海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

ホラー/幻想

「縮みゆく男」リチャード・マシスン

スコット・ケアリーは、毎日7分の1インチ(約3.6ミリ)ずつ縮んでいた。既に害虫よりも小さくなり、自宅地下室で先の見えない日々を送っている。自らの試算では、あと6日で〝消滅〟する。半ば諦めの境地にいながらも、本能は生き続けようともがいた。目下…

「殺戮のチェスゲーム」ダン・シモンズ

他人の意識と行動を操る異能者〈マインド・ヴァンパイア〉。その起源は不明だが、古来から極少数の者が生まれながらに特殊能力を備えていた。様々な仕事に就いて表向きの顔を持つ彼らは世界中に散らばり、時代の変化に順応しつつ生きながらえていた。容姿は…

「悪を呼ぶ少年」トマス・トライオン

決してホラー小説を多く読んできた訳ではないが、文字通り恐怖感を覚えた作品は少ない。「悪魔の収穫祭」(1973)はその稀な作品のひとつで、ポーやラヴクラフトらの古典に通じる根源的恐怖を現代へと鮮やかに甦らせていた。トライオンは42歳で俳優を引退し…

「霧/ミスト」スティーヴン・キング

1980年発表作、キングの中編としては最も読まれている作品かもしれない。語り手は、デヴィッド・ドレイトン。物語は彼が残した手記というスタイルで展開する。 舞台は米国メイン州西部。激しい嵐が過ぎ去った翌朝、束の間の静寂を経て地区一帯を覆い尽くした…

「ウェットワーク」フィリップ・ナットマン

近年の欧米ホラー映画の定番は、いわゆる〝ゾンビ物〟のようだ。宇宙からの怪光線や謎のウイルスによって死者が蘇り、人間の生肉を喰らい、噛まれて死んだ者は同類となって蘇生、頭部を破壊しなければ永遠に生きる屍となって地上を徘徊する。カニバリズムな…

「死者の書」ジョナサン・キャロル

ダーク・ファンタジーの代表的作家と称されるキャロル、1980年発表の処女作。数々の名作を遺した伝説の童話作家マーシャル・フランス。高校教師トーマス・アビイは、少年期から憧れ続け、若くして逝った児童文学者の伝記を書くことが夢だった。そんな折、古…

「カーリーの歌」ダン・シモンズ

「この世には存在することすら呪わしい場所がある。……カルカッタはこの世から抹殺されるべきなのだ。」一行目から意表を突くモノローグ。この暗鬱で過激な序幕から、どう物語を展開するのか。当時は未知であった小説家の技倆に、間もなく読み手は瞠目するこ…

「触手(タッチ)」F・ポール・ウィルスン

1986年発表作。病人に触れるだけでどんな難病も一瞬で治す「癒しの力」を手にした名も無き医師の昂揚と苦悩を描いた秀作。 物語終盤で、主人公アラン・バルマーが医者として生きてきたこれまでを振り返る場面がある。……小さい頃から医者になりたかった。「カ…

「ねじの回転」ヘンリー・ジェイムズ

1898年発表作で英国正調幽霊綺譚の古典とされている。舞台は、ロンドンから離れた片田舎にある古い屋敷ブライ邸。両親を亡くした幼い兄妹の新しい家庭教師として、語り手の女が赴任する。依頼者は二人の子の伯父だったが、不可解にも甥マイルズと姪フローラ…

「暗い森の少女」ジョン・ソール

モダンホラーの〝古典〟として評価を得ている1977年発表作。100年前、断崖に面した森の中で、実の父親に陵辱されて死んだ少女の怨念が、のちの世に新たな惨劇をもたらす。その犠牲となるのが、親の世代では無く〝同世代〟の無垢な子どもたちという設定が肝だ…

「キャリー」スティーヴン・キング

1974年発表、キングの実質的デビュー作。自身の創作術を述べた「書くことについて」(2000年)の中で、「キャリー」以前にバックマン名義の長編を上梓していたことを明かしているが、本作から〝モダンホラーの帝王〟の快進撃が始まったことは間違いない。売…

「黒衣の女」スーザン・ヒル

たいした心境の変化など無いのだが、最近はホラー/幻想小説に以前よりも手を伸ばすようになった。他のカテゴリに比べてさほど読んでこなかったこともあるが、ラヴクラフトの箴言「最も起源が古く、 最も強烈な感情である恐怖」を主題とする小説の真髄に、あ…

「悪魔のワルツ」フレッド・M・スチュワート

恐怖心を煽る。簡単そうで難しい。海外のホラー/幻想小説で、その世界観や技巧に感心することはあっても、心底震え上がるような読書体験は稀だ。〝超常現象〟や〝神と悪魔〟など所詮は絵空事に過ぎず、結局は「人間が一番怖い」という可愛げのないスタンス…

「蜂工場」イアン・バンクス

1984年発表、クライヴ・バーカーらと並びホラー新世代を代表する作家として評価を得ていたバンクスのデビュー作。本の表紙に「結末を誰にも話さないように」とわざわざ刷り込み、粗筋紹介などでも際物的な先入観を植え付けるのだが、確かに特異な顛末は辿る…

「戦慄のシャドウファイア」ディーン・R・クーンツ

1987年発表、日本での人気を決定付けた快作。当時、1990年前後のクーンツ・ブームは凄まじく、無名時代の過去作品も含めて相次いで飜訳され、大概は好評を得ていた。スティーヴン・キングの牙城へ一気に攻め込み、その後のモダンホラーを牽引した実力は伊達…

「フランケンシュタイン」メアリー・シェリー

「フランケンシュタイン(の怪物)」は、吸血鬼、狼男と並ぶ古典的な三大モンスターとして世界中で浸透し、今も〝娯楽の素材〟として流通している訳だが、唯一伝承や宗教的な典拠を持たず、一作家の創作から誕生したという点で、独創性に富み、尚且つ汎用性…

「深い森の灯台」マイクル・コリータ

ホラーと謎解き/ミステリのクロスオーバーは格別珍しいものではないが、重点の置き方で印象はがらりと変わる。いかにして読者を怖がらせるか、心理的に追い詰めていくか。謎が魅力的であればあるほど、闇が深ければ深いほど、物語は面白くなる。 海から遠く…

「レリック」ダグラス・プレストン、リンカーン・チャイルド

いわゆるモンスターパニックもので、娯楽性を重視し、プロットや描写に映画的手法を豪快に取り込んでいる。というよりも、同系統映画からの強い影響のもとに創作したのだろう。真相が明かされるエピローグこそ、本作の肝なのだが、スピード感溢れる筆致で冒…

「地獄の家」リチャード・マシスン

「幽霊屋敷」を舞台とするモダンホラーの先駆であり、ジャンルの開拓者でもあったマシスンの存在を知らしめた一作。残虐非道の限りを尽くした狂人の霊が取り憑いた家。物理学者夫婦と霊媒師の男女という相反するチームが、その実態を解明すべく乗り込む。想…

「ゴルゴタの呪いの教会」フランク・デ・フェリータ

フェリータ1984年発表作で、米国片田舎の打ち捨てられた教会を舞台に〝悪魔〟と〝神〟が対峙するオカルトもの。終盤ではバチカン法王も馳せ参じてハルマゲドン的な対決となるのだが、大風呂敷を拡げすぎて尻すぼみの感は否めない。主要人物は3人。超常現象…

「地を穿つ魔」ブライアン・ラムレイ

天才エドガー・アラン・ポーとは異なる次元で、幻想文学の礎を築いた奇才H・P・ラヴクラフト。稀有なその創造力が生み出した虚構の体系「クトゥルフ神話」(クトゥルー)の世界観は、独自の魅力に満ち、「素材」としての汎用性も高いため、優劣に関わらず…

「リプレイ」ケン・グリムウッド

人生を再びやり直せたなら。このテーマに数多の作家が挑み、これまで様々な趣向を凝らした作品が創り出されてきた。ただ、その大半はファンタジー色の強いノスタルジックな物語であろうし、「感動のドラマ」を構築するための設定としては使い古された感もあ…

「デッド・ゾーン」スティーヴン・キング

キング1979年発表の初期作品。ホラーのテイストは薄く、特殊能力を持つが故に苦悩する孤独な男の半生をヒューマンタッチで描く。主要な登場人物の日常を細かく積み上げていく手法は相変わらずだが、本作ではややテンポを損ねているきらいもある。主人公が〝…

「コールド・ファイア」ディーン・R・クーンツ

クーンツは自覚的に娯楽小説を書く。指南書「ベストセラーの書き方」で述べた創作術を自ら忠実に実践し、読者がエンターテインメントに求める要素を過不足無く盛り込む。構成や人物設定などはSF/ホラーの王道を行くもので安定感はあるのだが、クーンツ熟…

「隣の家の少女」ジャック・ケッチャム

これまで少なからずの小説を読んできたが、この作品以上に嫌悪感を覚えたフィクションはなかった。とはいえ、著者の筆力は大したもので、非道の行為を延々と単純に描いただけのストーリーを最後まで読ませる力量は認めざるを得ない。が、同時に相当の忍耐を…

「悪魔の収穫祭」トマス・トライオン

1973年発表のモダンホラー。タイトルにあるような〝悪魔〟が登場する超常現象を扱うのではなく、土着信仰の残る未開の村に移住した家族の恐怖体験を中心に描いていく。上下巻の長い小説だが、悪夢のような出来事が発生するのは終盤のみで、大半は独自のしき…

「ヘルバウンド・ハート」クライブ・バーカー

80年代後半から「モダンホラー」ブームが席巻していた頃、クーンツやマキャモンと並んで一躍時代の寵児となったのが英国の作家クライブ・バーカーだった。中でもデビュー作となる「血の本シリーズ」は、スプラッター映画の影響が顕著な残虐描写を大胆に盛り…

「異界への扉」F・ポール・ウィルスン

始末屋ジャック〝復活〟シリーズ第2弾。ウィルスンの集大成にして娯楽小説の傑作「ナイトワールド」で幕を閉じた光と闇の闘い〝アドヴァーサリ・サイクル〟の一環。第1弾の「神と悪魔の遺産」では、始末屋としての本来の仕事を描いてホラー色を排していたが…

「ペット・セマタリー」スティーヴン・キング

読者は、誰もが自問したことだろう。もし、主人公と同じ極限的な悲劇に見舞われ、そこから逃れられるすべがたったひとつ残されているとすれば、それを選択するか否か。例え、倫理観に背こうと、非人間性を咎められようと、或る瞬間を「無かった」ことにする…

「スティンガー」ロバート・R・マキャモン

発表時、キングやクーンツを継ぐ「第三の男」と呼ばれたマキャモンによるSF+モダンホラー。異星人の乗った宇宙船がアメリカの片田舎に相次いで飛来する。一体は、逃亡を図った囚人。もう一方は、賞金稼ぎのハンター。この二体のエイリアンの出現によって、…