海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

サスペンス/スリラー

「天国への鍵」リチャード・ドイッチ

高価な金品のみを狙う泥棒マイクル・セントピエールは、結婚を機に引退した。数年後、真っ当な仕事に就き、質素な生活を送っていたマイクルのもとに、ドイツの実業家と名乗るフェンスターが奇妙な依頼を持ち込む。バチカンが厳重に保管する宝を盗み出して欲…

「チェシャ・ムーン」ロバート・フェリーニョ

惹句にはハードボイルドとあるが、サスペンス基調のミステリという印象。主人公クィンは元新聞記者で現在はゴシップ誌のライター。元妻とは友達付き合いを続けており、同じ敷地内にある離れで暮らしながら、幼い一人娘の寝姿を裏庭の木から見守る日々。そん…

「ヘッドハンター」マイケル・スレイド

スレイドはカナダの弁護士三人(本作以降、共同執筆者は変わっている)による合作チームのペンネームで、1984年発表の本作でデビューした。フォーマットは警察小説だが、サイコスリラーの要素を大胆に盛り込んでおり、全編が異様なムードに包まれている。不…

「ハドリアヌスの長城」ロバート・ドレイパー

まず、北村治による文春文庫の挿画が、さまざまなイメージを喚起させる。 裂け目無く屹立する高く赤い壁。それは紛れもなく刑務所の塀だと分かる。そこに、斜陽を浴びた男の影が浮かび上がっている。背中を向け、うつむき加減に呆然と立つ男。それに比して、…

「消された眼」ジョン・サンドフォード

人間は、死の間際に何を視るのか。ベトナム帰還兵マイケル・ベッカーは、アジアの地で三人の娼婦を絞殺した。最初の女は殺人者の眼を凝視しながら死んだ。直後に悪夢を見るようになったベッカーは、それを逃れるために薬物を乱用した。次からは死人の眼を潰…

「TVショウ・ハイジャック」レイモンド・トンプスン/トリーヴ・デイリィ

地味な邦題(原題は「The Number to Call Is...」)と装幀のため長らく積ん読状態だった一冊。何気なく読み始めて驚く。冒頭から一気に引き込まれ、巻を措く能わず。濃厚且つ濃密なサスペンスが横溢する衝撃作で、完成度も高い。1979年発表の共作で唯一の翻…

「『赤い風』の罠」ジョン・クロスビー

中世文学教授で元CIA局員キャシディを主人公とする1979年発表のサスペンス/スリラー。以降シリーズは第3作まで翻訳されている。長らく失職中だったキャシディは、NYの超高級アパートに住むイタリアの大公妃エルサ・カスティグリオーネに雇われた。仕事内…

「笑いながら死んだ男」デイヴィッド・ハンドラー

ゴーストライター/ホーギーシリーズ第一弾で1988年発表作。コメディアン2人組で一世を風靡しながらも、解散後は落ちぶれていった片方の自伝をホーギーは引き受ける。最大の売りは、元パートナーと不仲となった原因。だが、頑なに本人は過去を明かすことを…

「赤毛の男の妻」ビル・S・バリンジャー

医者を志しながらも環境に恵まれず、貧しい人生を歩んできた男。彼にとっては、学生時代に出会い、激しい恋に落ちた美しい女だけが心の拠り所だった。だが、格差故に引き離され、放浪。長い年月を経て行き着いた果ては刑務所だった。やがて男は脱獄し、その…

「24時間」グレッグ・アイルズ

米国のベストセラー作家による2000年発表のスリラーで、ストレートに「誘拐物」に挑んだ力作。身代金目当ての誘拐事件を扱うミステリは、警察/犯罪物を中心に数多いが、新たなアイデアを盛り込まなければ、過去作品の単なる焼き直しと評価されかねない。現…

「傷痕のある男」キース・ピータースン

ピータースンが80年代後半から発表した新聞記者ジョン・ウェルズシリーズは、現代ハードボイルドの新たな収穫として高い評価を得た。くたびれてはいるものの正義感に溢れた中年男の語り口がとにかく絶品なのだが、残念ながら4作品で途絶えたままだ。1990年…

「踊る黄金像」ドナルド・E・ウエストレイク

事の発端は、南米の最貧国デスカルソで起こる。ここの国立博物館には、数千年以上も前に創作されたという黄金の「踊るアステカ僧侶像」が厳重に保管されていた。同国政府は新たな観光資源とするべく、僧侶像の複製を作り、安価な工芸品として売り出すことと…

「チャイナマン」スティーヴン・レザー

1992年発表作。英国からの北アイルランド分離独立を目指すテロ組織IRAの行き詰まりを描き出したスリラー。特に主人公は設けず、暴力に彩られた闘争が行き着く果てを極めてドライに活写している。章立てが無く、場面展開が早い。登場人物が多く、状況を多角的…

「ブラックランズ」ベリンダ・バウアー

2010年発表作。12歳の少年が、幼少期のおじが殺されるという過去の事件を〝解決〟することで、現在のぎくしゃくした家族関係を立て直そうとする。要は、絆がテーマといえるだろう。ただ、ムード優先で筋に捻りがないため、サスペンスとしては物足りない。女…

「太陽がいっぱい」パトリシア・ハイスミス

1960年にルネ・クレマン監督/アラン・ドロン主演で映画化(1999年「リプリー」として原作をほぼ忠実にリメイク)されたことにより、ハイスミスの最も有名な作品となった。1955年発表作だが、全編独特なトーンを持ち、時代を感じさせない。物語の舞台として…

「監禁面接」ピエール・ルメートル

現代ミステリの最重要作家、2010年発表作。私の場合、購入した本はしばらく〝寝かせる〟のが常だが、ルメートルだけは早々に積ん読から外している。一旦、冒頭を読み始めたなら、最終頁に辿り着くまで片時も本から手を離せない。しかも、一度も期待を裏切ら…

「殺したくないのに」バリ・ウッド

繊細且つ鋭利な心理描写を縦横に駆使したサイキック・スリラー。とにかく濃密な空気感には圧倒された。恐怖心を煽る技巧が秀逸で、下手なホラー小説よりも格段に怖い。ニューヨーク市警スタヴィツキー警部は、長年追っていた犯罪者の死を知った。その男、ロ…

「ボーン・マン」ジョージ・C・チェスブロ

実力派チェスブロの1989年発表作。娯楽的要素を盛り込んだ一味違うスリラーで、埋もれたままにしておくのは惜しい秀作だ。 激しい雨が降り続いていたニューヨーク/セントラル・パーク。その一角で憔悴した状態の浮浪者が市に保護された。男は入院後しばらく…

「標的の原野」ボブ・ラングレー

1977年発表の処女作。不条理な誘拐事件を発端とする本作は、中盤まではサスペンスが基調、後半に至り極寒の山岳を舞台にマンハントが展開する。ただ、冒険小悦としてはまだ萌芽のレベル。人物造形の浅さや、余分と感じるエピソードの挿入で物語の密度が弱ま…

「負け犬のブルース」ポーラ・ゴズリング

主人公は41歳のピアニスト、ジョニー・コサテリ。クラシック界で名声を得ながらも挫折、ジャズへと転向した。雑多な仕事でカネを稼ぎ、コマーシャリズム化した音楽業界で才能を発揮、それなりに成功を収めている。だが、クラシックへと引き戻そうとする周り…

「甦える旋律」フレデリック・ダール 【名作探訪】

「世界じゅうでいちばん悲しいものは? それは壊れたバイオリンではないかと思う」ナイーヴで感傷的なモノローグで始まるこの物語を初めて読んだのは、私自身がまだまだ未熟で多感な時だった。読む物すべてが新鮮で知的な〝冒険〟に満ちていた頃。そんな中で…

「地獄の群衆」ジャック・ヒギンズ

1962年発表作。同年上梓の「復讐者の帰還」はなかなか読ませたが、本作はどう贔屓目に見ても習作どまり。この時期は出来不出来が激しかったようで、気負いが実作に結び付いていない。娼婦殺しの容疑者に仕立てられた男が刑務所から脱走し真相を追及するとい…

「大統領専用機行方を断つ」ロバート・J・サーリング

予測不能の展開が強烈なサスペンスを伴い読み手を翻弄する1967年発表作。 第37代合衆国大統領ジェレミー・ヘインズを乗せた大統領専用機が、静養先のパーム・スプリングスへ向かっていた。時は夜間、航空路は荒れ模様だった。機長は管制塔との交信で、雲上へ…

「黒衣の花嫁」コーネル・ウールリッチ

〝第二のフィッツジェラルド〟を目指していた文学青年ウールリッチがミステリ作家へと転身したのちの初長編で1940年発表作。全体の印象と物語の構造は、後の「喪服のランデヴー」(1948)と重なる部分が多い。そして、二作品ともウールリッチの代表作である…

「裸の顔」シドニイ・シェルドン

精神分析医スティーブンスの周辺で相次ぐ殺人。自身も生命を狙われる羽目に陥るが、不可解な状況から警察からは逆に容疑者扱いされた。何故、命を狙われるのか。スティーブンスは、精神的不安を抱えた患者らの背景を改めて調べ始めるが、その間にも正体不明…

「多重人格殺人者」ジェイムズ・パタースン

母国アメリカを中心に大ベストセラーを連発する人気作家。今も旺盛な執筆活動を続けており、共著も含めて150作に達している。最近では元大統領ビル・クリントンと組んだ〝全米100万部突破〟の「大統領失踪」で話題となった。名立たる〝セレブ〟とともに億万…

「ジョニー&ルー/掟破りの男たち」ジャック・ソレン

〝元義賊〟男二人組の活躍を描いたスリラー。シリーズ化しており、本作は2014年発表の第1弾。 失われた世界的名画。彼らは、それを不当に所有する収集家から奪い返し、美術館と保険会社から莫大な報奨金を得ていた。盗み出した現場に「モナーク(君主の意)…

「ブルックリンの少女」ギヨーム・ミュッソ

フランスのベストセラー作家による2016年発表作。突然失踪した婚約者の行方を追う男。手掛かりを求めて女の過去を掘り起こしていくが、その過程で鍵となる関係者らが次々に不可解な死を遂げる。わたしの愛した女は、いったい何者だったのか。主人公は、人気…

「南極大氷原北上す」リチャード・モラン

本作の時代設定は、〝近未来〟の1995年(発表は1986年)。大規模な地質学的流動により南極大陸下の海底噴火口からマグマが噴出。その結果、32万平方キロメートルに及ぶ巨大なロス棚氷が大陸と分離され、太平洋へと流れ出す。この棚氷が溶けた場合、海の水位…

「ストーン・シティ」ミッチェル・スミス

発端から結末まで刑務所内のみで展開する異色のサスペンスで、獄中で発生した連続殺人の真相を囚人が探るという大胆な着想が光る1989年発表作。上下巻に及ぶボリュームだが、特異なエピソードを盛り込んで高いテンションを保っており中弛みはない。前作「エ…