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海外ミステリ・レビュー

……新旧の海外ミステリを中心に

ハードボイルド/ノワール

「モルグの女」ジョナサン・ラティマー

酔いどれ探偵ビル・クレインをはじめ、一癖も二癖もある登場人物たちの破天荒ぶりが楽しい1936年発表作。ハードボイルドの要素は薄く、スラップスティックすれすれの展開だが、不可解な謎の提示などミステリの仕立てはしっかりとしている。テンポの良い会話…

「ホプキンズの夜」ジェイムズ・エルロイ

空回りした情念によって構成が乱れ、前作「血まみれの月」にあったドス黒い世界観まで打ち壊す明らかな失敗作だ。この後、エルロイは「ブラック・ダリア」という凄まじい傑作を上梓するのだが、デビュー以降の長い模索期に創作したホプキンズ・シリーズは、…

「天国の囚人」ジェイムズ・リー・バーク

アクの強いバークの作品は、はっきりと好き嫌いが分かれるだろう。「文学畑出身者が書いたミステリ」そのもので、時に物語の展開を妨げるほど、自然描写や郷愁にまつわるエピソードが挿入されていく。そもそも文体が異質で、過度に情感を滲ませ、客観的/簡…

「361」ドナルド・E・ウェストレイク

ウェストレイクはデビュー後、立て続けにドライなクライムノベルを書き、ハメットの衣鉢を継ぐ新鋭として期待されていた。本作は1962年発表の三作目で、やさぐれた若者の復讐劇を荒削りながらもシャープな文体で描く。構成は破綻すれすれで、主人公の情動は…

「ドライヴ」ジェイムズ・サリス

デンマーク出身のニコラス・ウィンディング・レフン監督作品「Drive」(2011年)の原作。映画については〝門外〟であり、既に多くの評価がなされているため、私自身が敢えて付け加えることもないのだが、静と動の対比、日常の中で突如噴出する暴力の異常性、…

「長く冷たい秋」サム・リーヴズ

ロバート・B・パーカーが褒めていると知り嫌な予感がしていたのだが、物語に起伏のない凡作だった。「ハメットの初期の作品のように鮮烈で力強い」というパーカー評が、どこをどう読んだ上での感想なのか見当もつかないが、単に長いだけで深みがない。延々と…

「眠れる美女」ロス・マクドナルド

1973年発表リュウ・アーチャーシリーズ第17作。錯綜する謎は終盤に向かうほど乱れ縺れていく。ラストシーンで暗鬱なる真相へと辿り着いたアーチャーは、ひとときの安らぎの中で眠る娘の額に口付ける。美しくも哀しい、心に残る幕引き。ミステリ史に残る傑作…

「愚者が出てくる、城寨が見える」ジャン=パトリック・マンシェット

裏社会の闇で身悶える者どもの情動を切り詰めた文体でクールに描き切るロマン・ノワールの雄マンシェット1972年発表作。マンシェットは推敲を重ねる完全主義者の面もあったらしく、作品数も限られている。単に冗長なだけの小説にはない張り詰めた緊張感がみ…

「裁くのは俺だ」ミッキー・スピレイン

1947年発表、ミッキー・スピレインの処女作にして、以降ハードボイルド談議の場では必ず遡上に載せられることとなる、或る意味記念碑的問題作。一読後、妙に感心したのはスピレインが必死になって謎解きを押さえたミステリを創作しようと苦心していることだ…

「血の極点」ジェイムズ・トンプソン

圧倒的な疾走感で冒頭の1行から息つく暇もない。全てが突き抜けている。本作は第3作「白の迷路」の後日譚であり、限界まで追い詰められた男が己の家族と仲間を守るために私的な闘いをひたすら繰り広げるだけの話だ。凄まじい勢いで燃焼する男の情動を濃密…

「ドライ・ボーンズ」トム・ボウマン

私立探偵をヒーローに据えたハードボイルド小説が減ってきている。或いは「売れない」ためなのか翻訳されない。本作の解説で、評論家・霜月蒼が言及している通り、生業ばかりでなく、その舞台も都市部から地方都市へ、さらには厳しい環境の辺境の地へと移っ…

「凍りつく心臓」ウィリアム・K・クルーガー

元保安官コーク・オコナーを主人公とする1998年発表の第1作。実に十数年を費やして上梓した処女作というだけあって、クルーガーの創作に懸ける意気込みが伝わる力作だ。しかし、三人称一視点ではなく、場面によって他の登場人物へと描写が流れるため、ハー…

「サマータイム・ブルース」サラ・パレツキー

スー・グラフトンのキンジー・ミルホーンシリーズとともに〝女〟私立探偵小説に一時代を築いたパレツキーのV.I.ウォーショースキーの登場は、当時かなり刺激的で話題になった。当然それまでにも女性探偵がいないわけではなかったが、真っ正面からハードボ…

「赤毛のストレーガ」アンドリュー・ヴァクス

〝アウトロー探偵〟バークシリーズ第2弾で、この後上梓した「ブルー・ベル」が日本でも大きな反響を呼んだ。幼児虐待をテーマに暗黒街の〝必殺仕事人〟らが活躍するという設定は斬新で、特に第1作「フラッド」は躍動感に溢れていた。特異な世界観で新たな…

「拳銃猿」ヴィクター・ギシュラー

スピード感に溢れるクライム・ノベル。ギャング組織の殺し屋集団に所属する男が抗争に巻き込まれ、ボスや仲間を守るために孤軍奮闘する。オフビートな展開でテンポ良く読ませるのだが、勢いのまま突っ走るため構成は荒い。その大味なところが本作の魅力でも…

「トラブルはわが影法師」ロス・マクドナルド

ロス・マクドナルド1946年発表の第2作。リュウ・アーチャー初登場の「動く標的」までの初期4作は、いわば習作的な扱いを受けて注目されることも少ないが、当然ロス・マクファンとしては無視することはできない。本作は、いわゆる〝巻き込まれ型〟スパイ小…

「ザ・カルテル」ドン・ウィンズロウ

本を持つ手が真っ赤に染まっていく錯覚に陥るほどの膨大な量の血が流れる。延々と繰り返される殺戮と虐殺。ウィンズロウは、いつ、どこで、誰が何人殺されたと丹念に書く。死者を積み重ね、カウントする。なぜ省くことなく、記録するのか。不毛の大地。対抗…

「別れのキス」ジョン・ラッツ

1988年発表の私立探偵フレッド・カーヴァーシリーズ第三作、PWA最優秀長編賞受賞。カーヴァーは元警官で、足に銃弾を受けたのち、常に杖が手放せない障害者となっている。いわゆる〝ネオハードボイルド〟では、さまざまな障害やトラウマを持つ主人公が登場し…

「Mr.クイン」シェイマス・スミス

第ニ作「わが名はレッド」もかなり強烈な内容だったが、シェイマスのデビュー作は過激さにおいて飛び抜けている。犯罪プランナーという一応の肩書が付いてはいるが、無辜のターゲットに対する主人公クインの非道ぶりは異常者と大差無く、己の悪魔的頭脳を駆…

「影たちの叫び」エド・ゴーマン

私立探偵ジャック・ドゥワイアを主人公とする1990年発表作。このシリーズは本作のみ翻訳されており、ゴーマンの他の作品も僅かな紹介しかなされていない。アメリカ社会の底辺に生きるホームレスが絡む犯罪を描くプロットは、シンプルで地味な印象。だが、凍…

「フランキー・マシーンの冬」ドン・ウィンズロウ

畢生の大作「犬の力」の後に上梓された本作は、イタリアン・マフィアの熾烈な血の抗争を主題に、またしても分厚い物語を構築している。凄まじい緊張感を強いる「…力」に比べ、ウィンズロウの本質により近いファルスのムードが前面に出ており、多少の粗はある…

「裏切りの街」ポール・ケイン

1933年発表のポール・ケイン唯一の長編。ハードボイルドの隠れた名作であり、古典であるばかりでなく、犯罪小説としてもノワールの先駆としても重要な作品である。冷徹でタフな主人公の格好良さ、複数の犯罪組織と腐敗した市政を内部からぶち壊していく骨太…

「白の迷路」ジェイムズ・トンプソン

ジェイムズ・トンプソンの地鳴りのような怒りに打ち震える2012年発表のカリ・ヴァーラシリーズ第三作。ノワールという小説の枠を突き破り、フィンランド黒書ともいうべき苛烈な批判の書として、更なる深化を遂げている。 「物語の先に」と題されたトンプソン…

「ブラック・ハート」マイクル・コナリー

ハリー・ボッシュシリーズ第3作。前作までの荒々しさが消え、プロットはより練り込まれ、洗練されている。三人称でありながら主人公に視点をしっかりと据え、その行動を通してしか物語が進行しない。このシリーズがハードボイルドたる所以の一つであり、ミ…

「友よ、戦いの果てに」ジェイムズ・クラムリー

唖然とするほどの駄作である。 クラムリーの「不幸」とは、初期作品で過分な評価を受け、一気に神格化されてしまったことにある。ハードボイルド小説としては異端のはずのクラムリーが正統派として売り出されるほどに、出版界はチャンドラーの後継者探しに躍…

「致命傷」スティーヴン・グリーンリーフ

1979年発表の私立探偵ジョン・マーシャル・タナーシリーズ第1作。実直で正義感に溢れる男のストレートなハードボイルドとして、安定した実力と高い人気を誇る。初登場となる本作では、消費者運動の指導者としてヒーローとなったローランドの家族を巡る20年越…

「ストレートタイム」エドワード・バンカー

元犯罪者バンカーが服役中に執筆し、出版後は高い評価を得たという曰くつきのクライムノベル。 自らの過去を基にしていることもあり、仮釈放から再び犯罪に手を染めるまでをリアリティ溢れる展開で読ませるが、やや気負い過ぎてテンポが失われているのが残念…

「わが名はレッド」シェイマス・スミス

何とも陰惨なストーリーだ。主人公レッド・ドックはアイルランドの孤児院で育つが、過酷な状況下で双子のショーンは死亡。レッドは二人を無残にも見捨て陥れた者たちに対して報復を誓う。やがて犯罪組織のブレーンにまで上り詰めていくレッド。その間にも着…

「死体置場で会おう」ロス・マクドナルド

1953年発表の第9作。執行猶予中の犯罪者を監督する地方監察官ハワード・クロスを主人公とする。前に「象牙色の嘲笑」、後に「犠牲者は誰だ」とアーチャーシリーズに挟まれたこの作品は、ロス・マクが今後の方向性を模索していた時期にあたる。クロスは体制側…

「デコイの男」リチャード・ホイト

シアトルの私立探偵ジョン・デンスンシリーズ第1作。発表は1980年で、出版された当時は、オフビートな展開のハードボイルドとして話題になった。 テンポの早い軽快なスタイルで読ませるが、文章に味がないのが痛い。主人公を含めた登場人物らが様々な状況の…

「眠りなき狙撃者」ジャン=パトリック・マンシェット

ロマン・ノワールの神髄に触れることができるマンシェット1981年発表の遺作。最後の仕事を終え、引退を決意した殺し屋を阻む闇の組織との無情なる闘い。徹底した客観描写で情景を描き切る真にハードボイルドな文体を、フランス文学者・中条省平の気合いの入…

「スティック」エルモア・レナード

レナードが爆発的人気を博す直前の1983発表作。綿密なプロットよりも、イキのいい会話を主体に小悪党どもを筆の赴くままに描いており、小気味よい作風が本作ではより強められた感じだ。麻薬と金を巡る登場人物らの言動は極めて不真面目でいい加減なのだが、…

「ボビーZの気怠く優雅な人生」ドン・ウィンズロウ

不覚にもラストシーン数行は涙で翳んでいた。物語作家としてのウィンズロウの底知れぬ才能に平伏し、惚れ直す。テイストはクライム・ノベルだが、苦いユーモアを交えた先の読めない奇抜なプロット、ロードムービー的な展開の中で繰り広げられる臨場感溢れる…

「狼を庇う羊飼い」ベンジャミン・シュルツ

ワシントンDCの私立探偵レオ・ハガティーを主人公とする第一作、1985年。幼い双子を誘拐されたソーンダーズ家のもとに、犯人から5年ぶりに電話があり、逆探知の情報を掴んだ父親は警察を頼らず単独で手掛かりを追っていく。情緒不安定の夫を心配した妻が、…

「凍氷」ジェイムズ・トンプソン

カリ・ヴァーラシリーズ第2作。無残な人間の業がもたらす犯罪の顛末を陰影のあるノワールタッチで描いた前作に続き、本作も発端から結末までダークなトーンで包まれており、息苦しくなるような緊張感に包まれている。物語は、ロシア人実業家の妻が拷問の果…

「ごみ溜めの犬」ロバート・キャンベル

シカゴの「民主党27区」地区班長ジミー・フラナリーを主人公とするシリーズ第一作。変わった設定ではあるが、党の宣伝を兼ねつつ市井の人々に触れ、相談事に乗り、時に問題を解決していくという役割は、報酬を求めない変種のトラブルシューターといったとこ…

「沈黙のセールスマン」マイクル・Z・リューイン

インディアナポリスの〝貧乏〟私立探偵アルバート・サムスンを主人公とする第4作、1978年発表作。「知性派の探偵」として日本でも高い人気を誇ったシリーズで、本作はその代表作とされている。 ある製薬会社の事故で重傷を負った男が、会社管理下の病棟に収…

「ハメット」ジョー・ゴアズ

当然だが、ダシール・ハメットをメルクマールとするハードボイルド作家は多い。ハメットと同じく探偵から小説家へと転身したゴアズの思い入れも相当で、伝説の男を主人公とするミステリを完成させた。発表当時は大いに話題になり、映画化もされている。実在…

「L.A.で蝶が死ぬ時」ロバート・キャンベル

ロサンジェルスの私立探偵ホイスラーを主人公とする三部作の第1作。ハードボイルドの定式におさまらないオフビートの魅力に溢れた作品で、ハリウッドの最下層、女優の卵や未成年者を食い物にする裏社会の無惨な暴力の実態を描き出す。 事務所を持たないホイ…

「凶悪の浜」ロス・マクドナルド

1956年発表、リュー・アーチャーシリーズ第六作。次作に「運命」を控えた過渡期の作品で、書評などで取り上げられることもない作品だが、前進し続けたロス・マクドナルドが力を緩める筈はなく、徹底的に練り上げたプロットと、深味を増した人物描写、さらに…

「マイ・スイートハート、マイ・ハニー」アンドルー・コバーン

ボストン・マフィアの大物ガーデラの両親がチンピラに惨殺される。その事件を利用してマフィア壊滅を画策するFBIは、囮捜査官(暗号名〝スイートハート〟)を接触させて警察の内部情報を洩らし、ガーデラに復讐を遂げさせる。〝スイートハート〟は、州警の現…

「ハード・トレード」アーサー・ライアンズ

ロサンゼルスの私立探偵ジェイコブ・アッシュシリーズ、1981年発表作。70年代から多様化したハードボイルド小説の中で、登場人物や筋立てなどで奇をてらうこともなく、極めてシンプルな仕上がり。アッシュの私生活は最低限度におさめ、腐敗した政治家や強欲…

「その女アレックス」ピエール・ルメートル

暗黒小説の真髄を見せ付ける大傑作。席巻する北欧ミステリは確かに優秀な作品は多いのだが、フランス・ノワールの伝統を継ぎつつ極めて現代的なアプローチを試みた本作を前にしては翳んでしまう。骨格は極限的な状況におかれた一人の女の謎を解き明かす警察…

「灰色の栄光」ジョン・エヴァンス

ストレートなハードボイルドが楽しめる佳作。発表は1957年。ハメットやチャンドラーの影響が色濃く残っていた時代で、ストイックでタフな男が卑しい街で謎に満ちた犯罪を暴いていく。主人公はシカゴの私立探偵ポール・パインで、所謂「栄光シリーズ」4部作の…

「極夜〈カーモス〉」ジェイムズ・トンプソン

49歳の若さで急逝したジェイムズ・トンプソンのカリ・ヴァーラ警部シリーズ第1作。時にオーロラが出現するフィンランド最北部の田舎町を舞台に、ヴァーラの近親者らをも巻き込んだ陰惨な連続殺人事件の顛末を描く。 タイトルにもなっている極夜〈カーモス〉…

「聞いてないとは言わせない」ジェイムズ・リーズナー

世評は高いようだが、どこといって魅力を感じなかった犯罪小説。とはいえ、テンポ良く最後まで一気に読ませてしまうのだから、筆力は確かにあるのだろう。 謎に満ちた若い男が、人里を離れて身を隠すように農業を営む40代の女を訪ねる。数週間、仕事を手伝う…

「野獣の街」エルモア・レナード

レナード1980発表の作品。デトロイト警察の警部補レイモンド・クルースを主人公に、法の穴をかいくぐり殺人を重ねる悪党クレメント・マンセルとの対決を描く。クルースをはじめ、活きのいい刑事群像が本書の最大の魅力で、数か月にわたり同警察を取材したと…

「ミス・クォンの蓮華」ジェイムズ・ハドリー・チェイス

クライムノベルの雄、ハドリー・チェイス 1960年発表の作品。 舞台は、ゴ・ジン・ジェム政権下のベトナム・サイゴン。所謂「ベトコン」が本格的なゲリラ活動を始めた時期で、当時の不安定な状況が物語に巧く活かされている。 本筋は、或る将軍が隠し持ってい…

「悪どいやつら」アンソニー・ブルーノ

FBIの〝はみだし捜査官〟マイク・トッツイとバート・ギボンズの活躍をハードボイルド・タッチで描いた傑作。 マフィア組織に潜入した囮捜査官3人の正体が、内通者によって暴かれ惨殺される。悪玉なら殺しも厭わない猪突猛進型のトッツイは、FBI内に潜む裏切…

「墓場への切符」ローレンス・ブロック

「人生を考える者には喜劇であり、感じる者には悲劇である、と誰かが言うのを聞いたことがある。私には人生は喜劇であると同時に悲劇であるように思われた。考えることも中途半端な者にとっては」 現代ニューヨークを舞台に無免許探偵マット・スカダーが奔走…