海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

サスペンス/スリラー

「アイス・ハント」ジェームズ・ロリンズ

現在も精力的に創作活動を続けている精鋭の一人ジェームズ・ロリンズ2003年発表作。SFホラーの要素に冒険小説的な活劇をふんだんに盛り込んだスリラーで、著者の迸るエネルギーに満ち溢れた力作だ。恐らくロリンズは、〝読者をいかに楽しませるか〟という…

「ココ」ピーター・ストラウブ

長大なボリュームのサイコ・スリラーで、文学志向の強いストラウブの濃密な筆致のせいもあり、読み終えるのに時間を要した。ベトナム戦争従軍によって重度の神経症を負った者が臨界点に達して殺人者と化す。新鮮味の無い設定だが、どう物語を膨らませ、捻り…

「誰かが泣いている」デイヴィッド・マーティン

話題となった「嘘、そして沈黙」と同じく何とも形容し難いミステリなのだが、一気に読ませる力量は大したものだ。破綻すれすれのプロットを強引な筋運びで繕っているのだが、もとより緻密なサイコ・スリラー作品が珍しいぐらいなので、標準的な出来かも知れ…

「喪服のランデヴー」コーネル・ウールリッチ

翻訳を通しても、都会的で洗練された文体の強度を失わない稀有な作家の一人、ウールリッチ/アイリッシュ。1948年発表、ブラックシリーズの代表作でもある「喪服のランデヴー」では、その耽美なレトリックがすでに完成しており、序章と終章における溜め息が…

「パードレはそこにいる」サンドローネ・ネダツィエーリ

2014年発表、希少なイタリア・ミステリの翻訳だが、異国情緒的な味わいはなく、新たな支流ともなっているダークな犯罪小説の色合いが濃い。プロットや人物設定も凡そ時流に倣っており、新鮮味はさほどない。トラウマを抱えた主人公、場面転換の早いテンポ重…

「混戦」ディック・フランシス

1970年発表の競馬シリーズ第9弾。フランシスの作品は骨格がほぼ共通しているため、肉付けするプロットの出来如何で面白さが大きく異なる。本作を一言で述べれば「薄い」。雇われパイロットを主人公に保険金詐欺の絡む事件をメインにしているのだが、終盤へと…

「デス・コレクターズ」ジャック・カーリイ

モビール市警カーソン・ライダー刑事シリーズ第2弾。デビュー作「百番目の男」での〝変態的〟な真相が大いに受けて話題となったが、カーリイの真価が問われた本作も、ミステリファンには概ね好評だったようだ。だが、筋の面白さで読者をぐいぐいと引っ張っ…

「サンドラー迷路」ノエル・ハインド

1977年発表のスパイスリラーの秀作。二重三重に仕掛けられた謎、緻密な伏線、終盤で畳み掛ける種明かし、苦い結末など、捻りの利いた構成で唸らせる。ハインド32歳での執筆と知って驚くが、多くの登場人物や複雑なプロットの展開がやや整理しきれていない点…

「殺戮者」ケネス・ゴダード

ゴダード1983年発表で、唯一翻訳されている作品。間近にオリンピックを控えたロサンゼルス近郊の地方都市を舞台に、不可解な警官殺しを発端とする陰謀の幕が上がる。特に主人公を設定せず、一夜にして街全体がパニックに陥っていく情景をドキュメントタッチ…

「ゴーストマン 時限紙幣」ロジャー・ホッブズ

「21世紀最高の犯罪小説」という売り文句に加え、同業者や批評家の大絶賛が並んでいるが、どうにも精密さと盛り上がりに欠ける作品で、〝天才作家〟などという称賛は逆に嫌味ではないのかと勘ぐるほどだった。この程度のクライムノベルなら、創作時期や時代…

「逃げる殺し屋」トマス・ペリー

殺し屋を主人公とするミステリは掃いて捨てるほどあり、生業としての新鮮味は無い。プロットや人物造形など、相当知恵を絞らなければ「いつかどこかで読んだ話」として片付けられてしまう。逆に先行作品との違いを出さなければならないため、作家にとっては…

「市民ヴィンス」ジェス・ウォルター

2005年発表のMWA最優秀長篇賞受賞作。プロットは至ってシンプルで、強引に要約すれば、しがない犯罪者という以外は「何者でもない」生活を送ってきた一人の男が、人生の岐路に立ち、それまでとは違う選択をして再び歩み始めるというだけの話だ。タイトルには…

「プラムアイランド」ネルソン・デミル

デミル版ヒーロー小説。NY市警のジョン・コーリーを主人公とし、以後シリーズ化されている。渾身の力作「誓約」を書き上げて以降、肩の力を抜いた娯楽作品を発表し続けているデミルだが、本作では冒険小説の要素を取り入れ、緻密な構成よりも怪しげな人物…

「将軍の娘」ネルソン・デミル

巧い作家だ。プロフェッショナルと呼ばれるためには、ネルソン・デミル並みの力量を持たねばならないのだろう。米国陸軍基地内で将軍の娘が殺された事件を巡るメインプロットはストレートなミステリなのだが、舞台背景も含めてテーマの掘り下げが広く深い。…

「私が愛したリボルバー」ジャネット・イヴァノヴィッチ

実は本作について語ることはあまりない。躍動感溢れる女性バウンティ・ハンター(賞金稼ぎ)の活躍を気軽に楽しめばよく、「重い小説」を読んだ後のブレイクにぴったりだ。負けん気が強く猪突猛進型、仕事も恋愛もひたむきだが、もろく傷つきやすいという等…

「解錠師」スティーヴ・ハミルトン

評判が良いのも納得のミステリで、スティーヴ・ハミルトンの才気を感じる秀作。或る事件から失語症となった少年が、図らずも金庫破りとして犯罪グループの一員となり、さまざまな経験を通して大人へと成長していくさまを鮮やかに描き出している。内的な台詞…

「法王の身代金」ジョン・クリアリー

1979年発表作でスリラーの王道ともいうべき作品。重要な章の末文で一気に物語が変転する構成で、未曽有の犯罪に手を染めた者どもを襲う危機をテンポ良く描いていく。メインプロットは、資金源としてヴァチカンの財宝を狙ったIRAのシンパとプロの犯罪者らが、…

「二流小説家」デイヴィッド・ゴードン

ミステリへの愛に溢れた秀作で、ゴードンの才気溢れる筆致が堪能できる。売れない小説家ハリーを主人公に一攫千金のチャンスを掴みながらも、一筋縄ではいかない壁をどう乗り越えるかという展開がとにかく読ませる。メインプロットとは直接関係ないものの、…

「ボストン、沈黙の街」ウィリアム・ランデイ

練られたプロットで、結末の衝撃性も高い。片田舎の警察署長の座を父親から継いだ若者ベンを主人公とする一種の教養(成長)小説でもあるのだが、ランディは大胆な捻りを加えており、章を追うごとにベンの凡庸性が修整されていく展開は見事だ。一人称のスタ…

「バイオレント・サタデー」ロバート・ラドラム

ラドラム畢生の傑作「暗殺者」を読み終えた時の感動は忘れられない。綿密に練り上げた謀略を主軸に、記憶を失った男のアイデンティティを巡るストーリーは、娯楽小説の到達点ともいうべき作品だった。当然の事、大きな反響を呼んで80年代に多くの作品が翻訳…

「警鐘」リー・チャイルド

第1作があまりに完璧過ぎるため、後に続く作品が物足りなく感じるシリーズは、さほど珍しくない。読者に好評であれば、当然出版社は同じ主人公による継続を求め、著者は期待に沿うべく書き続けるのだが、エンターテイメント性を高めようとして、逆に失敗す…

「静かなる天使の叫び」R・J・エロリー

ミステリとしてよりも、文学的な味わい方を求める作品で、苦労人らしい著者の人生経験と創作に懸ける意気込みが伝わってくる。 物語は、第二次大戦前夜の米国ジョージア州の田舎町に住む少年ジョゼフの一人称で進み、その後三十年にもわたって続くこととなる…

「クレムリン 戦慄の五日間」

1979年発表のスリラー。話題作ではないものの奇抜な着想を盛り込んだストーリーの面白さで読ませる。捻りのない翻訳タイトルで損をしているが、原題は「ソールト・マイン」で岩塩坑を意味し、作中では反政府グループのコードネームとなる。旧ソ連時代、クレ…

「ダブル・イメージ」デイヴィッド・マレル

マレル1998年発表作。出だしこそ典型的なスリラーだが、プロットに大きな捻りを加えている。実質二部構成で、前半終了時に大きな山場を迎えたあと、本作の隠されたテーマ「ストーキング」の恐さが前面に出る。数々の戦場写真により著名となったフォトジャー…

「テロリストの荒野」ジェラルド・シーモア

シーモア1985年発表の第8作で、北アイルランドを舞台にテロリストの苦悩を描く。 一線から退いていたIRA暫定派の工作員マクナリーは、上層部の命令によりベルファストでテロを実行し、英国の判事らを殺害する。治安部隊によって間もなく逮捕されるが、まだ…

「砂漠のサバイバル・ゲーム」ブライアン・ガーフィールド

才人ブライアン・ガーフィールドの1979年発表作。アリゾナの砂漠に、全裸で放り出された男女四人によるサバイバルを描く。その過酷な状況を招いた要因とは、殺人の罪に問われたネイティブアメリカンの男を、精神科の専門医四人の鑑定/証言によって精神病院…

「ブラック・サンデー」トマス・ハリス

トマス・ハリス1975年デビュー作。以降は長期的にヒットしたサイコ・サスペンスのみ散発的に発表しているが、確実に売上の見込める〝ハンニバル・シリーズ〟に固執していることに拝金主義を感じてしまう。少なくとも「ブラック・サンデー」には、エンターテ…

「フランクリンを盗め」フランク・フロスト

何度か挫折しかけ、途中で放り出すつもりだった。冒頭から既に破綻しかけている物語が、絶望的につまらないからだ。だが、駄作であれば何が駄目なのか、それを明確にするつもりで我慢して読み進める。終盤まで辿り着いたところで、ようやく合点がいく。この…

「ネオン・タフ」トニー・ケンリック

中国返還前の香港を舞台に、麻薬密売組織摘発に動くDEAエージェント/ ヒュー・デッカーの型破りな活躍を描いたトニー・ケンリック1989年発表作。本作を最後に翻訳は途絶え、才人ケンリック自身の創作活動も休止しているようなので残念だ。ミステリにスラッ…

「悪意の波紋」エルヴェ・コメール

フランス・ミステリ再評価の気運を更に後押しする秀作。絵画強盗にまつわる犯罪が40年の時を経て予想外の様相を呈していくさまを、ドラスティック且つアイロニカルに描く。 語り手は二人。一人は、過去に「大仕事」をした以外は、しがないギャングとして半生…