海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「濃紺のさよなら」ジョン・D・マクドナルド

音楽界で「ミュージシャンズ・ミュージシャン」という言葉がある。同業者に少なからずの影響を与えて尊敬を集めているが、必ずしも一般の人気とは一致せず、どちらかというとマイナーな存在。要は大衆的ではないが、玄人受けするクリエイターのことだ。容易…

「コリーニ事件」フェルディナント・フォン・シーラッハ

短編集「犯罪」によって一躍名を馳せたシーラッハ初の長編で2011年発表作。戦後ドイツが抱える国家的/人道的諸問題を鋭く抉り出した本作は、現代ミステリとしてよりも戦争文学/社会小説としての読解を求める。シーラッハ自身の祖父が紛れもない戦争犯罪者…

「殺しの挽歌」ジャン=パトリック・マンシェット

マンシェット1976年発表作。情感を排し客観描写に徹した筆致は乾いているが、殺伐とした寂寞感の中でさえ叙情が滲み出ている。文体でいえば、ハメットを継承しているのは、本家アメリカではなくフランスの作家たちだろう。新しい文学の潮流として捉えたハー…

「トランク・ミュージック」マイクル・コナリー

1997年発表ハリー・ボッシュシリーズ第5弾。デビュー作以降は、己の過去と対峙し、そのトラウマを清算/払拭するための私闘を主軸としていた。母親の死を扱った前作「ラスト・コヨーテ」でそれも一段落つき、本作からは、殺人課刑事として犯罪者を追い詰め…

「パラダイス・マンと女たち」ジェローム・チャーリン

〝嫉妬する〟殺し屋を主人公にした風変わりな犯罪小説。幕開けのムードは良いものの、プロットはぎこちなく、中途で破綻している。謎解きの要素は皆無、ノワール色も薄い。 舞台はニューヨーク。物語は、その裏社会で繰り広げられる抗争を軸とする。キューバ…

「夏を殺す少女」アンドレアス・グルーバー

オーストリアの作家が主にドイツを舞台にして描いたミステリで、児童虐待という重い主題を扱いながらもスピーディーな展開で読ませる秀作。謎解きの要素は薄く、サスペンスを主軸とした捜査小説で、飾らない文章は実直な著者の人格を表しているようだ。主人…

「アンドロメダ病原体」マイクル・クライトン

才人クライトン1969年発表作。分野はSFとなっているが、不可解な謎の正体を探るサスペンス/スリラーとして読んでも何ら違和感はない。物語を要約すれば、墜落した米軍の人工衛星に付着していた未知の病原体によって人類絶滅の危機が迫る中、予め選ばれた…

「ノース・ガンソン・ストリートの虐殺」S・クレイグ・ザラー

ヴァイオレンス主体の無味乾燥な凡作で、カタルシスも無く、単に下劣な作品といった印象。米国片田舎にある腐敗した警察と町に蔓延るギャング団とのケンカ/縄張り争いを描いているのだが、「やられたら、やりかえす」という短絡的な復讐の連鎖のみで展開し…

「大きな枝が折れる時」ジョナサン・ケラーマン

小児専門精神医アレックス・デラウェアシリーズ第1弾。「ロス・マクドナルドの伝統を受け継ぐ」という売り文句もあるが、清廉な主人公の立ち位置はともかく、ハードボイルド小説に不可欠な冷徹さや、罪を犯す人間の掘り下げ方などが浅く、処女作の段階では…

「その男キリイ」ドナルド・E・ウェストレイク

「やとわれた男」で鮮烈なデビューを飾ったウェストレイクは、「殺しあい」「361」と、シリアスなクライムノベルを上梓していたが、第4作以降はジャンルにこだわらず書いたようだ。1963年発表の本作は、人生経験に乏しい若い男が数多の体験を経て処世術…

「サハラの翼」デズモンド・バグリイ

名作「高い砦」(1965)によって冒険小説ファンを熱狂させたバグリイは、1983年に59歳の若さで死去するまで、常に高水準の作品を発表し続けた。概ねプロットはシンプルで、冒険行もストレート。簡潔な文体によるシャープな活劇小説の書き手として、日本の読…

「8(エイト)」キャサリン・ネヴィル

ネヴィル1988年発表作。女流作家ならではのロマンス色の濃い〝冒険ファンタジー〟で、伝説のチェス・セット「モングラン・サーヴィス」を巡る争奪戦を、史実を織り交ぜながら描く。とにかく長大な物語で、相当な労力を費やしたことが伝わる力作ではあるのだ…

「兄の殺人者」D・M・ディヴァイン

珍しくクリスティーが褒めたというディヴァインのデビュー作品で1961年発表作。本格推理作家として、現在も高い評価を受けているらしいが、終始退屈な代物だった。英国のミステリ作家は大概が地味な作風で、ケレン味に欠けるきらいがある。本筋はアリバイ崩…

「イノセント」イアン・マキューアン

スパイ小説というよりも恋愛を主軸にしたサスペンスで、筆致はいかにも文学的。冷戦下ベルリンで東側基地の盗聴を目論み、西側からトンネルを掘り進めるという英米情報部の無謀な作戦を背景とする。物語に大きな起伏は無いのだが、若い技術者が一定期間体験…

「大統領暗殺特急」ジェイムズ・セイヤー

要人暗殺を主題としたスリラーは数多く、〝ターゲット〟も千差万別だが、中でも米国歴代大統領は世界に及ぼす影響もあり、標的リストの「筆頭」といっていい。特に、第二次大戦において戦況を左右する重要人物の一人であったルーズベルトは、ヒトラーやチャ…

「死者との誓い」ローレンス・ブロック

1993年発表のマット・スカダー・シリーズ第11作。これまでの重苦しい焦燥/無常感は薄まり、全体のムードはさらに明るくなっている。だが、読後に違和感しか残らなかったのは、初期作品では顕著だった詩情が失われていたためだろう。老成したとはいえ筆致は…

「暗号名レ・トゥーを追え」チャールズ・マッキャリー

ジョン・F・ケネディ暗殺事件は、20世紀における米国史上最大のミステリともいわれている。今も数多の陰謀論の種子となっている要因は、混迷した世界情勢下で国内外問わず「敵」と目されていた存在があまりにも多く、加えて各々が多種多様な動因を抱えてい…

「ケンブリッジ・シックス」チャールズ・カミング

スパイ小説は当たり外れが特に多いジャンルで、ル・カレやグリーンを継ぐ、フォーサイスと比肩する、注目の大型新人登場など、威勢の良い宣伝常套句の大半は眉唾物なのだが、中には大傑作も当然含まれているため、読書リストから外すわけにはいかない。だが…

「クリスマスのフロスト」R・D・ウィングフィールド

日本でも根強い人気を誇るフロストシリーズ。下品でくだらない冗句を吐き、警部でありながら単独行動を好むという著しく管理能力に欠ける一方で、憎むべき犯罪に対しては鋭く臭覚を働かせ、粘り強く犯人に迫っていく持久力を持つ男。極端な仕事中毒者として…

「収容所から出された男」ブライアン・フリーマントル

多作でありながら常に水準を超えた作品を精力的に創作し続けるフリーマントル1974年発表作。非情なスパイの世界を冷徹に描いた傑作「別れを告げに来た男」を前年に上梓、デビュー作にして驚異的な完成度を誇っていたのだが、第2作も期待を裏切らず、才能豊…

「水時計」ジム・ケリー

ケリー2003年発表の処女作。地味ながらも繊細な文章で、舞台となる地方都市イーリーの冷たくも美しい情景を描き出している。凍結した川から引き揚げられた車に身元不明の他殺体が発見される冒頭から、嵐の中で殺人者と対峙する終幕まで、物語の底流には淀ん…

「ノーブルロード」ピーター・ローダー

1986年発表作。英国女王暗殺を巡るサスペンスで、謳い文句も「フォーサイス以来の大型新人」と威勢はいいが、実力の差は歴然としており、かえってローダーには有り難迷惑だったのではないか。全体的にリアリズムに乏しく、構成力も弱い。プロットは、IRA…

「死角」ビル・プロンジーニ

1980年発表、私立探偵〝名無しのオプ〟シリーズ第6弾。初登場時は、狂的なパルプ・マガジン蒐集家にして、肺癌の恐怖に怯えるヘビースモーカーという設定で、ネオ・ハードボイルドの一角を占めていたが、前作「暴発」で煙草をきっぱりとやめており、探偵自…

「透明人間の告白」H・F・セイント

1987年発表作。翻訳された当時は大いに話題となり、2005年には「本の雑誌が選ぶ30年間のベスト30」第1位に選ばれている。今も「名作」として読み継がれているのだが、数多の熟練批評家/作家/読者らの絶賛コメントに、私が共感できることは多くない。着想…

「ボストン・シャドウ」ウィリアム・ランデイ

「ボストンの絞殺魔」を下敷きとする2006年発表のランディ第二作。前作「ボストン、沈黙の街」は重層的なプロットに唸る力作だったが、社会的な視野がさらに深まり、退廃的ノワールのムードも強まっている。本作は、公私ともに犯罪と密接な関わりを持つデイ…

「傷心の川」ジョン・バカン

心の奥深く、いつまでも波打つ感動をもたらす「最後の、そして最高の冒険小説」。翻訳数は僅かながら、不慮の事故死(1940年2月11日)を遂げた翌年に出版された「傷心の川」がジョン・バカン畢生の名篇であることは間違いない。本作は、厳格さと慈愛を兼ね備…

「蛍」デイヴィッド・マレル

デイヴィッド・マレルが1988年に上梓した極めて私的な作品だが、同業の作家らを中心に多くの反響を呼んだ。愛する息子マットの早すぎる死を、虚構を交えて小説という形で書き記しており、厳密にいえばノンフィクションではないのだが、その重い題材故に深い…

「ゴルゴタの呪いの教会」フランク・デ・フェリータ

フェリータ1984年発表作で、米国片田舎の打ち捨てられた教会を舞台に〝悪魔〟と〝神〟が対峙するオカルトもの。終盤ではバチカン法王も馳せ参じてハルマゲドン的な対決となるのだが、大風呂敷を拡げすぎて尻すぼみの感は否めない。主要人物は3人。超常現象…

「ロセンデール家の嵐」バーナード・コーンウェル

伝統の英国冒険小説の底力に平伏すコーンウェル1994年発表作で、没落した貴族の末裔である主人公の挫折と再生をドラマチックに謳い上げた傑作。 俗世間との関わりを厭忌し、洋上の漂泊者となっていたジョン・ロセンデールが4年振りに帰郷する。久しぶりの再…

「エリー・クラインの収穫」ミッチェル・スミス

謳い文句は「五感を刺激する」。翻訳された当時は、微に入り細に入り描写するスタイルが度肝を抜くという批評が並んでいた。物語自体はシンプルな警察小説で、ニューヨーク市警の「遊軍部隊」所属の女性刑事エリー・クラインを主人公とし、連続殺人事件の捜…