海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「喪服のランデヴー」コーネル・ウールリッチ

翻訳を通しても、都会的で洗練された文体の強度を失わない稀有な作家の一人、ウールリッチ/アイリッシュ。1948年発表、ブラックシリーズの代表作でもある「喪服のランデヴー」では、その耽美なレトリックがすでに完成しており、序章と終章における溜め息が出るような情操の表現を味わうだけでも読む価値がある。上空を通過した飛行機の乗客が投げ捨てた瓶の直撃を受け、逢瀬の待ち合わせ場所にいた恋人を殺された男。その無残で凍てついた心象風景を綴っていくプロローグは、ウールリッチならではの世界観を形作っている。

本作は凄まじい怒りによって復讐の鬼と化し、狂気の淵へと墜ちた若者ジョニー・マーが、真犯人を特定できないままに対象となる5人の男を探り出し、躊躇うことなく地獄の底へと突き落としていく物語だ。脈略無き不可解な連続殺人を嗅覚鋭く追う刑事も登場させるが、メインで描くのは、緻密な計算のもとに遺恨を晴らすジョニーが対象5人に加えていく報復の顛末である。推定する加害者を単に殺すのではなく、ジョニー自身が味わった悲劇と同様の苦悩へと陥らせる。その非道/冷酷ぶりは極まっており、罪のない人々までも犠牲にしていく若者には、いつしか同情よりも畏怖感の方が強まっていく。
捻りを施した構成の妙とサスペンスフルな展開で読ませる秀作であり、ウールリッチの魅力が溢れている。ノワールの先駆であり、ラストシーンにおいて自らも暗黒へと堕ちていくジョニーの絶叫がいつまでも耳に残る。

評価 ★★★★

 

喪服のランデヴー (ハヤカワ・ミステリ文庫)

喪服のランデヴー (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

「リプレイ」ケン・グリムウッド

人生を再びやり直せたなら。このテーマに数多の作家が挑み、これまで様々な趣向を凝らした作品が創り出されてきた。ただ、その大半はファンタジー色の強いノスタルジックな物語であろうし、「感動のドラマ」を構築するための設定としては使い古された感もある。1987年発表の「リプレイ」は、その後の同系列の作品に大きな影響を与えたといわれ、翻訳された当時もミステリファンの間で随分と評判になった。恐らく、ある程度の社会経験を経た大人にこそ共感できる要素を多分に盛り込んでいたためだろう。要は実に「生々しく」人生のやり直しを描いているのである。

主人公の男は43歳で突然死し、これまでの記憶を保ったままに、18歳の自分へと〝再生〟する。男は文字通り「人生をやり直す」ことになるのだが、理不尽にも25年後に〝その日〟を迎えると死ぬ。そして、僅かな時間のずれを生じさせながらも、同じように〝再生〟する。この呪われたサイクルの中で、主人公は否応にも生き方を軌道修正せざるを得ず、都度物語は様相を変えていく。いわば、一人の男が繰り返す〝再生〟に焦点を当てることにより、不条理な生死の命題が浮かび上がってくるという構成だ。といっても、哲学的な追究ではなく、あくまでも主人公らの行動を主体とし、サスペンスに満ちたエンターテインメント小説として仕上げている。

最初の〝再生〟では、平凡な人生では為し得なかった欲望を前面に出す。即ち、ギャンブルや株によって財を蓄え成金としての刹那的な欲を実現する。同時にケネディ大統領暗殺などの歴史的事件が己の働き掛けによって改変されることは無く、この世界では変わらず無力であることを知る。巨万の富を残して死亡、単なる貧乏学生へと舞い戻る。男は「やり直す」ことの空虚さに幻滅して、自暴自棄同然の怠惰な生活へと墜ちていく。
さらに次の段階では、愛する者と生きるという幸福の追求へとひた走る。妻との間には叶わなかった子どもを授かり愛情を注ぐが、定められた己の死によって、子の存在は抹消される。このパートは本作で最も痛切なテーマを含んでいるのだが、間違いなく「無」になることが判っていながらも、身勝手にも尊い生命を生み出し、殺してしまった自分の罪の重さに嘆く。そして、社会との関わりを回避するために、世捨て人となっていく。このあたりのエピソードは印象深い。
何故、生き返るのか。この不条理な〝再生〟は何を意味しているのか。男は同様の〝再生〟をする女と巡り会い、世間へと公表した上で、その謎を解き明かそうとする。だが、〝再生〟して生きる期間は回数に応じて加速度的に縮まっていた。それは、果たして真の「死」となるのか。そこに何らかの救済はあるのか。

日々、人生の岐路に立ち、様々な選択をして踏み出した一歩の後に「やり直し」は無い。つまり、成功なり、失敗なりの経験を経た上でのやり直しは、似たような情況下で二度目の選択をするに過ぎない。本作「リプレイ」で主人公が為すのも、やはり選択のやり直しであり、寸分違わぬ人生を繰り返す訳ではない。
人間として成長するチャンスを、常人よりも多く与えられた幸運な存在。本作の主人公を言い表すならば、そういうことになる。

評価 ★★★★

 

リプレイ (新潮文庫)

リプレイ (新潮文庫)

 

 

「真鍮の虹」マイクル・コリンズ

1969年発表、ダン・フォーチューンシリーズ第2弾。凍てついた冬のマンハッタン。降りしきる雪の中を、孤独の翳を引きずりつつ片腕の私立探偵が歩む。
冴えない博打打ちの旧友を救うための、見返りなき調査。人を殺してまで金を盗む度胸がない男であることを確信するが故に、或いは余計者に罪を擦り付けて眠りを貪る悪党のツラを白日の下に曝すために。真相を求めて卑しい街の最下層へと降りていくその後ろ姿には、己もまた穢れた社会に生きる一人であることの自嘲と、まだ心根までは腐り切っていないという矜持が滲み出ている。

私立探偵小説のヒーローの中でも際立ってフォーチューンは貧しい。隻腕なために、残された腕を失うことに恐怖感を抱き続けている。そのハンディキャップは探偵の弱さであり、強さでもある。稼業上、闇社会や警察の人間とは腐れ縁だが、持ちつ持たれつではない。抗う者としての男の生き方が、物語を強度を高めている。ロス・マクドナルドの直系としてコリンズが相応しい理由とは、罪を犯さざるを得ない人間の業を達観した眼差しで見詰める姿勢にあるといえる。

暴力が蔓延る街で、下層の人間はいつか幸運が転がり込むことを夢見る。だが、彼方に美しく輝いていた虹は、近づけば近づくほど薄れ、冷たく硬い真鍮の紛い物に過ぎなかったことを、やがて待ち受ける不幸のもとで思い知る。全ての事実を突き止めた後、フォーチューンは面倒ながらも放ってはおけない男を救えたことで、僅かな満足感を覚える。

本作はいささかプロットを複雑にした嫌いがあり、すっきりしない部分もあるのだが、ハードボイルドの精神を受け継ぐフォーチューンシリーズは読めるだけでも幸せだ。残念ながら、マイクル・コリンズは2005年に亡くなっているが、残された作品を今後も読み続けていきたい。

評価 ★★★

 

真鍮の虹 (1979年) (世界ミステリシリーズ)

真鍮の虹 (1979年) (世界ミステリシリーズ)

 

 

「高く危険な道」ジョン・クリアリー

1977年発表。第一次大戦終結直後の混乱期を背景に、ロマン溢れる冒険行を活写したジョン・クリアリー渾身の冒険小説。

本筋は至ってシンプルで、革命前夜の中国(翻訳では「支那」と表記されるが、現代では蔑称に近い)で武力闘争を繰り広げていた一将軍に身柄を拘束された米国人実業家の父親を救うために、英国に滞在していた娘イヴが戦闘機乗りを雇い、ユーラシア大陸を横断していくというもの。イヴは父親から翡翠の彫像を預かっていたのだが、将軍の命を受け英国へと赴いた代理人は、彫像の所有権は将軍にあり、即刻返さなければ父親を殺害すると脅迫する。その遺物には今後の命運を左右するほどの力が備わっていると主張、父親の居場所は代理人が無事帰国した際に告げるという。期限は18日。英国から中国まで最短の時間で行くためには、「高く危険な道」を選ぶしかなかった。

血気盛んな娘イヴに同行することになるのは、元英国空軍のエースにして現在はしがない雇われパイロットのイギリス人オマリイ、そして道中で旅の道連れとなる元ドイツ空軍の勇士ケアン。奇しくもオマリイとケアンは、先の対戦で敵同士として一戦を交えた仲だった。さらに将軍の代理人を含めた4人は、英国の複葉戦闘機ブリストル・ファイター3機に分乗し、彼方の大地を目指して大空へと飛び立つ。

戦闘機がまだ希少であった時代。堕落した帝国主義と噴出する民族主義の対立など不穏な世界情勢を盛り込みつつ、ヨーロッパ、中東から南アジアへと渡っていくのだが、給油のために降り立つ各地でのエピソードに趣向を凝らし飽きさせない。本作には自然の猛威と闘う飛行シーンは殆どない。圧倒的な分量を占めるのは、途上で立ち寄った異郷で、例外なく暴力が蔓延し荒んだ情況にある現地の人間に対し、4人がどう立ち回り、何を経験し成長していくか、というロードムービー的な挿話である。

優れた操縦士でもある大金持ちの娘に手を焼きつつも、未知の冒険にロマンを求め、再生への足掛かりを掴もうとするオマリイ。貴族の末裔でありつつも今は借金塗れで衰退し、秘かな自殺願望を抱いているケアンは、再びの人殺しに嫌悪感を抱き、連帯と孤立の間で揺れ動く。登場人物らが旅を通して自らのアイデンティティーにどう修正を加え、取り敢えずの目標に到達した後の人生がどう変転していくのか、という点も読みどころのひとつだ。主役3人の「その後」の人生をまとめたエピローグも余韻を残す。

ただ、翻訳の語り口が古いため、テンポが崩れ気味なのが残念だ。よりスマートな文章に改訳されたら、より楽しめただろう。

評価 ★★★☆☆ 

 

高く危険な道 (1983年) (角川文庫)

高く危険な道 (1983年) (角川文庫)

 

 

「夜を深く葬れ」ウィリアム・マッキルヴァニー

マッキルヴァニー1977発表作。骨格は警察小説だが、単にミステリとして読むだけでは、滋味深い本作の魅力を半分も味わうことはできない。
舞台はスコットランド最大の都市グラスゴー。夜の公園で発生した少女殺害事件を発端に、機動捜査班警部ジャック・レイドロウの人間味溢れる捜査を追い、次第に崩壊していくコミュニティの有り様を、冷徹且つ繊細な筆致で描き切る。突然襲った悲劇によって捩れていく街/人間模様に焦点を当てており、文学作品としての価値も高い。

作風として近いのはジョルジュ・シムノンだが、達観の境地で情況を見極め心理学的側面から犯罪者を追い詰めていくメグレとは違い、思索する刑事レイドロウは、まず被害者/加害者が生活していた環境に溶け込み、脆く張り詰めた人間関係を探りつつ、その内部から矛盾点や綻びを見出していく。重視するのは対象者の立ち位置/関係性であり、いわば社会学的な側面からのアプローチで真相に迫る。

復讐心に突き動かされ殺し屋を雇う被害者の父親、殺人を犯した愛する青年の逃走資金調達のために闇の組織に脅しをかける男色家、面子にこだわり裏社会の規律を乱す者には容赦なき鉄槌を下すギャング組織。レイドロウは街を歩き、自らキーパーソンとなって停滞する情況へ揺さぶりをかけ、それら関係者と対峙する。犯罪者を炙り出すというより、己の存在を投げ入れることで水面に波紋を生じさせ、波間に浮き上がってくる手掛かりを拾い上げる。ミステリの展開としては常套でありながらも、地下に潜った殺人者へと繋がる糸を手繰り寄せる手法に無理がなく、エピソードの数々は緊張感に満ちている。

マッキルヴァニーは詩人/文学者であったのだが、ジェイムズ・リー・バークのようなアクの強い文体ではなく、そこはかとない詩情を漂わせながらも簡潔で洗練されたレトリックを用いる。レイドロウの物言いは含蓄に溢れ、人々を見詰める眼差しは厳しさと情愛に満ちている。その大部分は、レイドロウの部下となる新任刑事ハークネスの眼を通して語られるのだが、警察内部では異端として孤立する男への印象が修正され、次第に信頼へと変わっていく流れが実に見事だ。

特権意識を排し、市井の人々の側に立ち、哀しみや怒りを共有して、誇り高く屹立するレイドロウ。その姿は、ハードボイルドの理想像に近い。さらに「夜を深く葬れ」という翻訳版タイトル(原題は「Laidlaw」)は、硬質な叙情性ともいうべき陶酔感に浸れる本作を表現するに相応しい。

評価 ★★★★★

 

 

夜を深く葬れ (1979年) (世界ミステリシリーズ)

夜を深く葬れ (1979年) (世界ミステリシリーズ)