海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

サスペンス/スリラー

「死神を葬れ」ジョシュ・バゼル

ニューヨークの病院を舞台に、元マフィアの殺し屋で現・研修医というピーター・ブラウンの多忙な一日を描くクライム・サスペンス。邦題にあるような「死神」が登場する訳ではないが、シニカルな主人公の行動を軽快なタッチで描き、スピード感に溢れる。交互…

「モルディダ・マン」ロス・トーマス

ロス・トーマス1981年発表作。好きな作家にエルモア・レナードを挙げているが、刺激的なプロットよりも人物描写や会話などに熟成の「味を出す」作風が確かに似通っている。ストレートなミステリだけでは飽き足らず、滋味豊かな大人の娯楽小説を楽しみたいと…

「偽りの楽園」トム・ロブ・スミス

敢えて「結論」から述べれば、実験的な構成が裏目に出た凡作である。 傑作レオ・デミドフシリーズの超ド級スリラー路線に一旦区切りを付けたトム・ロブ・スミスが新境地を開いたと評される最新作であり、いやが上にも期待は高まったのだが、中盤まで読み進め…

「武器の道」エリック・アンブラー

次作の「真昼の翳」でもそうなのだが、導入部ではシリアスなスパイ・スリラーと見せ掛けつつ、〝曲者〟作家アンブラ―はストレートな展開をとらずに読者を翻弄する。1959年発表でCWA賞も受賞した本作は、革命家が暗躍するインドネシアを舞台に武器密輸を題材…

「敵手」ディック・フランシス

作品毎に設定は変えつつも、ディック・フランシスの描くヒーロー像は共通している。己の信条に忠実で、誇り高く、不屈である。それは「偉大なるマンネリズム」ともいえる程で、何らかの形で競馬に関わるプロットに趣向を凝らしてはいるのだが、逆境に立たさ…

「顔のないポートレート」ウィリアム・ベイヤー

傑作「すげ替えられた首」以来のベイヤーファンだが、本作はいささか気合いが入り過ぎたか、逆に力が抜け過ぎたのか、出来は良くない。全体的な雰囲気はフィルム・ノワールへのオマージュといった感じだが、弛緩したプロットと類型的な人物設定により、ミス…

「悪の断面」ニコラス・ブレイク

近年、旧作の翻訳出版が続き、再評価されているニコラス・ブレイク1964年発表作。 イギリスの物理学者ラグビーの娘を誘拐し、解放する条件として軍事機密を要求する共産主義者のグループ。決行は、年末の休暇でラグビー一家が片田舎を訪れる旅館滞在時。主犯…

「天使と悪魔」ダン・ブラウン

読者を徹底的に楽しませることに主眼を置いた傑作エンターテイメント小説。冒頭の1ページ目を読み始めたら、最後まで一気読みは必至である。映画もヒットしているが、バチカンとローマの名所を巡りつつ展開する物語は極めて映像的で、観光ガイドとして活用…

「この世の果て」クレイグ・ホールデン

様々なエピソードを積み重ねながらも全体的にまとまりがなく、テーマも絞り切れていないため、読後感はすっきりしない。やたらと多い登場人物と、ぶつ切りの場面転換のため、前後の状況が混乱する。それは多分に日本語として熟されていない翻訳の所為でもあ…

「ゴーン・ガール」ギリアン・フリン

間抜けな男を翻弄する悪女を描いた作品と単純化すれば身も蓋も無いが、ひたすらに構成の巧さに唸る秀作だ。早くも倦怠期を迎えた若い夫婦、夫は独白、妻は日記という交互の視点で語っていく。発端で既に妻は失踪し、その日記は過去のエピソードから始まって…

「反撃」リー・チャイルド

元軍人ジャック・リーチャーシリーズ第2弾。本作から三人称としたのは、よりダイナミックなストーリー展開に軸足を移そうとした結果なのであろう。ずば抜けた智力と戦闘能力を併せ持つリーチャーの超人的活躍は、第1作「キリング・フロアー」から引き継が…

「悠久の窓」ロバート・ゴダード

この作家の作品は初読だが、何がどう面白いのか、さっぱり分からなかった。文庫本の解説で、評論家の池上冬樹がしきりにゴダードの魅力を語っているのだが、単に長いだけの凡作を褒めなければならない苦しさのみが伝わり空々しい。 プロットは完全に破綻して…

「追跡」ジョン・カッツェンバック

中盤まではややもたつくが、後半に影の男が登場して以降の結末まで畳み掛けるサスペンスは流石。老刑事の奮闘ぶりも印象的だ。フロリダの街や海辺の情景を、それを眼にする登場人物らの心情とだぶらせて見事な描写をするのもカッツェンバックならではといえ…

「大魚の一撃」カール・ハイアセン

ハイアセンの魅力は、疾走するストーリー展開と強烈な個性を持つキャラクターたちの織り成す人間模様、そしてラストには勧善懲悪できっちりと締める爽快感にある。フロリダ・マイアミを舞台に、愚劣な政策によって環境破壊が進む現状への怒りを込めた社会批…

「第八の地獄」スタンリィ・エリン

短編の名手として知られるエリン1958年発表のMWA長編賞受賞作。翻訳者はロス・マクドナルド成熟期の名作を手掛けて名高い小笠原豊樹。主人公は、若くして私立探偵社を継いだマレイ・カークで、ハードボイルドまでとはいかないが、ストイックで感傷的な世界を…

「ダブル・ショック」ジェイムズ・ハドリー・チェイス

ハドリー・チェイス、1959年発表作。 主人公はテレビ・ラジオのセールスマンであるレーガン。ある日、引っ越したばかりのディレニイ夫妻宅を訪れたレーガンは、自動車事故で下半身不随となった夫・ジャックの妻であるギルダに一瞬で魅せられ男女の関係を持つ…

「ザ・ポエット」マイクル・コナリー

現代ハードボイルドの旗手とされるマイクル・コナリーだが、本作や「わが心臓の痛み」を読んで感じるのは、純粋に「ミステリ(推理)」が好きな作家なのではないか、ということだった。二重、三重に捻りを加えた構成は極めて複雑で、〝どんでん返し職人〟ジ…

「法律事務所」ジョン・グリシャム

グリシャム、デビュー2作目にしての大ベストセラー。リーガル・サスペンスの代表作のひとつに挙げられているが、本作に裁判の場面は一切登場せず、所謂「法廷もの」ではない。物語の序盤は、大学を卒業したての青年弁護士が高額の給与につられて税務専門の法…

「エージェント6」トム・ロブ・スミス

壮大なる実験でもあった理想国家ソ連の闇を照射する傑作シリーズ完結編。三部作其々が喪失と再生を主題にしているが、本作では遂に主人公レオが最愛の人まで失う。絶望と退廃の中で行き場なき怒りが暗流を漂い、復讐と呼ぶにはあまりにもやるせない本懐を遂…

「拳銃を持つヴィーナス」ギャビン・ライアル

不朽の名作「深夜プラス1」によって冒険小説ファンに愛され続けるギャビン・ライアル。だが、寡作でありながらも作品の出来不出来が激しく、本作は残念ながら凡作の方に入る。 拳銃の骨董商を営む主人公がニカラグアの富豪の依頼を受け、著名な芸術家の手に…

「恐怖の限界」ウィリアム・P・マッギヴァーン

名作「明日に賭ける」や一連の悪徳警官もので知られるマッギヴァーン1953年発表のスリラー。イタリア・ローマを舞台に、冷戦下で展開する謀略の渦中へと自ら身を投じていくアメリカ人マーク・レイバーンの闘いを活写する。イタリアでの仕事を終えた建築技師…

「まるで天使のような」マーガレット・ミラー

ミラー1962年発表作。 辺境で自給自足の生活を送り、俗世間との接触を閉ざした新興宗教団体「天国の塔」。私立探偵クインは尼僧の一人から依頼を受け、オゴーマンという名の男の行方を調べるが、5年前の嵐の夜、川に転落したオゴーマンの車が発見され、たま…

「シンプル・プラン」スコット・スミス

スティーヴン・キングが絶賛したこともあり、発表当時はかなり話題となった。ミステリ界の大物らが推薦するものは大抵が眉唾物なのだが、本作については妥当といえる。筋立てはいたってシンプルだが、強欲に溺るままに狂気の淵まで墜ちていく人間のあり様を…

「チャーリー・ヘラーの復讐」ロバート・リテル

スパイ小説「ルウィンターの亡命」で知られるリテルの秀作スリラー。 CIAで暗号解読を専門にするヘラーの婚約者がミュンヘンのアメリカ総領事館を襲ったテロリスト3人によって殺される。ヘラーは上層部に報復を直訴するが不可解にも却下されてしまう。諦め切…

「理由」ジョン・カッツェンバック

冒頭で引用されたアフォリズムが、本作の全てを表している。 「怪物と闘おうとするものは、自身が怪物にならないように用心すべきである。奈落の底を覗くものは、奈落の底から覗かれるのである」フリードリヒ・ニーチェ 「地獄の道に敷きつめられているのは…

「黒いカーテン」ウィリアム・アイリッシュ

アイリッシュ1941年の作品。極めてモダンなスリラーであり、濃密なサスペンスを堪能できる。 会社帰りに崩れ落ちてきた瓦礫を身体に受け、意識不明の状態から回復した男。名は、フランク・タウンゼント。ようやく家へと帰り着くが、今朝、男を見送ったはずの…

「殺す警官」サイモン・カーニック

荒削りながらも筆力があり、サスペンスの盛り上げ方が巧い。いわゆる悪徳警官物だが、正義感に溢れている割には、悪党どもの手のひらで意図も簡単に転がされ、挙句は自らの手で死体の山を築いていくという、ブラックユーモア的な面白さがあった。しかし、よ…

「ラスコの死角」リチャード・N・パタースン

パタースンのデビュー作。ロス・マクドナルドを継ぐと評されたが、これはストイックに事実を追い求める主人公の言動を指してのものだろう。 政府高官も絡めた実業家の悪巧みを暴くプロットは、やや弱いが、社会派ミステリーとしての完成度は高い。 未読のパ…

「鏡の迷路」ウィリアム・ベイヤー

フランク・ジャネック警部補シリーズ第三作。 結末を読む限り、作者は三部作として終わらせたのだろう。魅力的な主人公だけに残念だ。タイトル通り、鏡の迷路が舞台としても、心理的な表現としても重要なモチーフとなっている。 全てが砕け散っていくラスト…

「結婚式の客」デイヴィッド・ウィルツ

なんともシンプルなタイトルだが、内容はストーリー展開の早いB級スリラー。異常な殺し屋スミスが影の主人公で、この男が描きたいばかりに物語を考えたのだろう。翻訳者の後書きが鋭い。 評価 ★★★☆ 結婚式の客 (新潮文庫) 作者: デイヴィッドウィルツ,高見浩…