海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

サスペンス/スリラー

「コーマ - 昏睡 -」ロビン・クック

医学サスペンスの第一人者クック1977年発表のデビュー作。ボストンの大病院で、患者が脳死に至る事故が相次ぐ。何れも麻酔を施した手術後に昏睡状態へと陥り、最終的には植物人間と化していた。原因は不明。同病院の実習生スーザン・ウィラーは、通常であれ…

「暗殺者」グレッグ・ルッカ

1998年発表、アティカス・コディアックシリーズ第三弾。大手煙草会社を窮地に陥れる重要証人の暗殺をボディガードが防ぐ。本作は以上の一文で事足りる。捻りも起伏も無く、読後に何も残らない。評価できる点が何一つ無い。こんな駄作を褒めちぎることの出来…

「神の拳」フレデリック・フォーサイス

1994年発表、いわゆる「湾岸戦争」を題材に虚構と事実を織り交ぜたスリラー。1990年8月2日、OPEC内で他の産油国との対立を深めていたイラクは、遂にはクウェートに侵攻して即日全土を占領、同月8日には併合を宣言した。国連の撤退要求にフセインは応じず…

「十字架を刻む男」ロバート・L・ダンカン

1989年発表のサイコスリラー。主人公は、元ニューヨーク市警刑事ピーター・スタイン。犯罪の統計と分析、犯人像を割り出すコンピュータ会社を立ち上げ、警察に協力している。この設定自体は、現代ではもはや成立しえないだろう。 銃殺した被害者を荒野に放置…

「マフィアへの挑戦1/戦士起つ」ドン・ペンドルトン

〝死刑執行人〟を自称する元軍人マック・ボランは、「悪人には死を」という極めて短絡的思考で問答無用の私刑を履行する。法に縛られた社会を唾棄し、己が標榜する独善的正義の旗を高々と掲げた超人ヒーローは、裏を返せば「コミック」にしか成り得ない設定…

「珍獣遊園地」カール・ハイアセン

1991年発表作。ハイアセンは、常に環境問題を物語の基底とし、米国内での著しい自然破壊の象徴/指標ともいえるフロリダを舞台にしてきた。中でも、実質的なデビュー作となる「殺意のシーズン」は、傲慢な開発者らと闘う男の姿を熱く活写し、哀しくも美しい…

「弁護士の血」スティーヴ・キャヴァナー

全編にみなぎる熱量が凄い。一時期ミステリ界を席捲したリーガル・サスペンスの一種だろうというバイアスは、幕開けから覆される。本作は、臨界点まで追い詰められた男の闘いを、圧倒的な筆力で活写した血が滾る傑作である。 舞台はニューヨーク。弁護士エデ…

「大統領に知らせますか?」ジェフリー・アーチャー

英国の政治家で小説家のアーチャーは、下院議員時代に偽証罪で投獄されるなど、その波乱に満ちた半生は広く知られている。実刑判決を受けて2年にも及ぶ刑務所生活を送り、出所後に発表した獄中記がさらに話題になるなど、転んでもただでは起きぬ逞しさ/図…

「ラジオ・キラー」セバスチャン・フィツェック

ベストセラーを連発するドイツの新鋭フィツェック2007年発表の第二作。一般市民をも巻き込んだ特異な犯罪の顛末を描く。 ベルリンのラジオ局を一人の男が占拠した。放送を通して、或る条件を満たさなければ、人質を順に殺していくことを告げる。要求は、行方…

「殺しのVTR」デヴィッド・リンジー

1984年発表、ヒューストン市警の刑事スチュアート・ヘイドンを主人公とするシリーズ第二弾。「暴力」に呪縛された人間の闇を抉り取る重厚な筆致に圧倒される秀作だ。 惨たらしい戦争の実態を映した作品によって評価を得ていた戦場カメラマンのトイは、次第に…

「熊と踊れ」アンデシュ・ルースルンド/ ステファン・トゥンベリ

北欧ミステリ界の精鋭として脚光を浴びるルースルンドが脚本家のトゥンベリと共作したクライム・ノベル。読了後、スウェーデンで実際に起きた犯罪をもとにしており、トゥンベリが事件関係者の身内であることを知ったのだが、そこでようやく納得できた。実は…

「ハマースミスのうじ虫」ウィリアム・モール

長らくの絶版で「幻の名作」と喧伝された1955年発表の犯罪小説。一風変わった予測不能の展開は新鮮な面もあるが、今読めばやはり全体的に古い。証拠を残さずに恐喝を繰り返す男バゴットに憤慨した素人探偵デューカーが、独自に調査し、罠に掛け、自滅する間…

「音の手がかり」デイヴィッド・ローン

1990年発表作。主人公は元音響技師ハーレック。映画撮影中の事故で全盲となるが、聴覚はより一層鋭敏となり、繊細な音の違いを聞き分ける能力に長ける。さらに、記録した音から実体を掴み取るテクノロジーにも精通する。以上が前提となり、リアリティよりも…

「ゼロ・アワー」ジョゼフ・フィンダー

1996年発表のスリラー。不法行為によって国外に逃れるも、妻と娘を追跡者に殺された富豪の男が、復讐のためにアメリカ経済破綻を狙ったテロを計画する。その実行に赴くのは、かつて南アフリカ諜報組織の敏腕工作員であったボーマン。思想を持たず、カネのた…

「静寂の叫び」ジェフリー・ディーヴァー

ディーヴァーの名を知らしめた出世作で、大胆且つ緻密な構成と簡潔且つ流れるような語り口が見事に結実した傑作である。冒頭から結末まで、常に読み手の予想を超える展開で、ページを捲る手を止めさせない。本作は、聾学校の生徒と教師を人質に取り廃棄され…

「眠る狼」グレン・エリック・ハミルトン

ハミルトン2015年発表のデビュー作。職業軍人バン・ショウが10年振りに帰郷する。音信が途絶えていた祖父ドノの不可解な呼び出しに応えたものだった。だが用件を確認する前に、ドノが何者かに撃たれ重傷を負う。生命を狙われた理由を探るべく、ショウは祖父…

「奪回」ディック・フランシス

1983年発表の競馬シリーズ第22弾。後にフォーサイスが「ネゴシエイター」でも題材とした誘拐交渉人を主人公とする。犠牲/被害を最小限に抑えるべく、如何に行動し解決へと導くか。その心理的な駆け引きが最大の読みどころとなるが、本作のミソは交渉人が誘…

「悪魔のような女」ボアロー、ナルスジャック

1952年発表作。数度の映画化もあり、ボアロー/ナルスジャック合作の中で最も読まれている作品と言っていい。サスペンス小説の模範ともなる構成で、次第に追い詰められていく人間の心理描写は流石の筆致だ。登場人物を必要最低限まで絞り込み、緊張感が途切…

「ゴールド・コースト」ネルソン・デミル

有閑階級の衰退を独特のスタイルで描いた才人デミル1990年発表の異色作。急速に台頭したアメリカ型資本主義社会の恩恵を受け、永らく栄耀栄華をほしいままにした大資産家ら。主人公ジョン・サッターは、その代表的階層となる「ワスプ」の体現者であることを…

「警部、ナチ・キャンプへ行く」クリフォード・アーヴィング

米国の大富豪ハワード・ヒューズの自伝捏造によって世間を騒がせた異端の作家アーヴィング1984年発表作。その経歴とは裏腹に、本作はナチス強制収容所を舞台に、戦時下での「正義のあり方」を問い直す、実直で揺るぎない信念を感じさせる力作である。 原題は…

「さよなら、シリアルキラー」バリー・ライガ

カテゴリは〝ヤングアダルト小説〟という私自身は食指が動かない分野に属しているが、散々使い古された題材「サイコキラーもの」に挑んだ本作は、停滞したミステリ界に幾ばくかの新風を吹き込んで話題となったようだ。 主人公ジャズ・デントは17歳の高校生で…

「アンドロメダ病原体」マイクル・クライトン

才人クライトン1969年発表作。分野はSFとなっているが、不可解な謎の正体を探るサスペンス/スリラーとして読んでも何ら違和感はない。物語を要約すれば、墜落した米軍の人工衛星に付着していた未知の病原体によって人類絶滅の危機が迫る中、予め選ばれた…

「ノース・ガンソン・ストリートの虐殺」S・クレイグ・ザラー

ヴァイオレンス主体の無味乾燥な凡作で、カタルシスも無く、単に下劣な作品といった印象。米国片田舎にある腐敗した警察と町に蔓延るギャング団とのケンカ/縄張り争いを描いているのだが、「やられたら、やりかえす」という短絡的な復讐の連鎖のみで展開し…

「大きな枝が折れる時」ジョナサン・ケラーマン

小児専門精神医アレックス・デラウェアシリーズ第1弾。「ロス・マクドナルドの伝統を受け継ぐ」という売り文句もあるが、清廉な主人公の立ち位置はともかく、ハードボイルド小説に不可欠な冷徹さや、罪を犯す人間の掘り下げ方などが浅く、処女作の段階では…

「8(エイト)」キャサリン・ネヴィル

ネヴィル1988年発表作。女流作家ならではのロマンス色の濃い〝冒険ファンタジー〟で、伝説のチェス・セット「モングラン・サーヴィス」を巡る争奪戦を、史実を織り交ぜながら描く。とにかく長大な物語で、相当な労力を費やしたことが伝わる力作ではあるのだ…

「イノセント」イアン・マキューアン

スパイ小説というよりも恋愛を主軸にしたサスペンスで、筆致はいかにも文学的。冷戦下ベルリンで東側基地の盗聴を目論み、西側からトンネルを掘り進めるという英米情報部の無謀な作戦を背景とする。物語に大きな起伏は無いのだが、若い技術者が一定期間体験…

「収容所から出された男」ブライアン・フリーマントル

多作でありながら常に水準を超えた作品を精力的に創作し続けるフリーマントル1974年発表作。非情なスパイの世界を冷徹に描いた傑作「別れを告げに来た男」を前年に上梓、デビュー作にして驚異的な完成度を誇っていたのだが、第2作も期待を裏切らず、才能豊…

「ノーブルロード」ピーター・ローダー

1986年発表作。英国女王暗殺を巡るサスペンスで、謳い文句も「フォーサイス以来の大型新人」と威勢はいいが、実力の差は歴然としており、かえってローダーには有り難迷惑だったのではないか。全体的にリアリズムに乏しく、構成力も弱い。プロットは、IRA…

「透明人間の告白」H・F・セイント

1987年発表作。翻訳された当時は大いに話題となり、2005年には「本の雑誌が選ぶ30年間のベスト30」第1位に選ばれている。今も「名作」として読み継がれているのだが、数多の熟練批評家/作家/読者らの絶賛コメントに、私が共感できることは多くない。着想…

「エヴァ・ライカーの記憶」ドナルド・A・スタンウッド

1912年処女航海の途上で沈没した豪華客船「タイタニック号」を題材に、半世紀にわたる連続殺人事件の謎を解き明かす壮大なミステリ。練り上げられた緻密なプロット、巧みな人物造形、臨場感溢れる情景描写など、重厚な読み応えに唸る傑作だ。 1941年、ハワイ…