海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

ミステリ/警察小説

「殺人容疑」デイヴィッド・グターソン

1994年上梓、純度の高い傑作。時は第二次大戦前後。舞台は米国ワシントン州の西にある孤島サン・ピエドロ。島民は約5千人、1920年代には多くの日本人が移住し農業などに従事していた。今では、その二世らも大人になり米国籍を取得できる日を待っていた。だ…

「陸橋殺人事件」ロナルド・A・ノックス

本職は聖職者という異色の作家で、創作上のルールを定義した「ノックスの十戒」でミステリファンにはお馴染みだろう。創作期間は10年と短く、本人の意志に反して、教会など身内の抵抗にあって断筆に追い込まれたらしい。環境に恵まれなかった不運なノックス…

「グリーン家殺人事件」S・S・ヴァン・ダイン

本格ミステリ黄金期にあたる1928年発表作。「僧正殺人事件」と並ぶヴァン・ダインの代表作として、日本では今も読み継がれている。しっかりとした骨格を持ち、謎解きの過程も分かりやすいため、入門書としては最適だろう。堕落した有閑階級グリーン家を舞台…

「モンマルトルのメグレ」ジョルジュ・シムノン

こってりとした重厚な味を堪能した後には、さっぱりとした軽めの味を楽しみたい。ミステリも一緒だ。ただ私の嗜好に過ぎないが、昨今流行りのコージーミステリには全く食指が動かない。日常の延長で〝ほっこり〟するよりも、非日常へといざなう最低限の刺激…

「善意の殺人者」ジェリー・オスター

1985年発表作。この作家独自のあくの強さが印象に残る警察小説で、なかなか読ませる。発端はNY地下鉄。電車内で女を強姦しようとしたチンピラが、助けに入った正体不明の男に射殺された。偶然乗り合わせた乗客らは当然の如く逃亡した男をかばい、メディア…

「大統領候補の犯罪」ダグラス・カイカー

1988年発表作。派手さはないが味わい深い秀作「クラム・ポンドの殺人」に続く新聞記者マックシリーズ第二弾。主要な登場人物はそのままに、よりメインプロットに重点を置いている。前作のなんとも言えない人間味溢れる情感は薄れているが、自らもジャーナリ…

「裁くのは誰か?」ビル・プロンジーニ、バリー・N・マルツバーグ

「驚天動地の大トリック」という惹句に惹かれて読む本格ファンは多いだろう。本作の結末について、良いも悪いも特に反応できなかった私は、ミステリを楽しむ基準が変わったのではなく、謎解きについてそもそも〝縛り〟がある方がおかしいという考えがあるか…

「届けられた6枚の写真」デイヴィッド・L・リンジー

無性に或る作家の世界観や文章表現に触れたくなる時がある。リンジーはその一人で、定期的に〝読まなければならない〟という衝動に駆られてしまう。本作も、私の言い様のない渇きを癒やす泉のような作品だった。 ヒューストン警察の刑事スチュアート・ヘイド…

「四つの署名」コナン・ドイル

1890年発表のシャーロック・ホームズ第二弾。幕開けのシーンはなかなか衝撃的だ。暇を持て余し、刺激を得るためにコカインを常用する探偵。恐らく「児童向け」では、ホームズの薬物中毒は削除されているだろうが、コナン・ドイルは後世まで名を残すこととな…

「検屍官」パトリシア・コーンウェル

世界的ベストセラー作家が1990年に発表したデビュー作。今では30作以上の作品が翻訳され、固定ファンをしっかりと掴んでいるようだ。女性検屍官を主人公とするコーンウェルの代表的シリーズ、という前知識だけはあった。以下は本作のみを読んだ上での取り留…

「裁判長が殺した」ハワード・E・ゴールドフラス

1986年発表、大胆な着想が光る異色の法廷小説。 ニューヨーク州最高裁判所判事アレン・スターディヴァントは、次期州知事選の民主党候補に推薦された。家柄、経歴、人受けのいいルックスなど申し分なく、現共和党知事を打ち破る資質を備えていた。だが、この…

「ツンドラの殺意」スチュアート・カミンスキー

ソビエト連邦崩壊前、極寒のシベリア地方の小村を舞台とした異色の警察小説。エド・マクベイン「87分署シリーズ」へのオマージュらしいが、終始暗鬱なトーンに包まれており、アイソラの刑事たちが醸し出す躍動感は無い。歪んだイデオロギーが暗流に淀み、自…

「噛みついた女」デイヴィッド・リンジー

ヒューストン警察殺人課刑事スチュアート・ヘイドンシリーズ第1弾で1983年発表作。ディテールに拘った重厚な筆致で現代社会の病巣を抉り、ハード且つハイボルテージな警察小説として読み応えがある。 原題は「冷血」。狂犬病ウィルスを用い、街の娼婦を次々…

「Yの悲劇」エラリイ・クイーン 【名作探訪】

まずは私的な述懐から。以前「旅の記録」の拙文でも触れたのだが、私の海外ミステリ〝初体験〟は「Yの悲劇」(1932)だった。まだ十代の頃、気ままに選んでいた国内/海外文学の流れで出会った。各種ランキングで長らく不動の首位に輝いていた本格推理小説…

「わが母なるロージー」ピエール・ルメートル

パリ警視庁犯罪捜査部カミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズ、2013年発表の〝番外編〟。翻訳文庫本で約200頁の中編のため、読み応えでは物足りない面もあるが、その分、全編を覆う緊張感はより濃密になっている。比較的シャープなプロットの中に、技巧派なら…

「ユダの窓」カーター・ディクスン

1938年発表作で、古典的名作として世評が高い。法廷を舞台に殺人事件の被告が有罪か無罪かを問う論証をメインとし、〝本格物〟の醍醐味を味わうには最良の設定。その分、場景は固定されたままで動的でないのだが、読み手は陪審員の一人として、じっくりと裁…

「ハント姉妹殺人事件」クラーク・ハワード

1973年発表作。何とも素っ気ない邦題(原題は「killngs」)だが、警察小説の魅力を存分に堪能できる力作だ。舞台はロサンゼルス。或るアパートでハント姉妹が惨殺された。二人は一卵性双生児だった。死体は上下逆の向き合った状態で互いの頭と足を結ばれてい…

「9本指の死体」ジャック・アーリー

サンドラ・スコペトーネの別名義による1988年発表作。〝女性作家〟という読み手の先入観を嫌い異性のペンネームとしたのかもしれないが、本作はどこまでも女性的な視点/トーンに包まれている。原題は「ドネートと娘」。父親と同じ警察官の道を歩んだ娘がコ…

「キングの身代金」エド・マクベイン

息子を返してほしければ、50万ドル用意しろ。若い男二人組が犯罪を実行に移す。大手靴製造会社重役キングの自宅から少年を連れ去り、脅迫電話を入れた。事は順調に運んだ。ただひとつ、最低最悪のミスは別として。誘拐したはずのキングの長男ボビーは、まだ…

「緋色の研究」コナン・ドイル

シャーロック・ホームズ初登場の長編で1887年発表作。〝名探偵の代名詞〟として今も世界中に浸透している訳だが、私見としては、謎解きの面白さをシャープに伝えるミステリの原型を整えたことが本シリーズ最大の貢献だと考えている。本作は、総じて批評家ら…

「弁護」D・W・バッファ

1997年発表のリーガル・サスペンス。主人公は、新進気鋭の弁護士ジョーゼフ・アントネッリ。冒頭1行目で「わたしは勝って当然の裁判に負けたことはなかったし、負けて不思議のない裁判のほとんどに勝ってきた」と語り始める。そして「わたしの弁護士人生は…

「記憶なき殺人」ロバート・クラーク

米国ミネソタ州セントポール市を舞台とする1998年発表作。カメラが趣味の冴えない会社員ハーバート・ホワイトは、以前からモデルや女優を夢見るダンサーの宣材写真を無償で提供していた。女たちには、凡庸で無垢な人畜無害の男として受け止められていたが、…

「装飾庭園殺人事件」ジェフ・ニコルスン

1989年発表のメタ・ミステリ。いわゆるポスト・モダン的な文学志向の強い作品に位置付けられており、ミステリとしての水準は端から期待できない。 メディアでも活躍していた中年の造園家ウィズデンがホテルの一室で自殺した。妻のリビーは頑なに他殺を主張。…

「マンハッタンは闇に震える」トマス・チャステイン

チャステイン熟練の技巧が冴える傑作。ニューヨーク市警16分署次席警視マックス・カウフマンを主人公とした第3弾。本シリーズの魅力は、超過密都市でしか起こり得ない大掛かりな犯罪の独創的着想、警察組織の機動力をフルに生かしたダイナミックな捜査活動…

「ひとたび人を殺さば」ルース・レンデル

1972年発表、レジ・ウェクスフォード警部シリーズの一作。本作が日本初紹介となり、そのあと飜訳された心理サスペンス「ロウフィールド館の惨劇」(1977)で、人気に火が付いた。一時期のレンデル・ブームは凄まじく、新たな女流推理作家の登場に、ミステリ…

「冷血の彼方」マイケル ・ジェネリン

2008年発表作。スロヴァキアの女性警察官ヤナ・マティヴァノの活躍を描く。作者は米国人。興味深い舞台設定だが、近年稀に見る〝衝撃的〟作品で、どう伝えるべきか迷う。つまり、読み終えても、どんな粗筋なのか、説明することができない。ネタバレを避けて…

「冬の棘」ウィリアム・D・ピース

1993年発表作。奇をてらわずに情景をじっくりと描いていく作風のため、派手さはないが、重量感のある作品に仕上がっている。 若くして大手建設会社社長の座を継いだクーパー・エイヴァリー。その妻が、ワシントン郊外の自宅で殺された。事件当夜、夫は出張で…

「遅番記者」ジェイムズ・プレストン・ジラード

冒頭から一気に引き込まれた。舞台は米国カンザス州の都市ウィチタ。やさぐれた中年の刑事が犯行現場へと向かう。一旦は途絶えたかにみえた猟奇的殺人が6年を経て再び繰り返された。いまだ未解決となっている経緯を振り返りつつ、私生活では離婚の危機を迎…

「切断」ジョイス・ポーター

1967年発表、ロンドン警視庁ドーヴァー警部シリーズ第4弾で、ポーターの代表作とされている。ユーモアミステリの一種だが、個人的にはブラックな笑いよりも、トニー・ケンリック張りの陽気なスラップスティックが好みなので、残念ながらクスリともしなかっ…

「リスボンの小さな死」ロバート・ウィルスン

1999年発表、英国推理作家協会ゴールド・ダガー賞受賞作。ポルトガルを舞台とする異色のミステリだが、構成も変わっている。港街リスボンの浜辺で発見された少女殺害事件をめぐる現代のパートと、1942年ナチス・ドイツの特命を帯びた或る実業家の不穏な動き…