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海外ミステリ・レビュー

……新旧の海外ミステリを中心に

「傷だらけのカミーユ」ピエール・ルメートル

現代ミステリにおいて先鋭的な作品を上梓する作家の筆頭に挙げられるのは、ピエール・ルメートルだろう。怒濤の勢いで北欧の作家らが席巻する中、フランス・ミステリがいまだに前衛としての位置を失っていないことを、たった一人で証明してみせた。無論、か…

「熱砂の絆」グレン・ミード

グレン・ミードが傑作「雪の狼」に続き発表した第三作。ボルテージは前作より下がるが、史実を巧みに織り交ぜて構築した物語はスピード感と臨場感に満ちる。時代背景は異なるものの、基本的な人物設定や構成などは「雪の狼」と大きな違いは無い。現代にプロ…

「市民ヴィンス」ジェス・ウォルター

2005年発表のMWA最優秀長篇賞受賞作。プロットは至ってシンプルで、強引に要約すれば、しがない犯罪者という以外は「何者でもない」生活を送ってきた一人の男が、人生の岐路に立ち、それまでとは違う選択をして再び歩み始めるというだけの話だ。タイトルには…

「プラムアイランド」ネルソン・デミル

デミル版ヒーロー小説。NY市警のジョン・コーリーを主人公とし、以後シリーズ化されている。渾身の力作「誓約」を書き上げて以降、肩の力を抜いた娯楽作品を発表し続けているデミルだが、本作では冒険小説の要素を取り入れ、緻密な構成よりも怪しげな人物…

「冷えきった週末」ヒラリー・ウォー

当たり前だが、警察のリアルな捜査活動を知りたければ、ノンフィクションを読めばいい。ミステリに求めるのは本物らしさであって、物語としてのエンターテイメント性が失われたら元も子もない。警察小説の基礎を築いた重鎮としてウォーは再評価されているが…

「誓約」ネルソン・デミル

打ち震える程の感動の中でラストシーンを読み終える。「この小説を書きたかった」と感慨を述べたネルソン・デミル、その積年の想いが伝わる渾身の大作である。本作を書き終えた瞬間の充足感は相当なものだったろう。1985年発表の「誓約」は、1968年3月のソ…

「長く冷たい秋」サム・リーヴズ

ロバート・B・パーカーが褒めていると知り嫌な予感がしていたのだが、物語に起伏のない凡作だった。「ハメットの初期の作品のように鮮烈で力強い」というパーカー評が、どこをどう読んだ上での感想なのか見当もつかないが、単に長いだけで深みがない。延々と…

「将軍の娘」ネルソン・デミル

巧い作家だ。プロフェッショナルと呼ばれるためには、ネルソン・デミル並みの力量を持たねばならないのだろう。米国陸軍基地内で将軍の娘が殺された事件を巡るメインプロットはストレートなミステリなのだが、舞台背景も含めてテーマの掘り下げが広く深い。…

「凶弾」トム・ギャベイ

トム・ギャベイ2006年発表の処女作。話題にはならなかったが、スパイ・スリラーの力作である。1963年6月。冷戦真っ只の中、第35代アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディの西ベルリン訪問が予定されていた。だが、熱狂的聴衆を前にした演説時を狙った狙撃…

「私が愛したリボルバー」ジャネット・イヴァノヴィッチ

実は本作について語ることはあまりない。躍動感溢れる女性バウンティ・ハンター(賞金稼ぎ)の活躍を気軽に楽しめばよく、「重い小説」を読んだ後のブレイクにぴったりだ。負けん気が強く猪突猛進型、仕事も恋愛もひたむきだが、もろく傷つきやすいという等…

「眠れる美女」ロス・マクドナルド

1973年発表リュウ・アーチャーシリーズ第17作。錯綜する謎は終盤に向かうほど乱れ縺れていく。ラストシーンで暗鬱なる真相へと辿り着いたアーチャーは、ひとときの安らぎの中で眠る娘の額に口付ける。美しくも哀しい、心に残る幕引き。ミステリ史に残る傑作…

「解錠師」スティーヴ・ハミルトン

評判が良いのも納得のミステリで、スティーヴ・ハミルトンの才気を感じる秀作。或る事件から失語症となった少年が、図らずも金庫破りとして犯罪グループの一員となり、さまざまな経験を通して大人へと成長していくさまを鮮やかに描き出している。内的な台詞…

「愚者が出てくる、城寨が見える」ジャン=パトリック・マンシェット

裏社会の闇で身悶える者どもの情動を切り詰めた文体でクールに描き切るロマン・ノワールの雄マンシェット1972年発表作。マンシェットは推敲を重ねる完全主義者の面もあったらしく、作品数も限られている。単に冗長なだけの小説にはない張り詰めた緊張感がみ…

「裁くのは俺だ」ミッキー・スピレイン

1947年発表、ミッキー・スピレインの処女作にして、以降ハードボイルド談議の場では必ず遡上に載せられることとなる、或る意味記念碑的問題作。一読後、妙に感心したのはスピレインが必死になって謎解きを押さえたミステリを創作しようと苦心していることだ…

「法王の身代金」ジョン・クリアリー

1979年発表作でスリラーの王道ともいうべき作品。重要な章の末文で一気に物語が変転する構成で、未曽有の犯罪に手を染めた者どもを襲う危機をテンポ良く描いていく。メインプロットは、資金源としてヴァチカンの財宝を狙ったIRAのシンパとプロの犯罪者らが、…

「二流小説家」デイヴィッド・ゴードン

ミステリへの愛に溢れた秀作で、ゴードンの才気溢れる筆致が堪能できる。売れない小説家ハリーを主人公に一攫千金のチャンスを掴みながらも、一筋縄ではいかない壁をどう乗り越えるかという展開がとにかく読ませる。メインプロットとは直接関係ないものの、…

「ボストン、沈黙の街」ウィリアム・ランデイ

練られたプロットで、結末の衝撃性も高い。片田舎の警察署長の座を父親から継いだ若者ベンを主人公とする一種の教養(成長)小説でもあるのだが、ランディは大胆な捻りを加えており、章を追うごとにベンの凡庸性が修整されていく展開は見事だ。一人称のスタ…

「バイオレント・サタデー」ロバート・ラドラム

ラドラム畢生の傑作「暗殺者」を読み終えた時の感動は忘れられない。綿密に練り上げた謀略を主軸に、記憶を失った男のアイデンティティを巡るストーリーは、娯楽小説の到達点ともいうべき作品だった。当然の事、大きな反響を呼んで80年代に多くの作品が翻訳…

「血の極点」ジェイムズ・トンプソン

圧倒的な疾走感で冒頭の1行から息つく暇もない。全てが突き抜けている。本作は第3作「白の迷路」の後日譚であり、限界まで追い詰められた男が己の家族と仲間を守るために私的な闘いをひたすら繰り広げるだけの話だ。凄まじい勢いで燃焼する男の情動を濃密…

「ゲルマニア」ハラルト・ギルバース

評判が良く期待して読んだが、序盤からかなりもたつく。まず、文章が淡白なことが最大の欠点だろう。読み進んでも、登場人物らの顔が浮かんでこず、全体的に造形が浅いと感じた。物語の舞台となるのは、ノルマンディー上陸作戦の直前、敗色濃い第二次大戦末…

「スマイリーと仲間たち」ジョン・ル・カレ

スマイリー三部作完結編で、旧ソ連の宿敵〝カーラ〟との最終的決着までを描く。重厚な筆致は更に磨きが掛けられており、ル・カレ独自の世界がゆっくりと始動する。前作の漠然とした分かりにくさは消え、より引き締まった構成ではあるが、集中力を欠くと挫折…

「警鐘」リー・チャイルド

第1作があまりに完璧過ぎるため、後に続く作品が物足りなく感じるシリーズは、さほど珍しくない。読者に好評であれば、当然出版社は同じ主人公による継続を求め、著者は期待に沿うべく書き続けるのだが、エンターテイメント性を高めようとして、逆に失敗す…

「フォックス家の殺人」エラリイ・クイーン

「僕は満足していません」12年以上前に妻殺しの罪で終身刑となった男。その無罪立証のために再調査の依頼を受けたエラリイ・クイーンが、事件当日の状況を再現した後に吐く台詞だ。あらゆる事実が状況証拠の裏付けをし、男の犯行であることを、あらためて示…

「隣の家の少女」ジャック・ケッチャム

これまで少なからずの小説を読んできたが、この作品以上に嫌悪感を覚えたフィクションはなかった。とはいえ、著者の筆力は大したもので、非道の行為を延々と単純に描いただけのストーリーを最後まで読ませる力量は認めざるを得ない。が、同時に相当の忍耐を…

「ランターン組織綱」テッド・オールビュリー

1978年発表作。派手さはないが、戦争によって引き裂かれた一家族の悲劇を描いた佳作。愛する者のために自ら犠牲となる、その覚悟は凄まじくも悲哀に満ちている。 英国警視庁公安部のベイリーはスパイ容疑のかかった男、ウォルターズの自宅を訪問する。確証も…

「ドライ・ボーンズ」トム・ボウマン

私立探偵をヒーローに据えたハードボイルド小説が減ってきている。或いは「売れない」ためなのか翻訳されない。本作の解説で、評論家・霜月蒼が言及している通り、生業ばかりでなく、その舞台も都市部から地方都市へ、さらには厳しい環境の辺境の地へと移っ…

「凍りつく心臓」ウィリアム・K・クルーガー

元保安官コーク・オコナーを主人公とする1998年発表の第1作。実に十数年を費やして上梓した処女作というだけあって、クルーガーの創作に懸ける意気込みが伝わる力作だ。しかし、三人称一視点ではなく、場面によって他の登場人物へと描写が流れるため、ハー…

「カジノ・ロワイヤル」イアン・フレミング

ジェイムズ・ボンドシリーズ第1作で、1953年発表作。英国秘密情報部の為すことは正義であり、悪と定義した国家/組織、邪魔立てする者には、超人的スパイを送り込んで葬り去るという単純明快さは、デビュー作から一貫している。西側諸国に恐怖をもたらす悪…

「鉄血作戦を阻止せよ」スティーヴン・L・トンプスン

1986年発表「奪還チーム」シリーズ第3弾。冷戦下の東ドイツを舞台に緊迫感溢れる活劇を展開した第1作「A-10奪還チーム出動せよ」は、冒険小説としては稀有なカーチェイスを主体にしており、一気にトンプスンの名を知らしめた。本作は日本向けに書き下ろさ…

「地上最後の刑事」ベン・H・ウィンタース

世評は概ね高いが、私は最後まで退屈で仕方なかった。半年後に小惑星が衝突し人類が滅びるという設定は、フィクションとしては手垢のついたものだが、それを加味したミステリとして意識しつつ読み終えても、さほどの新鮮味は感じなかった。本作は三部作の第…

「ベルリン 二つの貌」ジョン・ガードナー

スパイ小説の王道ともいうべき、冷戦下の東西ベルリンを舞台に、非情な諜報戦の只中で繰り広げられる謀略と裏切りの顛末を、緊張感に満ちた筆致で描き切った傑作。英国海外情報局員ハービー・クルーガーを主人公とする第2弾で1980年発表作。前作「裏切りの…

「スコーピオン暗礁」チャールズ・ウイリアムズ

海の底に沈んだ金を巡る争いを描いた巻き込まれ型スリラー。要約すれば以上で事足りるのだが、構成に一捻り加えてあり、発端の謎に二通りの結末を用意している。読者は、メキシコ湾を漂流していた無人のヨットから「発見」された航海日誌、つまりは本編を読…

「静かなる天使の叫び」R・J・エロリー

ミステリとしてよりも、文学的な味わい方を求める作品で、苦労人らしい著者の人生経験と創作に懸ける意気込みが伝わってくる。 物語は、第二次大戦前夜の米国ジョージア州の田舎町に住む少年ジョゼフの一人称で進み、その後三十年にもわたって続くこととなる…

「冬の裁き」スチュアート・カミンスキー

カミンスキー熟練の筆が堪能できる渋い警察小説。既に孫もいる老刑事エイブ・リーバーマンを主人公とするが、相棒となる刑事ハンラハンも重要な位置を占める。人生の黄昏時を迎えた刑事二人を狂言回し役に、罪を犯す者たちを見つめた〝人間ドラマ〟といった…

「クレムリン 戦慄の五日間」

1979年発表のスリラー。話題作ではないものの奇抜な着想を盛り込んだストーリーの面白さで読ませる。捻りのない翻訳タイトルで損をしているが、原題は「ソールト・マイン」で岩塩坑を意味し、作中では反政府グループのコードネームとなる。旧ソ連時代、クレ…

「ダブル・イメージ」デイヴィッド・マレル

マレル1998年発表作。出だしこそ典型的なスリラーだが、プロットに大きな捻りを加えている。実質二部構成で、前半終了時に大きな山場を迎えたあと、本作の隠されたテーマ「ストーキング」の恐さが前面に出る。数々の戦場写真により著名となったフォトジャー…

「サマータイム・ブルース」サラ・パレツキー

スー・グラフトンのキンジー・ミルホーンシリーズとともに〝女〟私立探偵小説に一時代を築いたパレツキーのV.I.ウォーショースキーの登場は、当時かなり刺激的で話題になった。当然それまでにも女性探偵がいないわけではなかったが、真っ正面からハードボ…

「テロリストの荒野」ジェラルド・シーモア

シーモア1985年発表の第8作で、北アイルランドを舞台にテロリストの苦悩を描く。 一線から退いていたIRA暫定派の工作員マクナリーは、上層部の命令によりベルファストでテロを実行し、英国の判事らを殺害する。治安部隊によって間もなく逮捕されるが、まだ…

「赤毛のストレーガ」アンドリュー・ヴァクス

〝アウトロー探偵〟バークシリーズ第2弾で、この後上梓した「ブルー・ベル」が日本でも大きな反響を呼んだ。幼児虐待をテーマに暗黒街の〝必殺仕事人〟らが活躍するという設定は斬新で、特に第1作「フラッド」は躍動感に溢れていた。特異な世界観で新たな…

「シカゴ・ブルース」フレドリック・ブラウン

1947年発表のフレドリック・ブラウンの処女作。主人公は、十代の若者エド・ハンターで、以降シリーズとして書き継がれた。シカゴの裏町で父親を殺されたエドが、伯父の協力を経て犯人捜しをする物語だが、プロットや謎解きに特筆すべき点はない。後にミステ…

「悪魔の収穫祭」トマス・トライオン

1973年発表のモダンホラー。タイトルにあるような〝悪魔〟が登場する超常現象を扱うのではなく、土着信仰の残る未開の村に移住した家族の恐怖体験を中心に描いていく。上下巻の長い小説だが、悪夢のような出来事が発生するのは終盤のみで、大半は独自のしき…

「深夜プラス1」ギャビン・ライアル

冒頭の1ページからラスト1行まで痺れる小説など滅多にあるものではない。冒険小説の名作として散々語り継がれてきた「深夜プラス1」だが、読者が年齢を重ねる程に味わい方も深くなる大人のためのエンターテイメント小説であり、陶酔感でいえば当代随一で…

「地底のエルドラド」ウィルバー・スミス

骨太な冒険小説で人気のウィルバー・スミス1970年発表作。南アフリカの金鉱山を舞台に、地底のエルドラド(黄金郷)を巡る男たちの熱い闘いを描く。主人公は鉱山の現場監督を任されている野心に溢れたロッド。部下からの信頼も厚く次期所長として有望株だっ…

「拳銃猿」ヴィクター・ギシュラー

スピード感に溢れるクライム・ノベル。ギャング組織の殺し屋集団に所属する男が抗争に巻き込まれ、ボスや仲間を守るために孤軍奮闘する。オフビートな展開でテンポ良く読ませるのだが、勢いのまま突っ走るため構成は荒い。その大味なところが本作の魅力でも…

「砂漠のサバイバル・ゲーム」ブライアン・ガーフィールド

才人ブライアン・ガーフィールドの1979年発表作。アリゾナの砂漠に、全裸で放り出された男女四人によるサバイバルを描く。その過酷な状況を招いた要因とは、殺人の罪に問われたネイティブアメリカンの男を、精神科の専門医四人の鑑定/証言によって精神病院…

「トラブルはわが影法師」ロス・マクドナルド

ロス・マクドナルド1946年発表の第2作。リュウ・アーチャー初登場の「動く標的」までの初期4作は、いわば習作的な扱いを受けて注目されることも少ないが、当然ロス・マクファンとしては無視することはできない。本作は、いわゆる〝巻き込まれ型〟スパイ小…

「ザ・カルテル」ドン・ウィンズロウ

本を持つ手が真っ赤に染まっていく錯覚に陥るほどの膨大な量の血が流れる。延々と繰り返される殺戮と虐殺。ウィンズロウは、いつ、どこで、誰が何人殺されたと丹念に書く。死者を積み重ね、カウントする。なぜ省くことなく、記録するのか。不毛の大地。対抗…

「ブラック・サンデー」トマス・ハリス

トマス・ハリス1975年デビュー作。以降は長期的にヒットしたサイコ・サスペンスのみ散発的に発表しているが、確実に売上の見込める〝ハンニバル・シリーズ〟に固執していることに拝金主義を感じてしまう。少なくとも「ブラック・サンデー」には、エンターテ…

「別れのキス」ジョン・ラッツ

1988年発表の私立探偵フレッド・カーヴァーシリーズ第三作、PWA最優秀長編賞受賞。カーヴァーは元警官で、足に銃弾を受けたのち、常に杖が手放せない障害者となっている。いわゆる〝ネオハードボイルド〟では、さまざまな障害やトラウマを持つ主人公が登場し…

「罠にかけられた男」ブライアン・フリーマントル

フリーマントルが小説巧者ぶりを発揮する1980年発表のチャーリー・マフィンシリーズ第4弾。希少なロシア皇帝の切手を餌に、狂的収集家のマフィアの首領を嵌める計画がFBIによって練られる。故意に盗ませて逮捕する目論みだったが、英国の保険会社への事前通…