海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

ミステリ/警察小説

「皇帝のかぎ煙草入れ」ジョン・ディクスン・カー

「アリバイ崩し」の傑作として名高い本作だが、精緻なトリックよりも、男女の愛憎や金銭でのいがみ合いなど、人間の泥臭く生々しい修羅場を盛り込んだ〝ドラマ〟仕立てのストーリー自体が面白い。部外者であるはずの探偵自らも邪心を起こし、事件関係者らの…

「クリムゾン・リバー」ジャン=クリストフ・グランジェ

グランジェ1998年発表作。自身も脚本で参加した映画でも話題となった作品だが、派手さはなく、終盤までは地道な捜査活動に終始する。フランス司法警察の警視正ニエマンスと地方警察の警部アブドゥフの二人が別の発端/ルートを経て、一つの事件へと結びつく…

「罪の段階」リチャード・ノース・パタースン

リーガルサスペンスの傑作として名高い1992年発表作。しばらく本業の弁護士に専念していたパタースンは長期休暇を取り一気呵成に書き上げたという。主人公は処女作「ラスコの死角」と同じクリス・パジェットだが、心機一転の本作で再び起用した訳とは、十数…

「傷だらけのカミーユ」ピエール・ルメートル

現代ミステリにおいて先鋭的な作品を上梓する作家の筆頭に挙げられるのは、ピエール・ルメートルだろう。怒濤の勢いで北欧の作家らが席巻する中、フランス・ミステリがいまだに前衛としての位置を失っていないことを、たった一人で証明してみせた。無論、か…

「冷えきった週末」ヒラリー・ウォー

当たり前だが、警察のリアルな捜査活動を知りたければ、ノンフィクションを読めばいい。ミステリに求めるのは本物らしさであって、物語としてのエンターテイメント性が失われたら元も子もない。警察小説の基礎を築いた重鎮としてウォーは再評価されているが…

「ゲルマニア」ハラルト・ギルバース

評判が良く期待して読んだが、序盤からかなりもたつく。まず、文章が淡白なことが最大の欠点だろう。読み進んでも、登場人物らの顔が浮かんでこず、全体的に造形が浅いと感じた。物語の舞台となるのは、ノルマンディー上陸作戦の直前、敗色濃い第二次大戦末…

「フォックス家の殺人」エラリイ・クイーン

「僕は満足していません」12年以上前に妻殺しの罪で終身刑となった男。その無罪立証のために再調査の依頼を受けたエラリイ・クイーンが、事件当日の状況を再現した後に吐く台詞だ。あらゆる事実が状況証拠の裏付けをし、男の犯行であることを、あらためて示…

「地上最後の刑事」ベン・H・ウィンタース

世評は概ね高いが、私は最後まで退屈で仕方なかった。半年後に小惑星が衝突し人類が滅びるという設定は、フィクションとしては手垢のついたものだが、それを加味したミステリとして意識しつつ読み終えても、さほどの新鮮味は感じなかった。本作は三部作の第…

「冬の裁き」スチュアート・カミンスキー

カミンスキー熟練の筆が堪能できる渋い警察小説。既に孫もいる老刑事エイブ・リーバーマンを主人公とするが、相棒となる刑事ハンラハンも重要な位置を占める。人生の黄昏時を迎えた刑事二人を狂言回し役に、罪を犯す者たちを見つめた〝人間ドラマ〟といった…

「シカゴ・ブルース」フレドリック・ブラウン

1947年発表のフレドリック・ブラウンの処女作。主人公は、十代の若者エド・ハンターで、以降シリーズとして書き継がれた。シカゴの裏町で父親を殺されたエドが、伯父の協力を経て犯人捜しをする物語だが、プロットや謎解きに特筆すべき点はない。後にミステ…

「ウッドストック行最終バス」コリン・デクスター

幅広いミステリのジャンルの中でも「本格」と呼ばれる分野に、それ程の興味は無い。といっても、私がミステリ愛好家となったきっかけは、多分に漏れずエラリイ・クイーン「Yの悲劇」の絢爛たるロジックの世界に文字通り感動したからなのだが。要は物語とし…

「蒸発した男」マイ・シューヴァル/ペール・ヴァールー

1966年発表のマルティン・ベックシリーズ第二弾。スウェーデン社会の変遷を描いた警察小説の古典として高い評価を得ている全十部作だが、初期作品は極めて地味な捜査活動を描くことに終始している。 著名なスウェーデン人ジャーナリストがハンガリーで行方不…

「自転車に乗った警視」ティモシー・ウィリアムズ

イギリス人作家がイタリアの地方都市を舞台に描く警察小説。主人公は公安警察警視トロッティ。1978年、モ—ロ元首相が極左テロリストグループ「赤い旅団」に誘拐(後に殺害)されるという不穏な時代を背景にしつつも、地方色豊かなローカル・ミステリとして味…

「暗い森」アーロン・エルキンズ

“スケルトン探偵”の異名を持つ形質人類学者ギデオン・オリヴァーを主人公とする第二作。このシリーズは日本でも好評だったようで、その多くが翻訳されている。本作が私のアロキンズ初体験となるが、正直期待はずれだった。登場人物らの軽妙なやりとりなどか…

「悲しみのイレーヌ」ピエール・ルメートル

やはりルメートルは只者ではない。カミーユ・ヴェルーヴェン警部を主人公とする2006年発表の第1作。近年稀な大ベストセラーとなった傑作「その女アレックス」でも触れられているカミーユの妻イレーヌの残酷で悲劇的な顛末が明らかとなるのだが、出版事情が…

「樽」F・W・クロフツ

クロフツ1920年発表の処女作にして代表作。推理小説の古典であり、愛好家必読の一冊でもあるのだが、肩肘張ることなく今でも充分に楽しめる。ストーリーは、殺人事件の発生からドキュメントタッチで展開し、実直な警察官と私立探偵の地道な捜査によって、ひ…

「カロライナの殺人者」デイヴィッド・スタウト

アメリカの奴隷制存続の是非を問う南北戦争が北軍の勝利によって終結したのは1865年。だが、以降も南部を中心に黒人(無論、先住民やアジア人など含む例外無き有色人種)への差別は色濃く残り、本作品のモチーフとなった事件が起こった1944年も依然として白…

「凍った街」エド・マクベイン

馴染みの刑事部屋に入り、ガサツでありながらも心優しい刑事たちに再会する。スティーブ・キャレラ、マイヤー・マイヤー、バート・クリング、ミスコロ、バーンズ……1956年発表の「警官嫌い」以降、2005年「最後の旋律」まで全56作。マクベインの死によって惜…

「ガラスの村」エラリイ・クイーン

クイーン後期の〝問題作〟とされている1954年発表作。本作に犯罪研究家エラリイ・クイーンは登場せず、元軍人ジョニー・シンが主な謎解き役兼狂言回しとなる。同時期に米国で吹き荒れたマッカーシズムに対する義憤から着想を得たとういうのが定説らしいが、…

「特捜部Q ―キジ殺し―」ユッシ・エーズラ・オールスン

シリーズ第2作。デンマーク警察の「特捜部Q 」責任者で主人公のカール・マーク警部補、助手でアラブ人のアサド、さらに本作からアシスタントとなるローセ。未解決となった不可解な事件を個性豊かな刑事らが地道に再調査し解決していくという骨子は良く出来…

「ボーン・コレクター」ジェフリー・ディーヴァー

〝犯罪学者〟リンカーン・ライムシリーズ第1作。捜査中の事故によって四肢麻痺の体となった元ニューヨーク市警の科学捜査部長ライムが、後に相棒となる警官アメリア・サックスを得て、最新の科学捜査と犯罪心理を駆使して連続殺人鬼を追い詰める。 ライム初…

「ロゼアンナ」マイ・シューヴァル/ペール・ヴァールー

以前は北欧ミステリといえば、マルティン・ベックシリーズを指した。本作は1965年発表の記念すべき第一作。 スウェーデンを遊覧中のアメリカ人女性ロゼアンナ(新訳ではロセアンナ)が遺体となって海から引き上げられる。警視庁殺人課のベックやコルベリらは…

「警察署長」スチュアート・ウッズ

優れた評論家であった瀬戸川猛資絶賛の書。アメリカ南部・架空の町デラノを舞台に、長きにわたり未解決となる連続殺人と、根深い人種差別に翻弄されつつ事件に挑んでいく警察署長三代を描いた大河小説。謎解きはあくまでも添え物で、作者の主眼は20代以降の…

「ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女」スティーグ・ラーソン

北欧ミステリ全盛の礎を築いた大ベストセラー。作者が出版前に急死するという悲劇的な要素も作品評価へのプラス材料となったのだろう。本書は3部作として世に出た内の1作目だが、私は世評ほどの面白さを感じなかった。 最大の難点は、冗長過ぎるということ…

「火刑法廷」ジョン・ディクスン・カー

ミステリ史上に残る傑作。 この作品最大の魅力は、人間消失などの複雑怪奇な謎の論理的解決と同時に、相反する非論理的なオカルティズムを融合させ、見事に成立させてしまったところにある。 エピローグを読み終え、ゾッとする悪寒を覚える読者を想像してほ…

「熱い街で死んだ少女」トマス・H・クック

舞台は、1963年の米国アラバマ州バーミングハム。マーティン・ルーサー・キングが指導する公民権運動が勢いを増す中、ある黒人少女が殺された事件を市警本部のベン・ウェルマン部長刑事が捜査する。 ミステリとしての謎解きはあくまでも添え物で、本作の主題…

「ウォッチメイカー」ジェフリー・ディーヴァー

長い長い序章ともいうべき前半が過ぎれば、物語は一気に動き出す。よくもまぁ、これだけ複雑なプロットを捻り出したものだと感心。必ずどんでん返しが用意されている、と読み手は分かっている。その予想を遥かに超える仕掛けを組み込む作者の力量は凄い。 評…

「テロリスト」マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー

味わい深い大人のための警察小説。 主人公ベックをはじめ、登場人物すべてに無駄がなく、それぞれの人生に思いを馳せることができる。 愛情の込もった訳者あとがきも素晴らしい。 評価 ★★★★ テロリスト (角川文庫) 作者: マイ・シューヴァル,ペール・ヴァー…

「硝煙に消える」ジョージ・P・ペレケーノス

この作家、初読。 随所に光る部分はあるものの、主人公の行き当たりばったりな行動に共感できなかった。結局、何がしたかったのか。友人を無茶な取り引きに巻き込み、死なせておいて感傷に耽られる感覚が分からない。謎解きも唐突で違和感がある。ハードボイ…

「男の首 黄色い犬」ジョルジュ・シムノン

シムノンの真の魅力を識るには、読者自身が成熟した大人であることが必須なのであろう。 男の首に登場し、深い余韻を残す犯罪者の見事な心理描写は、現代のミステリー作家が束になっても敵わないに違いない。 不公平な貧困とブルジョワへの憤怒、余命僅かな…

「チャイルド44 」トム・ロブ・スミス

序盤から終盤まで、凄まじい緊張と焦燥を読者に強いる。スターリンの恐怖政治の実像を、本書のみに頼るのは危険だが、恐るべき筆力で疾走するストーリー展開は、娯楽小説としての真髄を見せ付けてくれる。とはいえ、描かれているのは、この世の地獄巡りだが……

「グラーグ57」トム・ロブ・スミス

前作の興奮冷めやまぬまま、続編を読了。エネルギーに満ち溢れた著者の才気を存分に感じる力作だ。この作品でも、主人公レオをはじめ登場人物全てが極限的状況下で生死を彷徨う。大半は悲惨な死を遂げることになるが、お涙頂戴的な甘さを一切排しており、彼…

「血の流れるままに」イアン・ランキン

読み終えて、どうもすっきりしないのは、やはりカタルシスが不足しているからだろう。ド派手なカーチェイスによる幕開けと謎の呈示は期待を持たせたが、その後の展開は淡々としてサスペンスに欠ける。決着の内容も妥協であり、権力の不正を暴き、トドメをさ…

「盤面の敵」エラリイ・クイーン

本格推理小説の傑作を次々と生み出したクイーンも、流石に疲れを見せている。当時としては斬新なはずの犯人の設定も、現在では古めかしく感じざるを得ない。 評価 ★★☆ 盤面の敵 (ハヤカワ・ミステリ文庫 ク 3-7) 作者: エラリイ・クイーン,青田勝 出版社/メ…

「推定無罪」スコット・トゥロー

いわゆるリーガルサスペンスが量産されるきっかけとなった作品。 一人称の主人公登場シーンでは、のちに自らが裁かれることとなる人物はすでに殺害されており、次第に明らかとなっていく動機や証拠の類いを、読者は物語の進行とともに検証する。ここら辺りの…

「バースへの帰還」ピーター・ラヴゼイ

随分と評判が良かったので読んでみたが、ミステリとして物足りなさを覚えた。真犯人とおぼしき人物は途中でわかってしまうし、謎解きはオーソドックスで、あまりフェアともいえない。やはり、ガサツな主人公に好感が持てないことが一番の理由か。くせはある…

「夜の熱気の中で」ジョン・ボール

ヴァージル・ティッブスシリーズ第1作。1965年発表にしてMWA最優秀新人賞受賞作。アメリカ南部の黒人差別が色濃く残る田舎で、卑しい偏見を一身に浴びながらも、経験豊かな黒人刑事が殺人事件を鮮やかに解決し、無能な白人の署長らの意識に変革をもたらして…

「湿地」アーナルデュル・インドリダソン

小説を読んで涙したのはいつぶりだろう。この重苦しく、やるせなき悲劇に満ちた傑作は、ミステリという範疇を超えて、いつまでも深く心に残る濃密な物語として読み継がれていくだろう。 冒頭から降り続いた暗鬱な雨は、美しくも哀しいラストシーンの直前にや…

「殺人者の顔」ヘニング・マンケル

読み終えるまで随分と時間が掛かった。 移民問題を抱えたスウェーデン社会を背景に、老夫婦の殺害事件を捜査するくたびれた刑事を描いたストレートな警察小説ではあるのだが、いかんせん地味過ぎる。真犯人に辿りつく切っ掛けが、ある特殊能力を持った人間の…

「消えた消防車」マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー

ベックシリーズとしては凡作だろう。 冒頭に不可解な殺人が起こって以降、捜査は遅々として進まず、展開に大きな起伏がある訳でもない。けれども、最後まで読ませてしまうのは、登場する刑事一人一人が生き生きと描かれており、そのやりとりの楽しさが作品に…

「皮膚の下の頭蓋骨」P・D・ジェイムズ

読書にかける時間がなく、2週間かかってようやく読み終えた。文庫本で600ページあまり、特に長い分量ではないが、綿密な描写がびっしりと続くため、どうしても読むスピードが落ちる。加えて、裏表紙のあらすじにある殺人が起こるのは、ストーリーの中盤にな…

「特捜部Q ―檻の中の女―」ユッシ・エーズラ・オールスン

珍しいデンマークの警察小説ながら、すんなりと物語の世界へと入っていけた。街の情景や社会的な背景など一切無駄だといわんばかりに、著者が登場人物の造形に力を入れているためで、例えば舞台が他の国であっても何の違和感もないだろう。 重い悔恨に苛まれ…

「風の影」カルロス・ルイス・サフォン

読了後、しばらく心地良い余韻に浸る。 哀しくも優しい、残酷でありながも幸福感に満ちた極上の物語。国境を越えて世界中で読み継がれていることも納得だ。一冊の本との出会いを大切に思う人々が、主人公である少年の思いに深く共鳴しつつその成長を見守り、…

「燃える警官」ウィリアム・J・コーニッツ

執筆時に自らもニューヨーク市警の現職警部補であった著者による圧巻の警察小説。 右翼の大物実業家に取り込まれた狂った警察官の集団に立ち向かう市警の警部補と部下達の闘いをリアルスティックに描く。捜査過程での刑事達の群像劇は生々しい躍動感に満ち、…

「ホット・ロック」ドナルド・E・ウエストレイク

面白く読みはしたのだが、ウェストレイクの作品として見た場合、出来は良くない。ハードなクライムノベルの方が資質として合っている気がする。主人公を始めキャラクターは愛すべき人物なのだが、まだ薄い印象しか残らず、カタルシスも味わえなかった。次作…

「わが故郷に殺人鬼」デヴィッド・ウィルツ

FBI捜査官のエリートとして犯罪者を狩り続けた主人公は、あるテロリスト集団の殲滅を最後に職を辞し、妻と一人息子とともに自らの故郷である田舎町へと帰る。だが、甘美な感傷に浸るまもなく、旧友や家族をも巻き込んだ陰惨な連続殺人事件の渦中へと否応もな…

「屍肉」フィリップ・カー

傑作「偽りの街」でナチス・ドイツ下でのハードボイルドを見事に成立させた才人フィリップ・カー。本作は、ソ連崩壊後の旧レニングラードを舞台に、混乱期に乗じて台頭するロシア・マフィアと刑事らとの対決を臨場感溢れる筆致で描き切る秀作だ。人々の生活…

「ラグナ・ヒート」T.ジェファーソンパーカー

後に大家として高い評価を受けることになるパーカーのデビュー作。ミステリとして、きっちりとまとまってはいるが、主人公を始め登場人物が個性に乏しく、読み終えての印象は薄い。文章は抒情的だが、まだ薄い。情感の深みに欠けるというべきか。 評価 ★★ ラ…

「ダイヤル911」トマス・チャステイン

ニューヨーク市警16分署マックス・カウフマン次席警視シリーズ第2弾。前作でも顕著だった大掛かりな設定とダイナミックな捜査活動が本作でも堪能できる。恐らく、ミステリ史上最もダンディな警察官カウフマンの私生活を絡めつつ、爆破魔の狂った行動をサスペ…

「ゴーリキー・パーク」マーティン・クルーズスミス

マイナーな作家に過ぎなかったマーティン・クルーズ・スミスの名をミステリ界に一気に知らしめた作品。 旧ソ連の人民警察殺人担当レンコ主任捜査官が、ゴーリキーパークで起きた不可解な殺人事件の謎を追う。舞台を敢えてソ連に置いたように、単純な謎解きで…