海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

2015-06-27から1日間の記事一覧

「湿地」アーナルデュル・インドリダソン

小説を読んで涙したのはいつぶりだろう。この重苦しく、やるせなき悲劇に満ちた傑作は、ミステリという範疇を超えて、いつまでも深く心に残る濃密な物語として読み継がれていくだろう。冒頭から降り続いた暗鬱な雨は、美しくも哀しいラストシーンの直前にや…

「リバー・ソロー」クレイグ・ホールデン

麻薬で身を滅ぼしていく者たちの末路は哀れだ。 謎解きを軸にしたサスペンスに溢れた展開でありながらも、一番印象に残るのは、やはり何もかもをボロボロにぶち壊す麻薬の怖さ、だった。その描写は実にリアルだ。 評価 ★★★ リバー・ソロー (扶桑社ミステリー…

「源にふれろ」ケム・ナン

発表当時、かなり高い評価を得ていた。ケム・ナンは、知る限りでは他の作品が翻訳されていないが、すぐにミステリから離れたということか。デビュー作となる本書も、ミステリというよりもカリフォルニアを舞台にした青春小説で、田舎から姉を捜しにきた青年…

「メグレと若い女の死」ジョルジュ・シムノン

メグレ物としては凡作だろう。 孤独な女の悲劇を描いているが、殺された動機が行きずりに近いため、それまでの捜査過程が生かされていない。また、翻訳者の文体に独特のクセがあり、集中できなかった。 評価 ★★ メグレと若い女の死 (ハヤカワ・ミステリ 1188…

「緑衣の女」アーナルデュル・インドリダソン

シリーズ第三作の湿地があまりにも感動的な内容だったため、否が応でも期待が高まる。本作も上質のミステリをじっくりと堪能できる秀作だった。 発見された白骨体。いつ、だれが、だれに、どんな方法で、何のために。終盤近くまで解明されない謎の呈示と、同…

「覗く銃口」サイモン・カーニック

相変わらず荒削りながらも、タイムリミット的に疾走する展開で最後まで飽きさせない。タフではあるがやや思慮に欠ける元傭兵と、正義感に溢れながらも不器用で地味な刑事が交互に語る構成。裏切り者が誰かは、途中で簡単に分かってしまうが、アクションシー…

「殺人者の顔」ヘニング・マンケル

読み終えるまで随分と時間が掛かった。 移民問題を抱えたスウェーデン社会を背景に、老夫婦の殺害事件を捜査するくたびれた刑事を描いたストレートな警察小説ではあるのだが、いかんせん地味過ぎる。真犯人に辿りつく切っ掛けが、ある特殊能力を持った人間の…

「女友達は影に怯える」コリン・ウィルコックス

ヘイスティングス警部シリーズ第6作。 同時進行で進む二つの事件。一つはヘイスティングスの恋人を付け狙う異常者との対決。もう一つは、金持ちの老婦人の殺害事件。このシリーズは精悍な主人公を始め、脇を固める刑事たちが実に魅力的で、警察小説にハード…

「流刑の街」チャック・ホーガン

以前であれば、ベトナム帰還兵。最近ではアフガニスタンやイラクの戦場を経験した元兵士を主人公に据えた作品が多くなってきた。いかにアメリカが過去も現在も、あらゆる戦争に当事国として関わり続けているかが分かる。 本作は、麻薬マフィアの抗争を軸に、…

「湖中の女」レイモンド・チャンドラー

1943年発表だが、いささかも古臭さを感じさせない。 本作は、ファンが泣いて喜ぶ名台詞も、マーロウ自身のロマンスも、魅力溢れる脇役やシビれるシーンも、チャンドラーマニアからの人気もあまりなく、いうならば地味な作品に位置する。けれども、警察権力に…

「消えた消防車」マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー

ベックシリーズとしては凡作だろう。 冒頭に不可解な殺人が起こって以降、捜査は遅々として進まず、展開に大きな起伏がある訳でもない。けれども、最後まで読ませてしまうのは、登場する刑事一人一人が生き生きと描かれており、そのやりとりの楽しさが作品に…

「皮膚の下の頭蓋骨」P・D・ジェイムズ

読書にかける時間がなく、2週間かかってようやく読み終えた。文庫本で600ページあまり、特に長い分量ではないが、綿密な描写がびっしりと続くため、どうしても読むスピードが落ちる。加えて、裏表紙のあらすじにある殺人が起こるのは、ストーリーの中盤にな…

「ナイトワールド」F・ポール・ウィルスン

圧倒的なカタルシスが味わえるクライマックスまで一気読みの娯楽小説の大傑作。 設定はSFホラーだが、光と闇、善と悪の闘いをハルマゲドンという大風呂敷を拡げつつも、見事に読ませ、泣かせ、感動させるウィルスンの筆力は凄いの一言だ。老いたるグレーケン…

「骨折」ディック・フランシス

派手さはないが、渋い秀作。 一行目からの刺激的独白による開幕は、全シリーズ通しての馴染みのものだが、その後の展開は、一人の甘ったれたガキが、誇り高き主人公との関わり合いの中で、人間として成長していくさまをじっくりと描いていくもので、虚飾を剥…

「殺人症候群」リチャード・ニーリィ

サイコ・サスペンスの先駆的作品。 構成、トリックは充分練り込まれており、主な舞台となる新聞社の様子は作者自身の経験が生かされてリアリテイに富む。ただ、本作の肝となる真相は、早い段階で分かってしまう。しかも、文庫本の解説者が、クイーンの盤面の…

「大座礁」ジェイムズ・W・ホール

マイアミを舞台とするスリラーといえば、カール・ハイアセンの諸書が思い浮かぶが、本書はフロリダの成り立ちと環境問題を絡めつつも、宝を積んだまま座礁した船を巡る悪党どものやりとりを、やや過激な暴力を交えて活写していく。題材はどれも面白いのに、…

「ノンストップ! 」サイモン・カーニック

展開の早いサスペンス・スリラーの秀作。カーニックについては、殺す警官、覗く銃口に続き、3作を読了したことになる。前作までは、不安定だが緊迫感溢れるノワールタッチのプロットと情景描写が魅力だったが、本作ではひたすらスピード感を重視し、錯綜した…

「ファントム」ディーン・R・クーンツ

モダンホラー翻訳全盛期に出版された、クーンツの嘗ての代表作。 正体不明のファントムに山深い町の住人が突如襲われて壊滅するという発端から、モダンホラーの典型に沿って展開。残念ながら、全く怖くないのがモダンたる所以なのだが、怪物の造型と描写こそ…

「大聖堂」ケン・フォレット

ようやく最終章に辿り着き、ある種の幸福感の中で読み終える。読者は、長い長い道程を登場人物と共に歩き、年齢を重ね、喜び、哀しみ、怒り、人間としてのあらゆる感情の発露と類稀なる経験を通して、成長し老いていく。この長大な物語を著わしたケン・フォ…

「わが心臓の痛み」マイクル・コナリー

テイストはハードボイルドだが、練り込まれたプロットと真相が明らかになるにつれ追い詰められていく主人公の焦燥感が濃密なサスペンスを生み出している。 本作の最も優れた点は、殺人者の歪みに歪んだ動機にある。臓器移植の問題点を上質のミステリの中に盛…

「空白との契約」スタンリイ・エリン

翻訳は硬いが、冷徹な雇われ保険調査員の行動を徹底した客観描写で描く。主人公の感情は他の登場人物を通してしか分からない。狙った報酬も臨時の女性パートナーとの関わりも、ラストでは苦い結末を迎えることとなる。非情に揺らぎが生じていくさまはハード…

「血と暴力の国」コーマック・マッカーシー

所謂、ピューリッツァ賞作家が描いた犯罪小説。翻訳者のあとがきにあるように、本作には様々な解釈が可能だろう。まるで全てが幻影であるかのように、輪郭をぼかしたままに物語は進み、前後の流れをぶつ切りにして、屍の山だけが築かれていく。純粋悪を象徴…

「カリフォルニアの炎」ドン・ウィンズロウ

ウィンズロウ節とも呼べば、いいのだろうか。簡潔なセンテンスで、短いエピソードをテンポ良く積み重ねていく。中盤辺りでは既に分厚い物語が構築されており、どう転んでいくのか全く予想が出来ない。ロシア人ギャングの抗争を軸に金と欲にまみれた人間の業…

「脱出山脈」トマス・W・ヤング

元軍人の作家がアフガニスタンを舞台に描くアクション小説。タリバンの聖職者を護送していた輸送機が撃墜され、極寒の山脈に不時着。敵に囲まれた中で、捕虜を伴い、いかに脱出するか…と、あらすじだけ読めば期待は高まるが、見事に裏切られた。 確かに、過…

「オータム・タイガー」ボブ・ラングレー

これぞ、まさしく正統派冒険小説。 静かに始まるプロローグ。間もなく引退する冴えない情報部員に突然接触してきた東独情報部の大物。何故、平凡な日常を送ってきたはずのオレが選ばれたのか…。たったひとつのライターが、彼を80年代のアメリカから一気に第…

「ザ・スイッチ」エルモア・レナード

なんともとらえどころがないが、つい読んでしまう。小悪党らが、本気なのか、冗談なのか、どちらでも取れる言動を繰り返し、誘拐という本来ならシリアスな犯罪の進行がアイロニカルに描き出される。レナードならではの世界、初心者にはハードルが高いだろう…

「テロリストに薔薇を」ジャック・ヒギンズ

元IRA闘士二人を主人公とした冒険小説。 活劇よりも、ヒロイズムとロマンティシズムに比重を置き、まさにヒギンズ節全開の作品だ。 但し、敵役がやや弱く、ストーリーもサスペンスに欠ける。 己の信条のままに突き進む登場人物たちは、良くいえば格好良いの…

「キリング・フロアー」リー・チャイルド

デビュー作にして、傑作。まるでウェストレイク初期のハードな犯罪小説「殺し合い」を想起させる。目的の為には殺しも厭わない元軍人の主人公。タフで非情でありながらも、複雑な謎を解く明晰さを併せ持つ骨太の男。閉ざされた田舎町で起こる巻き込まれ型の…

「やとわれた男」ドナルド・E・ウェストレイク

ウエストレイクの処女作。 非情な犯罪組織の中で生きる男を渇いた文体で描き、ハードボイルドの新鋭として脚光を浴びた。 主人公は、組織のボスの右腕として数々のトラブルを時に殺人も厭わず処理してきた。だが、その仕事を受け入れられない愛人との関係が…

「血まみれの月」ジェイムズ・エルロイ

エルロイを読む前には、少なからずの覚悟が必要だ。読了時には、エネルギーを使い果たしているはずだから。 傑作ブラック・ダリアへと昇華する前のホプキンズ・シリーズ第一作。まさに血まみれの情念に溢れた世界が展開し、狂気すれすれの刑事と狂気そのもの…