校の友人や教師など、様々な関係性の中でどう成長していくかを描くことに主眼を置いており、そのひとつひとつのエピソードにマロリーは力を注いでいる。特に、ニューヨークで暮らし始めたジョゼフが文学者の卵らと非生産的ながらも生き生きとしたやりとりを繰り広げるあたりは躍動感に満ちている。

章の合間には、真犯人と対峙している「今現在」の主人公の独白を挿入しているのだが、その暗鬱な悔恨は、やや過剰で緊張感に欠ける。衝撃性の薄いラストに、このパートは大袈裟過ぎて不要だろう。

評価 ★★★

 

静かなる天使の叫び〈上〉 (集英社文庫)

静かなる天使の叫び〈上〉 (集英社文庫)

 

 

 

静かなる天使の叫び〈下〉 (集英社文庫)

静かなる天使の叫び〈下〉 (集英社文庫)

 

 

「冬の裁き」スチュアート・カミンスキー

カミンスキー熟練の筆が堪能できる渋い警察小説。既に孫もいる老刑事エイブ・リーバーマンを主人公とするが、相棒となる刑事ハンラハンも重要な位置を占める。人生の黄昏時を迎えた刑事二人を狂言回し役に、罪を犯す者たちを見つめた〝人間ドラマ〟といった作風で、地味ながらも味わい深い物語が展開する。本作は、日本で初翻訳された1994年発表のシリーズ第3弾。以降、本国では第10作まで発表されているが、翻訳は第5作「憎しみの連鎖」まで。コアなファンを無視し、売れなければすぐに見切りを付ける現代の出版事情を考えれば、これでも長く続いた方かもしれない。

タイトル通り、厳しい冬のシカゴを舞台に、リーバーマンの甥が2人組の強盗に殺害されたケースを扱い、その発端から解決までの一日の流れを時系列で描いていく。当初は行きずりの犯行と捉えられた事件が、終局で予想外の真相へと辿り着く。淡々としていながらも、人生の機微までを伝える筆致が見事だ。
評価 ★★★☆

冬の裁き―刑事エイブ・リーバーマン (扶桑社ミステリー)

冬の裁き―刑事エイブ・リーバーマン (扶桑社ミステリー)

 

 

「クレムリン 戦慄の五日間」

1979年発表のスリラー。話題作ではないものの奇抜な着想を盛り込んだストーリーの面白さで読ませる。捻りのない翻訳タイトルで損をしているが、原題は「ソールト・マイン」で岩塩坑を意味し、作中では反政府グループのコードネームとなる。旧ソ連時代、クレムリンを乗っ取るという大胆不敵な武装隆起を描いているのだが、リアリティは薄めてエンターテイメント性を重視。犯行グループは、命を捨てる覚悟で政府転覆を目論むのではなく、首謀者は人質の解放を含めて仲間らの逃亡までをしっかりと計算している。「狂信的」テロリストによる捨て身の謀略ではなく、智力に長けた実行犯と心臓部を狙われたソ連政府のやりとりがゲーム感覚で進行するさまが、本作の読みどころといえる。
後半で明らかとなる要求はささやかなものだが、先の読めない緊迫感に満ちた展開の中に、苦いユーモアや刹那的な恋愛を絡めるなど、なかなかの大人の小説である。人質がストックホルム症候群に陥るなど、物事がうまく運びすぎるあたりはご愛敬だが、無駄に血を流さないことには好感を持てる。
評価 ★★★

 

クレムリン戦慄の五日間 (1982年) (創元推理文庫)

クレムリン戦慄の五日間 (1982年) (創元推理文庫)

 

 

「ダブル・イメージ」デイヴィッド・マレル

マレル1998年発表作。出だしこそ典型的なスリラーだが、プロットに大きな捻りを加えている。実質二部構成で、前半終了時に大きな山場を迎えたあと、本作の隠されたテーマ「ストーキング」の恐さが前面に出る。
数々の戦場写真により著名となったフォトジャーナリストのコルトレーンは、ボスニアの山中で大量虐殺の証拠を押さえる撮影に成功する。だが、隠滅工作を指揮していたセルビア人司令官イルコビッチに発見され、重傷を負いながらも現場から逃走。写真は大々的に報道されるが、行方をくらましていたイルコビッチに執拗に狙われることとなる。一方で、悲惨な写真を撮り続けることに心身を消耗したコルトレーンは、余命僅かな伝説の写真家パッカードと出会い、〝再生〟への道を模索する。パッカードの死後、その芸術を自家薬籠中の物とすべく、そのイメージを追い掛けていたコルトレーンは、遺品の中に美貌の女レベッカの写真を発見。容姿が瓜二つのナターシャとの遭遇により、秘められた過去の謎へと没入していく。
中盤でイルコビッチと対決するコルトレーンは付け狙われる側であったが、後半では逆転して知らずに自らが「ストーキング」を為す者へと変わっていく。
相反するイメージが二重写しとなり、そこから予想外の相貌が浮き上がっていくさまなど、マレルのストーリーテーリングは鮮やかだ。文章は簡潔にしてスピード感重視。アクションよりも心理的に追い詰められていくサスペンスをメインに描く。
評価 ★★★

 

ダブルイメージ〈上〉 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)

ダブルイメージ〈上〉 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)

 

 

 

ダブルイメージ〈下〉 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)

ダブルイメージ〈下〉 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)