海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

ハードボイルド/ノワール

「わが名はレッド」シェイマス・スミス

何とも陰惨なストーリーだ。主人公レッド・ドックはアイルランドの孤児院で育つが、過酷な状況下で双子のショーンは死亡。レッドは二人を無残にも見捨て陥れた者たちに対して報復を誓う。やがて犯罪組織のブレーンにまで上り詰めていくレッド。その間にも着…

「死体置場で会おう」ロス・マクドナルド

1953年発表の第9作。執行猶予中の犯罪者を監督する地方監察官ハワード・クロスを主人公とする。前に「象牙色の嘲笑」、後に「犠牲者は誰だ」とアーチャーシリーズに挟まれたこの作品は、ロス・マクが今後の方向性を模索していた時期にあたる。クロスは体制側…

「デコイの男」リチャード・ホイト

シアトルの私立探偵ジョン・デンスンシリーズ第1作。発表は1980年で、出版された当時は、オフビートな展開のハードボイルドとして話題になった。 テンポの早い軽快なスタイルで読ませるが、文章に味がないのが痛い。主人公を含めた登場人物らが様々な状況の…

「眠りなき狙撃者」ジャン=パトリック・マンシェット

ロマン・ノワールの神髄に触れることができるマンシェット1981年発表の遺作。最後の仕事を終え、引退を決意した殺し屋を阻む闇の組織との無情なる闘い。徹底した客観描写で情景を描き切る真にハードボイルドな文体を、フランス文学者・中条省平の気合いの入…

「スティック」エルモア・レナード

レナードが爆発的人気を博す直前の1983発表作。綿密なプロットよりも、イキのいい会話を主体に小悪党どもを筆の赴くままに描いており、小気味よい作風が本作ではより強められた感じだ。麻薬と金を巡る登場人物らの言動は極めて不真面目でいい加減なのだが、…

「ボビーZの気怠く優雅な人生」ドン・ウィンズロウ

不覚にもラストシーン数行は涙で翳んでいた。物語作家としてのウィンズロウの底知れぬ才能に平伏し、惚れ直す。テイストはクライム・ノベルだが、苦いユーモアを交えた先の読めない奇抜なプロット、ロードムービー的な展開の中で繰り広げられる臨場感溢れる…

「狼を庇う羊飼い」ベンジャミン・シュルツ

ワシントンDCの私立探偵レオ・ハガティーを主人公とする第一作、1985年。幼い双子を誘拐されたソーンダーズ家のもとに、犯人から5年ぶりに電話があり、逆探知の情報を掴んだ父親は警察を頼らず単独で手掛かりを追っていく。情緒不安定の夫を心配した妻が、…

「凍氷」ジェイムズ・トンプソン

カリ・ヴァーラシリーズ第2作。無残な人間の業がもたらす犯罪の顛末を陰影のあるノワールタッチで描いた前作に続き、本作も発端から結末までダークなトーンで包まれており、息苦しくなるような緊張感に包まれている。物語は、ロシア人実業家の妻が拷問の果…

「ごみ溜めの犬」ロバート・キャンベル

シカゴの「民主党27区」地区班長ジミー・フラナリーを主人公とするシリーズ第一作。変わった設定ではあるが、党の宣伝を兼ねつつ市井の人々に触れ、相談事に乗り、時に問題を解決していくという役割は、報酬を求めない変種のトラブルシューターといったとこ…

「沈黙のセールスマン」マイクル・Z・リューイン

インディアナポリスの〝貧乏〟私立探偵アルバート・サムスンを主人公とする第4作、1978年発表作。「知性派の探偵」として日本でも高い人気を誇ったシリーズで、本作はその代表作とされている。 ある製薬会社の事故で重傷を負った男が、会社管理下の病棟に収…

「ハメット」ジョー・ゴアズ

当然だが、ダシール・ハメットをメルクマールとするハードボイルド作家は多い。ハメットと同じく探偵から小説家へと転身したゴアズの思い入れも相当で、伝説の男を主人公とするミステリを完成させた。発表当時は大いに話題になり、映画化もされている。実在…

「L.A.で蝶が死ぬ時」ロバート・キャンベル

ロサンジェルスの私立探偵ホイスラーを主人公とする三部作の第1作。ハードボイルドの定式におさまらないオフビートの魅力に溢れた作品で、ハリウッドの最下層、女優の卵や未成年者を食い物にする裏社会の無惨な暴力の実態を描き出す。 事務所を持たないホイ…

「凶悪の浜」ロス・マクドナルド

1956年発表、リュー・アーチャーシリーズ第六作。次作に「運命」を控えた過渡期の作品で、書評などで取り上げられることもない作品だが、前進し続けたロス・マクドナルドが力を緩める筈はなく、徹底的に練り上げたプロットと、深味を増した人物描写、さらに…

「マイ・スイートハート、マイ・ハニー」アンドルー・コバーン

ボストン・マフィアの大物ガーデラの両親がチンピラに惨殺される。その事件を利用してマフィア壊滅を画策するFBIは、囮捜査官(暗号名〝スイートハート〟)を接触させて警察の内部情報を洩らし、ガーデラに復讐を遂げさせる。〝スイートハート〟は、州警の現…

「ハード・トレード」アーサー・ライアンズ

ロサンゼルスの私立探偵ジェイコブ・アッシュシリーズ、1981年発表作。70年代から多様化したハードボイルド小説の中で、登場人物や筋立てなどで奇をてらうこともなく、極めてシンプルな仕上がり。アッシュの私生活は最低限度におさめ、腐敗した政治家や強欲…

「その女アレックス」ピエール・ルメートル

暗黒小説の真髄を見せ付ける大傑作。席巻する北欧ミステリは確かに優秀な作品は多いのだが、フランス・ノワールの伝統を継ぎつつ極めて現代的なアプローチを試みた本作を前にしては翳んでしまう。骨格は極限的な状況におかれた一人の女の謎を解き明かす警察…

「灰色の栄光」ジョン・エヴァンス

ストレートなハードボイルドが楽しめる佳作。発表は1957年。ハメットやチャンドラーの影響が色濃く残っていた時代で、ストイックでタフな男が卑しい街で謎に満ちた犯罪を暴いていく。主人公はシカゴの私立探偵ポール・パインで、所謂「栄光シリーズ」4部作の…

「極夜〈カーモス〉」ジェイムズ・トンプソン

49歳の若さで急逝したジェイムズ・トンプソンのカリ・ヴァーラ警部シリーズ第1作。時にオーロラが出現するフィンランド最北部の田舎町を舞台に、ヴァーラの近親者らをも巻き込んだ陰惨な連続殺人事件の顛末を描く。 タイトルにもなっている極夜〈カーモス〉…

「聞いてないとは言わせない」ジェイムズ・リーズナー

世評は高いようだが、どこといって魅力を感じなかった犯罪小説。とはいえ、テンポ良く最後まで一気に読ませてしまうのだから、筆力は確かにあるのだろう。 謎に満ちた若い男が、人里を離れて身を隠すように農業を営む40代の女を訪ねる。数週間、仕事を手伝う…

「野獣の街」エルモア・レナード

レナード1980発表の作品。デトロイト警察の警部補レイモンド・クルースを主人公に、法の穴をかいくぐり殺人を重ねる悪党クレメント・マンセルとの対決を描く。クルースをはじめ、活きのいい刑事群像が本書の最大の魅力で、数か月にわたり同警察を取材したと…

「ミス・クォンの蓮華」ジェイムズ・ハドリー・チェイス

クライムノベルの雄、ハドリー・チェイス 1960年発表の作品。 舞台は、ゴ・ジン・ジェム政権下のベトナム・サイゴン。所謂「ベトコン」が本格的なゲリラ活動を始めた時期で、当時の不安定な状況が物語に巧く活かされている。 本筋は、或る将軍が隠し持ってい…

「悪どいやつら」アンソニー・ブルーノ

FBIの〝はみだし捜査官〟マイク・トッツイとバート・ギボンズの活躍をハードボイルド・タッチで描いた傑作。 マフィア組織に潜入した囮捜査官3人の正体が、内通者によって暴かれ惨殺される。悪玉なら殺しも厭わない猪突猛進型のトッツイは、FBI内に潜む裏切…

「墓場への切符」ローレンス・ブロック

「人生を考える者には喜劇であり、感じる者には悲劇である、と誰かが言うのを聞いたことがある。私には人生は喜劇であると同時に悲劇であるように思われた。考えることも中途半端な者にとっては」 現代ニューヨークを舞台に無免許探偵マット・スカダーが奔走…

「闇よ、我が手を取りたまえ」デニス・レヘイン

探偵パトリック&アンジーシリーズ第2作。 解説ではチャンドラーを継ぐハードボイルドの新鋭として捉えらていたらしいが、本作を読む限り作者にその意図は無いようだ。より現代的なスタイル、熱い語り口、事件を通して微妙な恋愛感情に揺れ動く二人。 主人公…

「犬の力」ドン・ウィンズロウ

ドン・ウィンズロウ渾身の大作。 麻薬戦争と名付けられた余りにも愚かで残虐な血の抗争の記録。過去を語りながらも、常に現在進行形の文体で進み、否が応でも鋭い緊張感を読者に強いる。マフィアの復讐劇、大国と弱小国家の茶番的謀略、虐げられる民衆の悲劇…

「はいつくばって慈悲を乞え」ロジャー・スミス

最近の翻訳ものとしてはタイトルと装丁が秀逸。 内容はもっと凄い。出だしからノワールの雰囲気全開で、南アフリカのケープタウンという馴染みのない街を舞台に、屈指した犯罪者たちの狂宴が繰り広げられる。 無慈悲な暴力の描写は執拗でサディスティック。…

「ブラック・アイス」マイクル・コナリー

デビュー作を読んだのは、もう随分前だ。 三人称でありながらも、常に主人公の行動を追い、彼の視点で描写するため、読んでいる最中でも、一人称のストーリーと錯覚する。 作者は、ヒーローの孤独をより際立たせるために、内面描写を出来るだけ避けるスタイ…

「ひきがえるの夜」マイクル・コリンズ

隻腕の私立探偵ダン・フォーチューンは孤独だ。ロス・マクのリュー・アーチャーも孤独な探偵だが、既に己自身をも達観する境地にいるアーチャーは孤独であることも、またひとつの誇りであるかのように行動する。だが、フォーチューンの孤独っぷりは、なんと…

「殺しあい」ドナルド・E・ウェストレイク

殺しあいが展開されるのは終盤の僅か二章のみ。しかし、これが凄まじい。凡庸なミステリーが一気にハードな活劇へと昇華する。ラスト三行の余韻も素晴らしい。 埋もれたままにしておくには勿体無いウエストレイクの傑作ノワール。 評価 ★★★★★ 殺しあい (1977…

「少年の荒野」ジェレマイア・ヒーリイ

地味なハードボイルドだが、真摯に謎を追う探偵の姿勢に好感が持てる。亡くした妻の墓参りのシーンが印象的。 評価 ★★★ 少年の荒野―私立探偵ジョン・カディ (ハヤカワ ポケット ミステリ) 作者: ジェレマイアヒーリイ,中川剛 出版社/メーカー: 早川書房 発売…