海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

ハードボイルド/ノワール

「おとしまえをつけろ」ジョゼ・ジョバンニ

フレンチ・ノワール隆盛期、闇社会に生きる男たちをスラングまみれの荒々しい筆致で描いた1958年発表作。無骨ながらも屈折したロマンを感じさせる作風がジョバンニの特徴なのだが、全編に満ちる男臭くギラギラとした世界観は独特なため、読み手との相性次第…

「砕かれた夜」フィリップ・カー

私立探偵ベルンハルト・グンターを主人公とする1990年発表の第2弾。権力を掌握したナチス・ドイツが侵略戦争に邁進した時代、その真っ只中のベルリンを舞台とするハードボイルド小説史上、極めて異色のシリーズだ。緊迫した情況をリアリティ豊かに組み込ん…

「殺人保険」ジェームズ・ケイン

ケインは自作について「共通するのは、欲望を満足させる〈愛の棚〉に身をのせた愛人たちのラヴ・ストーリーだ」と述べたという。甘美な表現に過ぎるようにも思えるのだが、恐らくレッテル付けを嫌ったケインならではの受け流し/はぐらかしなのだろう。1943…

「ザ・ボーダー」ドン・ウィンズロウ

麻薬戦争の実態を抉り出し、巨大カルテルに立ち向かう男の熾烈な闘いを熱い筆致で活写/記録した現代の犯罪小説/ノワールの極北「犬の力」(2005)、「ザ・カルテル」(2015)。この続編が発表されたと知った時は、かなり驚いた。凄まじいカタルシスを得て物語…

「フィッツジェラルドをめざした男」デイヴィッド・ハンドラー

ゴーストライターのスチュワート・ホーグシリーズ、1991年発表の第3弾。今回の依頼は、フィッツジェラルドの再来と謳われた新進気鋭の小説家キャメロン・ノイアスの回想録。大学時代に執筆した処女作が大きな反響を呼び、華々しいデビューを果たすものの、…

「ただでは乗れない」ラリー・バインハート

1986年発表、ニューヨークの私立探偵トニイ・カッセーラシリーズ第1弾。イタリア系の元警官で、ジャンキーだった過去を持つ。企業買収によって成り上がった男の顧問弁護士殺害の真相を追うというストーリーだが、構成がすっきりとせず、数多い登場人物も整…

「東の果て、夜へ」ビル・ビバリー

2016年発表作。内外で高い評価を得ており、犯罪小説/ロードノベル/少年の成長物語と、様々な読み方ができる作品だ。全編を覆う青灰色のトーン、凍てついた冬を背景とする寂寞とした空気感。筆致はシャープで映像的。主人公の心の揺れを表象する内省的な情…

「パルプ」チャールズ・ブコウスキー

1994年発表、無頼派と呼ばれたブコウスキーの遺作。米国で1920~50年代に流通した安価な大衆雑誌「パルプ・マガジン」へのオマージュであり、台詞やシーンは過剰なまでの〝安っぽさ〟で貫いている。テイストはハードボイルドだが、登場人物もストーリーもま…

「探偵の帰郷」スティーヴン・グリーンリーフ

1983年発表、私立探偵ジョン・マーシャル・タナーシリーズ第4弾。デビュー以来〝正統派ハードボイルド〟の継承者として安定した評価を得ていたグリーンリーフは、本作によって固定化したイメージからの脱却を図っている。といっても、60年代後半から70年代…

「手負いの狩人」ウェンデル・マコール

リドリー・ピアスンが別名義で上梓した1988年発表作で、ジョン・D・マクドナルド/マッギーシリーズへのオマージュを捧げている。テイストはハードボイルド、一人称の文体はシャープだが、やや饒舌な印象。プロットよりも主人公の生き方、人々との関わり方…

「悪党パーカー/襲撃」リチャード・スターク

1964年発表、シリーズ第5作。感傷とは無縁の犯罪小説であり、プロフェッショナルの仕事ぶりを、どこまでもドライに活写するスタークのスタイルは一貫している。 舞台は、北ダコタ州コパー・キャニオン。三方を崖に囲まれ、一本の道路と鉄道のみで通じる閉ざ…

「死せるものすべてに」ジョン・コナリー

アイルランド出身の作家を読む機会が増えている。国柄なのか、全編にみなぎるボルテージの高さや、荒々しく分厚い筆致、破綻すれすれまで暴走する疾走感など、共通する部分も多い。個人的には素っ気ないスタイルよりも好みなのだが、必ずしも完成度に結び付…

「ラム・パンチ」エルモア・レナード

1992年発表作。恐らく、作者の名を伏せて断片を読んだとしても、「これはエルモア・レナード」と分かるだろう。現代アメリカの〝自由〟を謳歌するが如く、社会の底辺にしっかりと根を張り、小狡い知恵を働かせて闊歩する小悪党らの生彩。生きの良い会話を主…

「象牙色の嘲笑」ロス・マクドナルド 【名作探訪】

1952年発表、シリーズ第4作。新訳を機に再読したが、リュウ・アーチャーの精悍さに驚く。無駄無く引き締まったプロット、簡潔且つドライな行動描写、シニカルでありながら本質を突くインテリジェンス、人間の業を生々しく捉える醒めた視点、抑制の効いた活…

「ロンドン・ブールヴァード」ケン・ブルーエン

アイルランド人作家ブルーエンが、影響を受けた犯罪小説家らに捧げるオマージュ。一人称による切り詰めた文体、テンポ良く場景を切り替えていく映像的な手法で、シニカルでダークな世界を構築している。頽廃と昂揚、無情と熱情を対比させつつ、ノワールのエ…

「レイドロウの怒り」ウィリアム・マッキルヴァニー

1983年発表、グラスゴウ警察犯罪捜査課警部ジャック・レイドロウを主人公とする第2弾。前作「夜を深く葬れ」よりも更に硬質で濃密な文体となり、一文一文を読み飛ばすことが出来ない。一読しただけでは、重層的な修辞まで読み取ることは不可能だと感じた。…

「アメリカン・タブロイド」ジェイムズ・エルロイ

1995年発表、「アンダーワールドUSA」三部作の第一弾。アメリカ現代史の闇をエルロイ独自の史観と切り口で描いた野心作だが、拡げた大風呂敷の上に混沌の種子を散乱させたまま強引に物語を閉じているため、結局は収拾がつかずに投げ出した感がある。本作…

「フーリガン」ウィリアム・ディール

ハメットへのオマージュとして作者自身が位置付けている1984年発表作。ベースは「赤い収穫」だが、単純な焼き直しではなく、全体的な趣きは随分と異なる。恐らく、停滞したハードボイルドへのディールなりのアプローチなのだろう。主人公は、FBI特別捜査…

「重力が衰えるとき」ジョージ・アレック・エフィンジャー

1987年発表、ハードボイルドのテイストを大胆に組み込んだ近未来SFで、飜訳された当時はミステリファンの間でも大いに話題となった。チャンドラー「簡単な殺人法」の一節を冒頭に置き、大真面目にオマージュを捧げている。 世界の政略図が書き換えられ、よ…

「最高の銀行強盗のための47ヶ条 」トロイ・クック

軽快なタッチの疾走感を楽しむクライムノベル。レビューとしては以上で事足りる。器用だが深みに欠けるため、読後に何も残らない。個性的な小悪党らを多数配置し、適度なユーモアを交えたエピソードは多彩だが、コメディにしろ、シリアスにしろ、物語へと惹…

「制裁」アンデシュ・ルースルンド、ベリエ・ヘルストレム

北欧の新進作家として高い評価を得ているルースルンドとヘルストレム合作による2004年発表のクライムノベル。暴走する群衆心理の怖さを主題とし、息苦しく虚無的な展開で読後感は重い。 4年前に二人の少女を強姦/惨殺した凶悪犯が護送中に脱走、その足で幼…

「九回裏の栄光」ドメニック・スタンズベリー

1987年発表作。都市再開発を巡る政治家・企業家の腐敗/犯罪を描いたノワールタッチの骨太な犯罪小説。タイトルからイメージする野球を軸にしたスポーツ・ミステリではない。舞台は、米国地方都市ホリオーク。フリーの記者ロフトンは、マイナーリーグ所属の…

「濃紺のさよなら」ジョン・D・マクドナルド

音楽界で「ミュージシャンズ・ミュージシャン」という言葉がある。同業者に少なからずの影響を与えて尊敬を集めているが、必ずしも一般の人気とは一致せず、どちらかというとマイナーな存在。要は大衆的ではないが、玄人受けするクリエイターのことだ。容易…

「殺しの挽歌」ジャン=パトリック・マンシェット

マンシェット1976年発表作。情感を排し客観描写に徹した筆致は乾いているが、殺伐とした寂寞感の中でさえ叙情が滲み出ている。文体でいえば、ハメットを継承しているのは、本家アメリカではなくフランスの作家たちだろう。新しい文学の潮流として捉えたハー…

「トランク・ミュージック」マイクル・コナリー

1997年発表ハリー・ボッシュシリーズ第5弾。デビュー作以降は、己の過去と対峙し、そのトラウマを清算/払拭するための私闘を主軸としていた。母親の死を扱った前作「ラスト・コヨーテ」でそれも一段落つき、本作からは、殺人課刑事として犯罪者を追い詰め…

「パラダイス・マンと女たち」ジェローム・チャーリン

〝嫉妬する〟殺し屋を主人公にした風変わりな犯罪小説。幕開けのムードは良いものの、プロットはぎこちなく、中途で破綻している。謎解きの要素は皆無、ノワール色も薄い。 舞台はニューヨーク。物語は、その裏社会で繰り広げられる抗争を軸とする。キューバ…

「その男キリイ」ドナルド・E・ウェストレイク

「やとわれた男」で鮮烈なデビューを飾ったウェストレイクは、「殺しあい」「361」と、シリアスなクライムノベルを上梓していたが、第4作以降はジャンルにこだわらず書いたようだ。1963年発表の本作は、人生経験に乏しい若い男が数多の体験を経て処世術…

「死者との誓い」ローレンス・ブロック

1993年発表のマット・スカダー・シリーズ第11作。これまでの重苦しい焦燥/無常感は薄まり、全体のムードはさらに明るくなっている。だが、読後に違和感しか残らなかったのは、初期作品では顕著だった詩情が失われていたためだろう。老成したとはいえ筆致は…

「二日酔いのバラード」ウォーレン・マーフィー

保険調査員トレース・シリーズ第1弾で、1983年発表作。続編もコンスタントに飜訳されており、それなりに人気があったようだ。だが、軽ハードボイルドとして読んだ中では、最も薄味で読み終えて何も残らない。プロットも瞬時に記憶から消えていた。酒飲みで…

「死角」ビル・プロンジーニ

1980年発表、私立探偵〝名無しのオプ〟シリーズ第6弾。初登場時は、狂的なパルプ・マガジン蒐集家にして、肺癌の恐怖に怯えるヘビースモーカーという設定で、ネオ・ハードボイルドの一角を占めていたが、前作「暴発」で煙草をきっぱりとやめており、探偵自…