海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「誰かが泣いている」デイヴィッド・マーティン

話題となった「嘘、そして沈黙」と同じく何とも形容し難いミステリなのだが、一気に読ませる力量は大したものだ。破綻すれすれのプロットを強引な筋運びで繕っているのだが、もとより緻密なサイコ・スリラー作品が珍しいぐらいなので、標準的な出来かも知れ…

「喪服のランデヴー」コーネル・ウールリッチ

翻訳を通しても、都会的で洗練された文体の強度を失わない稀有な作家の一人、ウールリッチ/アイリッシュ。1948年発表、ブラックシリーズの代表作でもある「喪服のランデヴー」では、その耽美なレトリックがすでに完成しており、序章と終章における溜め息が…

「リプレイ」ケン・グリムウッド

人生を再びやり直せたなら。このテーマに数多の作家が挑み、これまで様々な趣向を凝らした作品が創り出されてきた。ただ、その大半はファンタジー色の強いノスタルジックな物語であろうし、「感動のドラマ」を構築するための設定としては使い古された感もあ…

「真鍮の虹」マイクル・コリンズ

1969年発表、ダン・フォーチューンシリーズ第2弾。凍てついた冬のマンハッタン。降りしきる雪の中を、孤独の翳を引きずりつつ片腕の私立探偵が歩む。冴えない博打打ちの旧友を救うための、見返りなき調査。人を殺してまで金を盗む度胸がない男であることを…

「高く危険な道」ジョン・クリアリー

1977年発表。第一次大戦終結直後の混乱期を背景に、ロマン溢れる冒険行を活写したジョン・クリアリー渾身の冒険小説。 本筋は至ってシンプルで、革命前夜の中国(翻訳では「支那」と表記されるが、現代では蔑称に近い)で武力闘争を繰り広げていた一将軍に身…

「夜を深く葬れ」ウィリアム・マッキルヴァニー

マッキルヴァニー1977発表作。骨格は警察小説だが、単にミステリとして読むだけでは、滋味深い本作の魅力を半分も味わうことはできない。舞台はスコットランド最大の都市グラスゴー。夜の公園で発生した少女殺害事件を発端に、機動捜査班警部ジャック・レイ…

「パードレはそこにいる」サンドローネ・ネダツィエーリ

2014年発表、希少なイタリア・ミステリの翻訳だが、異国情緒的な味わいはなく、新たな支流ともなっているダークな犯罪小説の色合いが濃い。プロットや人物設定も凡そ時流に倣っており、新鮮味はさほどない。トラウマを抱えた主人公、場面転換の早いテンポ重…

「シカゴ探偵物語」マックス・アラン・コリンズ

長くて退屈という印象しかない。文章がさっぱり頭に入ってこない理由は、翻訳のためかもしれないと中途で気付く。映画作品のノベライズがより多く翻訳されているコリンズだが、本作を読む限り、残念ながらオリジナルには精彩がない。舞台は禁酒法時代のシカ…

「迷宮のチェスゲーム」アントニイ・プライス

1970年度CWAシルバー・ダガー受賞の「凡作」である。MWAも同様だが、賞に値すること自体が「謎」の作品は珍しくはない。諸種の文学賞と同じく、作品の出来よりも「業界」での影響力や貢献度、大衆的な認知度や発表時の社会的流行などを考慮したような受賞作…

「ラスト・コヨーテ」マイクル・コナリー

ターニングポイントとなるハリー・ボッシュシリーズ第4弾。主人公はハリウッド署殺人課に所属する一刑事に過ぎないが、コナリーは群れること嫌う「一匹狼」的な存在として描いてきた。本作は、第1作から伏線としてあったボッシュの母親の死の真相を追い求め…

「混戦」ディック・フランシス

1970年発表の競馬シリーズ第9弾。フランシスの作品は骨格がほぼ共通しているため、肉付けするプロットの出来如何で面白さが大きく異なる。本作を一言で述べれば「薄い」。雇われパイロットを主人公に保険金詐欺の絡む事件をメインにしているのだが、終盤へと…

「デッド・ゾーン」スティーヴン・キング

キング1979年発表の初期作品。ホラーのテイストは薄く、特殊能力を持つが故に苦悩する孤独な男の半生をヒューマンタッチで描く。主要な登場人物の日常を細かく積み上げていく手法は相変わらずだが、本作ではややテンポを損ねているきらいもある。主人公が〝…

「デス・コレクターズ」ジャック・カーリイ

モビール市警カーソン・ライダー刑事シリーズ第2弾。デビュー作「百番目の男」での〝変態的〟な真相が大いに受けて話題となったが、カーリイの真価が問われた本作も、ミステリファンには概ね好評だったようだ。だが、筋の面白さで読者をぐいぐいと引っ張っ…

「大洞窟」クリストファー・ハイド

淀みなくストレート。冒険小説の神髄をみせる一気読みの傑作。派手な活劇を排し、培われた経験と研ぎ澄まされた直感、結実する智恵の連鎖によって、数多の窮地を脱し、ひたすらに生還を目指す者たちの冒険行を活写する。ハイド1986年発表。今だに冒険小説フ…

「皇帝のかぎ煙草入れ」ジョン・ディクスン・カー

「アリバイ崩し」の傑作として名高い本作だが、精緻なトリックよりも、男女の愛憎や金銭でのいがみ合いなど、人間の泥臭く生々しい修羅場を盛り込んだ〝ドラマ〟仕立てのストーリー自体が面白い。部外者であるはずの探偵自らも邪心を起こし、事件関係者らの…

「モルグの女」ジョナサン・ラティマー

酔いどれ探偵ビル・クレインをはじめ、一癖も二癖もある登場人物たちの破天荒ぶりが楽しい1936年発表作。ハードボイルドの要素は薄く、スラップスティックすれすれの展開だが、不可解な謎の提示などミステリの仕立てはしっかりとしている。テンポの良い会話…

「魚が腐る時」マシュー・ヒールド・クーパー

所謂「ケンブリッジ・ファイブ」を題材にした1983年発表作。 舞台は1951年、ソ連の二重スパイから英国内要職に12人の工作員が潜入していることを掴んだ外務省次官ストラングとSIS長官メンジーズは、公けに暴露されて失墜することを恐れ、或る秘策を練る。同…

「サンドラー迷路」ノエル・ハインド

1977年発表のスパイスリラーの秀作。二重三重に仕掛けられた謎、緻密な伏線、終盤で畳み掛ける種明かし、苦い結末など、捻りの利いた構成で唸らせる。ハインド32歳での執筆と知って驚くが、多くの登場人物や複雑なプロットの展開がやや整理しきれていない点…

「クリムゾン・リバー」ジャン=クリストフ・グランジェ

グランジェ1998年発表作。自身も脚本で参加した映画でも話題となった作品だが、派手さはなく、終盤までは地道な捜査活動に終始する。フランス司法警察の警視正ニエマンスと地方警察の警部アブドゥフの二人が別の発端/ルートを経て、一つの事件へと結びつく…

「蜃気楼を見たスパイ」チャールズ・マッキャリー

肉を削ぎ落した骨格のみで作り上げた構成だが、読了後に滲み出る哀感が忘れ難いスパイ小説の傑作だ。自身もCIA局員であったチャールズ・マッキャリー1973年発表作。 物語は、或る委員会に提出された工作員の報告、通信文、盗聴された会話の記録、監視報告な…

「27」ウィリアム・ディール

確かな世界観、魅力的な人物設定、分厚い物語の構造、巧妙な語り口など、全てが一級のエンターテインメント作品である。ヒトラー/ナチズム台頭期の不穏な世界情勢を背景とした上質のスパイスリラーであり、終盤での山岳地帯/孤島を舞台とする冒険小説とし…

「殺戮者」ケネス・ゴダード

ゴダード1983年発表で、唯一翻訳されている作品。間近にオリンピックを控えたロサンゼルス近郊の地方都市を舞台に、不可解な警官殺しを発端とする陰謀の幕が上がる。特に主人公を設定せず、一夜にして街全体がパニックに陥っていく情景をドキュメントタッチ…

「ランニング・フォックス秘密指令」ボブ・ラングレー

冒険小説の魅力を凝縮した1978年発表の秀作。大作ではないが、危険な任務に赴くことを厭わない男たちをスピード感溢れる筆致で活写し、やはりラングレーは希少な作家の一人であることを再認識した。 1976年、アフリカの独立闘争に揺れる英国植民地ローデシア…

「ゴーストマン 時限紙幣」ロジャー・ホッブズ

「21世紀最高の犯罪小説」という売り文句に加え、同業者や批評家の大絶賛が並んでいるが、どうにも精密さと盛り上がりに欠ける作品で、〝天才作家〟などという称賛は逆に嫌味ではないのかと勘ぐるほどだった。この程度のクライムノベルなら、創作時期や時代…

「ホプキンズの夜」ジェイムズ・エルロイ

空回りした情念によって構成が乱れ、前作「血まみれの月」にあったドス黒い世界観まで打ち壊す明らかな失敗作だ。この後、エルロイは「ブラック・ダリア」という凄まじい傑作を上梓するのだが、デビュー以降の長い模索期に創作したホプキンズ・シリーズは、…

「天国の囚人」ジェイムズ・リー・バーク

アクの強いバークの作品は、はっきりと好き嫌いが分かれるだろう。「文学畑出身者が書いたミステリ」そのもので、時に物語の展開を妨げるほど、自然描写や郷愁にまつわるエピソードが挿入されていく。そもそも文体が異質で、過度に情感を滲ませ、客観的/簡…

「361」ドナルド・E・ウェストレイク

ウェストレイクはデビュー後、立て続けにドライなクライムノベルを書き、ハメットの衣鉢を継ぐ新鋭として期待されていた。本作は1962年発表の三作目で、やさぐれた若者の復讐劇を荒削りながらもシャープな文体で描く。構成は破綻すれすれで、主人公の情動は…

「罪の段階」リチャード・ノース・パタースン

リーガルサスペンスの傑作として名高い1992年発表作。しばらく本業の弁護士に専念していたパタースンは長期休暇を取り一気呵成に書き上げたという。主人公は処女作「ラスコの死角」と同じクリス・パジェットだが、心機一転の本作で再び起用した訳とは、十数…

「裏切りのネットワーク」ショーン・フラナリー

1983年発表、スパイスリラーの秀作。核兵器「誕生」以後の世界で暗躍する国際組織「ネットワーク」の謀略を扱っているのだが、その歪んだ動機が独自性に富みユニークだ。仮に人類が絶滅を迎えようとした時、資本主義社会で最も「損害」を被る集団とは何か。…

「コールド・ファイア」ディーン・R・クーンツ

クーンツは自覚的に娯楽小説を書く。指南書「ベストセラーの書き方」で述べた創作術を自ら忠実に実践し、読者がエンターテインメントに求める要素を過不足無く盛り込む。構成や人物設定などはSF/ホラーの王道を行くもので安定感はあるのだが、クーンツ熟…