海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「殺戮者」ケネス・ゴダード

ゴダード1983年発表で、唯一翻訳されている作品。間近にオリンピックを控えたロサンゼルス近郊の地方都市を舞台に、不可解な警官殺しを発端とする陰謀の幕が上がる。特に主人公を設定せず、一夜にして街全体がパニックに陥っていく情景をドキュメントタッチで描いており、なかなかの力作だ。

 米国内部に根を張るアラブ系のテロ組織の依頼により、冒頭で〝プロ〟のテロリストが海を渡り上陸するのだが、途中で鮫に手こずるシーンを挿入しており、これが皮肉なラストへと繋がっている。警察対テロリストという図式でラストまで突っ走り、とにかく警官らがバタバタと殺されていく。ゴダード自身に科学捜査員としての経歴があるため、捜査活動の細かい描写は的確で、警官らのやりとりもリアリティに富んでいる。不条理な殺戮に激高し、テロリストを追い詰めていく刑事らの執念が横溢する。

 評価 ★★★

 

 

「ランニング・フォックス秘密指令」ボブ・ラングレー

冒険小説の魅力を凝縮した1978年発表の秀作。大作ではないが、危険な任務に赴くことを厭わない男たちをスピード感溢れる筆致で活写し、やはりラングレーは希少な作家の一人であることを再認識した。

1976年、アフリカの独立闘争に揺れる英国植民地ローデシア(現ジンバブエ)で、現勢力の延命を懸けた秘密指令が発令される。軍情報部長官の独断で北イングランドにあるウインズケール核再修理工場からプルトニウムを盗み出し、原子爆弾入手で母国の情勢を変えようとする目論見だった。英国管理下でプルトニウムは厳重に守られており、近づくことは至難の業だったが、計画を起案したローデシア将校には秘策があり、無謀ともいえる極秘作戦を遂に実行に移した。

過去に秘密を抱えたローデシア将校ホイッティカー、IRA暫定派副参謀長クーガン、実弟をクーガンに殺されたSAS中佐パーカー、英国保安部長官ストレイカーという主要な男四人の行動を中心に、適度なロマンスも加えつつ、粗削りながらもラングレーならではの世界で登場人物が縦横無尽に動き回る。冒険小説ファンの心をくすぐる要素には事欠かず、軽妙なオチも爽やかな読後感を残す。 特に主人公を設定している訳ではないが、ラングレー自身の投影ともいうべき、〝冒険野郎〟ホイッティカーの生気溢れる活躍が本作の読みどころだろう。

 評価 ★★★★

 

ランニング・フォックス秘密指令 (創元推理文庫)

ランニング・フォックス秘密指令 (創元推理文庫)

 

 

「ゴーストマン 時限紙幣」ロジャー・ホッブズ

「21世紀最高の犯罪小説」という売り文句に加え、同業者や批評家の大絶賛が並んでいるが、どうにも精密さと盛り上がりに欠ける作品で、〝天才作家〟などという称賛は逆に嫌味ではないのかと勘ぐるほどだった。この程度のクライムノベルなら、創作時期や時代背景が異なるもののハドリー・チェイスが何作も書いているし、より上質な仕上がりで楽しめる。期待していた分、失望も大きい。私個人と波長が合わなかったと結論付ければそれまでなのだが、全てに於いて中途半端な印象しか残っていない。

まず、登場人物の造形が浅い。主人公は隠語で「ゴーストマン」と呼ばれる役割を担う男で、関わった犯罪の痕跡全てを消しさることが使命となるのだが、その専門稼業の特異性が今ひとつ伝わらない。名うてのゴーストマンだったらしい元女優に師事し訓練の末に第一人者となったという設定だが、その核となるのは、かつらや化粧、声色で別人に成り済ます「変装の達人」でしかないのである。他に何か特殊な才能があるかといえば、指紋が無いということぐらいか。犯罪組織には重宝がられていたが、マレーシアの銀行を狙った大仕事で失策を犯し、男は姿を隠す。その5年後、当時の犯罪計画立案者から「借りを返せ」と呼び出されるというのが発端となる。

男が強要されたこととは、犯罪プランナーが関わった強奪事件の後処理。現金輸送車を狙った計画が漏れていたことに加え、その紙幣には時限式の特殊な爆弾が仕掛けられていた。実行犯2人の内、1人は死亡、1人は重傷を負いつつも金を持って行方をくらます。背後にはギャング同士の抗争があり、これを好機と捉え潰し合いへと転回する様相を見せていた。ゴーストマンが借りを清算するためには、24時間以内に120万ドルの「時限紙幣」を奪回しなければならない。

本作には、さまざまな犯罪の〝天才的〟プロが登場するのだが、彼らの思考/行動から玄人ぶりが伝わることは無い。交互に語られていくマレーシアでの銀行強盗の顛末も、計画自体が穴だらけで予測された危機に対処もできずに破綻しており、ゴーストマンも大した活躍もせず地下に潜る。主人公はタフで頭の切れる男であり、他の登場人物らにも一目置かれる犯罪者としてホッブズは描いているのだが、物語中にそれを納得できるエピソードは無く、違和感がある。読み進めても、主人公の自尊心の拠り所が不明なため、闇組織と真正面から渡り合う姿が滑稽に感じた。

終盤に主人公は麻薬密売組織の小ボスと対峙し啖呵を切るのだが、その手法としてロシアン・ルーレットを選ぶ。これがまた都合良く事が運び、本来なら緊張感を煽るシーンだが、リアリティに欠けている。タネがある訳でもなく、ハナから強運の持ち主であることを結果によって示すだけだ。要はご都合主義が目立ち、ムードのみが先行している。唯一面白いと感じたのは、小道具である携帯電話の大量廃棄。通信手段としてゴーストマンがあらゆる場面で活用しては放り投げていくのだが、これこそ存在を示す痕跡とならないのかと苦笑した。

評価 ★★

 

【追記】著者はこの後、急逝した。若干28歳、まだまだこれからだったに違いない。クライムノベル、久々の新星として期待されていただけに残念だ。

 

 

ゴーストマン 時限紙幣

ゴーストマン 時限紙幣

 

 

「ホプキンズの夜」ジェイムズ・エルロイ

空回りした情念によって構成が乱れ、前作「血まみれの月」にあったドス黒い世界観まで打ち壊す明らかな失敗作だ。この後、エルロイは「ブラック・ダリア」という凄まじい傑作を上梓するのだが、デビュー以降の長い模索期に創作したホプキンズ・シリーズは、独自のノワールを確立する所謂「暗黒のLA三部作」に達するまでの長い試作期間ともいえる。部長刑事ロイド・ホプキンズ登場の第2作目となる本作には、その迷いと焦りがはっきりと表れているように感じた。
カリスマ的な精神科医のもとに集い、洗脳されていく成金やエリートたち。擬似宗教家は己の妄想を現実化するために、殺人や強盗などの試練を与えて達成することを要求。やがて失踪した元警官もその一派に加わっていることが判明する。同時期に警察内部からホプキンズを含む6人の資料が盗まれており、ホプキンズは些少な手掛かりから真相を追い求めていく。

「…の月」が秀れていたのは、殺人者とホプキンズの「狂気」が臨界点で一致し共鳴するさまが見事に描かれていたからなのだが、本作では最後まで乖離しており、展開も凡庸なものだ。通常の警察小説であれば「善と悪」の対照に違和感などないが、エルロイに求めることとは別次元の世界での対決であり、その果てのカタルシスである。人間の暗黒面を題材とはしているが、プロットと同様に咬み合わない刑事と殺人者のやりとりは破綻したままに暴力的決着をもって終幕を迎える。

評価 ★★

 

ホプキンズの夜 (扶桑社ミステリー)

ホプキンズの夜 (扶桑社ミステリー)

 

 

「天国の囚人」ジェイムズ・リー・バーク

アクの強いバークの作品は、はっきりと好き嫌いが分かれるだろう。「文学畑出身者が書いたミステリ」そのもので、時に物語の展開を妨げるほど、自然描写や郷愁にまつわるエピソードが挿入されていく。そもそも文体が異質で、過度に情感を滲ませ、客観的/簡潔なハードボイルドのスタイルとは程遠い。要はテンポが悪いのだが、俺の世界が解らなければ読まなくてもいい、というバークの姿勢は、或る意味潔いともいえる。翻訳は途絶えているが、本国では今も変わらずシリーズは続いており、独自のポジションを確立しているようだ。
プロット自体は複雑な謎解きはなく、ルイジアナ南部のバイユー地帯で、しがない貸し船屋を営む元警官デイヴ・ロビショーの不器用な生き方を主軸に描く。猪突猛進型なために自らトラブルを引き寄せ、そこから物語が動くという屈折した構成なため、「主人公」主体で引っ張る連作といっていい。マット・スカダーやC・W・シュグルー顔負けのアル中ぶりや、衝動的な暴力志向は、通常であれば本筋と直接関係の無い枝葉となるところだが、メインプロットよりも力を入れて印象深いシーンに仕上げているところがバーク流といえる。
本作は1988年発表の第二作で、ロビショーは自らの無鉄砲な行動によって案の定災厄を招き寄せてしまう。麻薬の絡む不法入国を発端に裏組織への接触を図るロビショー。無謀なアウトサイダーとしての行動は、当然のこと身内に犠牲者を出し、身勝手ともいうべき私闘へと変わっていく。
擬似的な家族の在りようなど新しい試みも取り入れているのだが、濃密な文章とマイペースな主人公を受け入れられるかどうかで、評価は違ってくるだろう。

評価 ★★

 

天国の囚人 (角川文庫)

天国の囚人 (角川文庫)