海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「制裁」アンデシュ・ルースルンド、ベリエ・ヘルストレム

北欧の新進作家として高い評価を得ているルースルンドとヘルストレム合作による2004年発表のクライムノベル。暴走する群衆心理の怖さを主題とし、息苦しく虚無的な展開で読後感は重い。

4年前に二人の少女を強姦/惨殺した凶悪犯が護送中に脱走、その足で幼児を拉致して殺す。子どもの父親は憤怒の念に駆られて復讐を決意。遂には殺人者を追いつめて、娘の仇を討つ。報復行為はマスコミによって大々的に喧伝される。刺激を受けた大衆は、画一的且つ曖昧な「正義」への使命感に昂揚/熱狂する。そこには、犯罪者の人権を優先し、新たな犠牲者を出す危険性を考慮しない国家体制/機能への不信と憤りがあった。警察を無視した性犯罪者狩りが始まり、私刑はエスカレート、制御不能となる。

或る瞬間を堺に、異常へと変わる日常。
無常にも愛する者を殺された時、法の裁きに委ねるよりも、己自身の手で罰を与え、復讐を成し遂げたい。例え当事者でなくても思うことだ。さらに、異常者による無差別殺人、それが誰の身にも起こり得た情況であり、殺害方法が冷酷/残酷であればあるほど、憎悪は増し、犯罪予備軍の脅威が高まる。
遺恨を持つ者による断罪をマスメディアが正義の行為として黙認し、「悲劇のヒーロー」として持ち上げ、より一層大衆を煽った場合、極めて粗暴な「制裁」が下層社会でまかり通る。たかが外れ倫理観を失い、怪しい奴は排除せよという暴力の標榜へと向かう。殺人者との〝狂気の差〟は、当然のこと縮まり、同化していく。無法化は、享受する者が無価値と判断した時点で起こるのである。

罪と罰の命題は、ミステリ小説の根源的テーマでもあり、殺人者を「どう裁くか」に焦点を当てた作品も増えている。娯楽性重視の〝本格推理もの〟であれば、メインの謎解きと解決で幕を閉じれば終わりだが、犯罪の〝質〟の異常性がより深刻化している現代に於いては、犯人逮捕で一件落着ではなく、社会的な影響も含めて、罪に値する罰に何が相応しいかという提議も、重要な意味を持つ。本作は復讐譚の「その後」を重点的に描くことで、極めてアクチュアルな問題提起をしていると感じた。
決着を明確に提示しやすい〝法廷もの〟は別として、物語の大きな山場ともなる罰のあり方、つまりは結末の付け方は作家の腕の見せ所でもある。クライムノベルやハードボイルドでは、大抵は暴力的な結末へと至り、善悪関わらず殺人者の死を持って終結することが多い。本作は突き詰めれば、その因果応報に沿うものだが、最後に待ち受ける復讐者の運命はあまりにも哀しい。揺るぎないはずの「正義」を容易に打ち砕く不条理こそ、この物語の終幕に相応しいとは、何たるペシズムか。

評価 ★★★★

 

 

制裁 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

制裁 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

「クメールからの帰還」ウィルバー・ライト

1983年発表作。カンボジア奥地の谷に墜落した旅客機の生存者がサバイバルを経て生還するまでを描く。奇跡的に生き残った四人は、元英国空軍パイロットの主人公、客室乗務員のカンボジア国籍の女、十代の少年少女二人。彼らは行き着いた米軍の飛行場で放置されたダコタDC-3を発見。四方を崖に囲まれた地から脱出するためには、飛行機を修理して飛び立つ以外になかった。

派手さは無いが、冒険小説のエッセンスを適度に詰め込んで仕上げている。ただ、何もかもが上手く運び過ぎるプロットの甘さが目立つ。物語のプロローグでは全員が無事に帰国していることを示しており、緊張感に欠けるのは構成上仕方が無いとはいえ、早々に快適な居住と食を手に入れ、恋愛の要素も盛り込んで、大半が牧歌的なムードの中で進行する。果ては、野性の象を飼い慣らして、危機を乗り越えていく。冒険小説においては、或る種のロマンは不可欠だが、それは限界状況があってこそ輝くのである。元パイロットの男は二度と操縦桿を握れないほどのトラウマを持つという設定だが、その弱さが緩く、克服の過程が心に響いてこない。

評価 ★★

クメールからの帰還 (角川文庫)

クメールからの帰還 (角川文庫)

 

 

「マギの聖骨」ジェームズ・ロリンズ

疾風怒濤の勢いでスリラー界に名を馳せるロリンズの「シグマフォース・シリーズ」〝第1弾〟。全編クライマックスという表現が相応しく、加速度的に疾走するストーリーには圧倒される。冒頭から結末まで凄まじい量の情報を盛り込みながら、破綻することなく力業でまとめ上げる技量は相当なものだ。しかも、今なお精力が衰えることなくシリーズ続編や単発の冒険小説を量産し続けているのだから、その底力は計り知れない。

キリスト生誕祝福の伝説が残る「東方の三博士〝マギ〟」。その骨として伝わる遺物は、ドイツのケルン大聖堂などで保管されていたが、古代の錬金術師と暗殺者の秘密結社「ドラゴンコート」が襲撃し強奪。聖堂内の教徒らは奇怪な殺傷兵器によって惨殺されてしまう。「聖骨」が秘める力とは何か。それを手にした闇の組織が狙うものとは。ヴァチカンは最終的にアメリ国防省内の機密組織「シグマ」に応援を要請。特殊部隊の精鋭グレイソン・ピアースらはヨーロッパや中東へと飛び、古代にまで遡る謎を解明しつつ、狂信者グループとの戦いへと身を投じていく。

物語は、遺跡などを巡る謎解き中心の「静」と、敵との戦闘を繰り広げる「動」のパートを交互に展開する。まず、最先端の科学技術を駆使し、古代文明や秘教が絡む未知の秘宝などからヒントを得て、闇組織/陰謀の実態へと迫る。そして、次の扉を開く鍵を入手した瞬間に、満を持して悪党らが登場。現代兵器が飛び交う中で、激烈な肉弾戦を繰り広げるハリウッド映画張りのアクションシーンへと切り替わる。

探究の章がある程度進行すると、必ず危機的状況下での活劇へと移るため、構成自体は単調である。この「お約束」的な流れは本シリーズ最大の魅力であり、逆に予定調和となる欠点でもある訳だが、主人公らが難局を乗り越える手法はアイデア満載なため、最後まで飽きさせることはない。要は「ゲーム感覚」のエンターテインメント作品というイメージが色濃く、その意味では現代の読者にアピールする力を持っている。

クロスオーバーする「科学とオカルト」を主軸に、派手なアクションシーンを織り交ぜた新たなヒーロー小説。本シリーズが根強い人気を誇る理由も頷ける。

評価 ★★★★

 

マギの聖骨 上 (シグマフォース シリーズ1)

マギの聖骨 上 (シグマフォース シリーズ1)

 

 

マギの聖骨 下 (シグマフォース シリーズ)

マギの聖骨 下 (シグマフォース シリーズ)

 

 

「死よ光よ」デイヴィッド・グターソン

人生の光芒を鮮やかに切り取るグターソン1998年発表作。自らの死と直面した老境の男が、その最後となる「旅」の途上で、様々な境遇の人々と出会い、別れていくさまを情感豊かな筆致で描いている。重い主題を扱いながらも、真っすぐなヒューマニズムを謳い上げ、読後感も爽やかだ。

結腸癌に侵され、余命半年の宣告を受けた男、ギヴンズ。元心臓外科医の73歳。これまで数多くの死と向き合ってきた老境の男は、掛け替えの無い妻にも先立たれ、もう思い残すことは何も無かった。身辺整理をし、連れ添った愛犬2匹を車に乗せて、死に場所と決めた山へと向かう。幸福な家庭を築く娘や孫たちに、後で嫌な思いをさせないため、自らの死は狩猟中の事故に見せ掛けるつもりだった。
米国北西部の茫洋たる山脈。老いた男は二度と帰らないと誓った死への旅路で、或る時は子どもの命を救い、或る時は若者たちの助けを借りる。たった数日の間に積み上げる短くも濃密な解逅は、ギヴンズの心を激しく揺さぶる。逃れられない死を眼前にしながらも、人生の意義について「新たな経験」を通して学び直し、病んだ心身は癒やされていく。

天空の星を眺め、夢まどろみながら、男は足跡を振り返る。
甘美なる少年時代の追想。今は人手に渡ったリンゴ園。切り盛りしていた父親の気骨と優しさ。常に夫を支えてきながらも不治の病によって壮絶な最期を迎えた母親の温もりと美しさ。大義無き戦争で無惨にも殺された兄の英気と無念。
そして、後に妻となるシルヴィアとの甘酸っぱい恋。貧しくも気高い少女との瑞々しい逢瀬のシーンは、短い挿話ながらも、本作の劇的なエピソードの中でも白眉となっている。
やがて看護師となったシルヴィアはヨーロッパ各地の戦場へ、ギヴンズは一兵士としてイタリアへと渡った。敗退し撤退するナチス軍を追い詰める過程で、次々と銃弾に倒れていく仲間たち。
或る日、致命傷を負った友人を担ぎ、後方の野戦病院へと運んだギヴンズは、その後の人生を変える出来事を体験する。既に心肺停止となった戦友を診て軍医は「その男は死んでいる」と告げた。だが、やおら胸部を開き、止まったままの心臓を握り、刺激を与えた。遂には鼓動を取り戻した友人は、再びの生を得る。名も無き外科医が果たした奇跡の蘇生術。軍医は事も無げに言う。「勉強すればできる。聖書物語の何かじゃない」
精神的後遺症を抱えたギヴンズは、シルヴィアと再会し結婚。そして、心臓外科医となった。

末期癌の傷みに耐えつつ辿り着いた先は、男が少年期を過ごしたリンゴ園だった。旅の連れとなった不法就労者の青年と共に臨時雇いとして滞在したギヴンズは、危険な状態で産気付いた妊婦を助ける。死にゆく運命にあった老人は、弱々しくも力強い生命力に溢れた赤ん坊の鼓動を全身で受け止める。生と死、それを照らす光。束の間のふれあいが、老人の過去と現在を繋ぐ糸となり、残り僅かな未来への路を眩いばかりに照射していた。
ギヴンズは、帰るべき場を目指して、もう一度歩み始める。

いずれは誰もが降り立つ「終着駅」で、生きることの喜びと哀しみに思いを馳せる時、いったい何を為し得るか。そのひとつの道標をグターソンは小説という形式を通して示している。
言わずもがなだが、実存的な冒険を通して生き方を根源的に問い直すジョン・バカンの名作「傷心の川」に比肩する純度の高い傑作である。

評価 ★★★★★☆☆

 

死よ光よ (講談社文庫)

死よ光よ (講談社文庫)

 

 

 

「レリック」ダグラス・プレストン、リンカーン・チャイルド

いわゆるモンスターパニックもので、娯楽性を重視し、プロットや描写に映画的手法を豪快に取り込んでいる。というよりも、同系統映画からの強い影響のもとに創作したのだろう。
真相が明かされるエピローグこそ、本作の肝なのだが、スピード感溢れる筆致で冒頭から疾走し、ラストまで緊張感が途切れない。突然変異で生み出された怪物の謎解きには、科学ジャーナリストでもある著者らの大胆な進化論が含まれており、興味深い。エボラ・ウイルスの驚異をまとめたたベストセラー「ホット・ゾーン」の著者リチャード・プレストンは、ダグラスの実兄。その血筋か、本作でも科学的な知的興奮を喚起する要素が抱負に盛り込まれており、モンスターが暴れ回るだけの単純なスリラーには仕上げていない。とにかく、本作のような何でもありのホラ話は、細かいことは気にせず、徹底して楽しむことに限る。

 評価 ★★★☆☆

レリック〈上〉 (扶桑社ミステリー)

レリック〈上〉 (扶桑社ミステリー)

 
レリック〈下〉 (扶桑社ミステリー)

レリック〈下〉 (扶桑社ミステリー)