海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「サンドラー迷路」ノエル・ハインド

1977年発表のスパイスリラーの秀作。二重三重に仕掛けられた謎、緻密な伏線、終盤で畳み掛ける種明かし、苦い結末など、捻りの利いた構成で唸らせる。ハインド32歳での執筆と知って驚くが、多くの登場人物や複雑なプロットの展開がやや整理しきれていない点…

「クリムゾン・リバー」ジャン=クリストフ・グランジェ

グランジェ1998年発表作。自身も脚本で参加した映画でも話題となった作品だが、派手さはなく、終盤までは地道な捜査活動に終始する。フランス司法警察の警視正ニエマンスと地方警察の警部アブドゥフの二人が別の発端/ルートを経て、一つの事件へと結びつく…

「蜃気楼を見たスパイ」チャールズ・マッキャリー

肉を削ぎ落した骨格のみで作り上げた構成だが、読了後に滲み出る哀感が忘れ難いスパイ小説の傑作だ。自身もCIA局員であったチャールズ・マッキャリー1973年発表作。 物語は、或る委員会に提出された工作員の報告、通信文、盗聴された会話の記録、監視報告な…

「27」ウィリアム・ディール

確かな世界観、魅力的な人物設定、分厚い物語の構造、巧妙な語り口など、全てが一級のエンターテインメント作品である。ヒトラー/ナチズム台頭期の不穏な世界情勢を背景とした上質のスパイスリラーであり、終盤での山岳地帯/孤島を舞台とする冒険小説とし…

「殺戮者」ケネス・ゴダード

ゴダード1983年発表で、唯一翻訳されている作品。間近にオリンピックを控えたロサンゼルス近郊の地方都市を舞台に、不可解な警官殺しを発端とする陰謀の幕が上がる。特に主人公を設定せず、一夜にして街全体がパニックに陥っていく情景をドキュメントタッチ…

「ランニング・フォックス秘密指令」ボブ・ラングレー

冒険小説の魅力を凝縮した1978年発表の秀作。大作ではないが、危険な任務に赴くことを厭わない男たちをスピード感溢れる筆致で活写し、やはりラングレーは希少な作家の一人であることを再認識した。 1976年、アフリカの独立闘争に揺れる英国植民地ローデシア…

「ゴーストマン 時限紙幣」ロジャー・ホッブズ

「21世紀最高の犯罪小説」という売り文句に加え、同業者や批評家の大絶賛が並んでいるが、どうにも精密さと盛り上がりに欠ける作品で、〝天才作家〟などという称賛は逆に嫌味ではないのかと勘ぐるほどだった。この程度のクライムノベルなら、創作時期や時代…

「ホプキンズの夜」ジェイムズ・エルロイ

空回りした情念によって構成が乱れ、前作「血まみれの月」にあったドス黒い世界観まで打ち壊す明らかな失敗作だ。この後、エルロイは「ブラック・ダリア」という凄まじい傑作を上梓するのだが、デビュー以降の長い模索期に創作したホプキンズ・シリーズは、…

「天国の囚人」ジェイムズ・リー・バーク

アクの強いバークの作品は、はっきりと好き嫌いが分かれるだろう。「文学畑出身者が書いたミステリ」そのもので、時に物語の展開を妨げるほど、自然描写や郷愁にまつわるエピソードが挿入されていく。そもそも文体が異質で、過度に情感を滲ませ、客観的/簡…

「361」ドナルド・E・ウェストレイク

ウェストレイクはデビュー後、立て続けにドライなクライムノベルを書き、ハメットの衣鉢を継ぐ新鋭として期待されていた。本作は1962年発表の三作目で、やさぐれた若者の復讐劇を荒削りながらもシャープな文体で描く。構成は破綻すれすれで、主人公の情動は…

「罪の段階」リチャード・ノース・パタースン

リーガルサスペンスの傑作として名高い1992年発表作。しばらく本業の弁護士に専念していたパタースンは長期休暇を取り一気呵成に書き上げたという。主人公は処女作「ラスコの死角」と同じクリス・パジェットだが、心機一転の本作で再び起用した訳とは、十数…

「裏切りのネットワーク」ショーン・フラナリー

1983年発表、スパイスリラーの秀作。核兵器「誕生」以後の世界で暗躍する国際組織「ネットワーク」の謀略を扱っているのだが、その歪んだ動機が独自性に富みユニークだ。仮に人類が絶滅を迎えようとした時、資本主義社会で最も「損害」を被る集団とは何か。…

「コールド・ファイア」ディーン・R・クーンツ

クーンツは自覚的に娯楽小説を書く。指南書「ベストセラーの書き方」で述べた創作術を自ら忠実に実践し、読者がエンターテインメントに求める要素を過不足無く盛り込む。構成や人物設定などはSF/ホラーの王道を行くもので安定感はあるのだが、クーンツ熟…

「ドライヴ」ジェイムズ・サリス

デンマーク出身のニコラス・ウィンディング・レフン監督作品「Drive」(2011年)の原作。映画については〝門外〟であり、既に多くの評価がなされているため、私自身が敢えて付け加えることもないのだが、静と動の対比、日常の中で突如噴出する暴力の異常性、…

「逃げる殺し屋」トマス・ペリー

殺し屋を主人公とするミステリは掃いて捨てるほどあり、生業としての新鮮味は無い。プロットや人物造形など、相当知恵を絞らなければ「いつかどこかで読んだ話」として片付けられてしまう。逆に先行作品との違いを出さなければならないため、作家にとっては…

「傷だらけのカミーユ」ピエール・ルメートル

現代ミステリにおいて先鋭的な作品を上梓する作家の筆頭に挙げられるのは、ピエール・ルメートルだろう。怒濤の勢いで北欧の作家らが席巻する中、フランス・ミステリがいまだに前衛としての位置を失っていないことを、たった一人で証明してみせた。無論、か…

「熱砂の絆」グレン・ミード

グレン・ミードが傑作「雪の狼」に続き発表した第三作。ボルテージは前作より下がるが、史実を巧みに織り交ぜて構築した物語はスピード感と臨場感に満ちる。時代背景は異なるものの、基本的な人物設定や構成などは「雪の狼」と大きな違いは無い。現代にプロ…

「市民ヴィンス」ジェス・ウォルター

2005年発表のMWA最優秀長篇賞受賞作。プロットは至ってシンプルで、強引に要約すれば、しがない犯罪者という以外は「何者でもない」生活を送ってきた一人の男が、人生の岐路に立ち、それまでとは違う選択をして再び歩み始めるというだけの話だ。タイトルには…

「プラムアイランド」ネルソン・デミル

デミル版ヒーロー小説。NY市警のジョン・コーリーを主人公とし、以後シリーズ化されている。渾身の力作「誓約」を書き上げて以降、肩の力を抜いた娯楽作品を発表し続けているデミルだが、本作では冒険小説の要素を取り入れ、緻密な構成よりも怪しげな人物…

「冷えきった週末」ヒラリー・ウォー

当たり前だが、警察のリアルな捜査活動を知りたければ、ノンフィクションを読めばいい。ミステリに求めるのは本物らしさであって、物語としてのエンターテイメント性が失われたら元も子もない。警察小説の基礎を築いた重鎮としてウォーは再評価されているが…

「誓約」ネルソン・デミル

打ち震える程の感動の中でラストシーンを読み終える。「この小説を書きたかった」と感慨を述べたネルソン・デミル、その積年の想いが伝わる渾身の大作である。本作を書き終えた瞬間の充足感は相当なものだったろう。1985年発表の「誓約」は、1968年3月のソ…

「長く冷たい秋」サム・リーヴズ

ロバート・B・パーカーが褒めていると知り嫌な予感がしていたのだが、物語に起伏のない凡作だった。「ハメットの初期の作品のように鮮烈で力強い」というパーカー評が、どこをどう読んだ上での感想なのか見当もつかないが、単に長いだけで深みがない。延々と…

「将軍の娘」ネルソン・デミル

巧い作家だ。プロフェッショナルと呼ばれるためには、ネルソン・デミル並みの力量を持たねばならないのだろう。米国陸軍基地内で将軍の娘が殺された事件を巡るメインプロットはストレートなミステリなのだが、舞台背景も含めてテーマの掘り下げが広く深い。…

「凶弾」トム・ギャベイ

トム・ギャベイ2006年発表の処女作。話題にはならなかったが、スパイ・スリラーの力作である。1963年6月。冷戦真っ只の中、第35代アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディの西ベルリン訪問が予定されていた。だが、熱狂的聴衆を前にした演説時を狙った狙撃…

「私が愛したリボルバー」ジャネット・イヴァノヴィッチ

実は本作について語ることはあまりない。躍動感溢れる女性バウンティ・ハンター(賞金稼ぎ)の活躍を気軽に楽しめばよく、「重い小説」を読んだ後のブレイクにぴったりだ。負けん気が強く猪突猛進型、仕事も恋愛もひたむきだが、もろく傷つきやすいという等…

「眠れる美女」ロス・マクドナルド

1973年発表リュウ・アーチャーシリーズ第17作。錯綜する謎は終盤に向かうほど乱れ縺れていく。ラストシーンで暗鬱なる真相へと辿り着いたアーチャーは、ひとときの安らぎの中で眠る娘の額に口付ける。美しくも哀しい、心に残る幕引き。ミステリ史に残る傑作…

「解錠師」スティーヴ・ハミルトン

評判が良いのも納得のミステリで、スティーヴ・ハミルトンの才気を感じる秀作。或る事件から失語症となった少年が、図らずも金庫破りとして犯罪グループの一員となり、さまざまな経験を通して大人へと成長していくさまを鮮やかに描き出している。内的な台詞…

「愚者が出てくる、城寨が見える」ジャン=パトリック・マンシェット

裏社会の闇で身悶える者どもの情動を切り詰めた文体でクールに描き切るロマン・ノワールの雄マンシェット1972年発表作。マンシェットは推敲を重ねる完全主義者の面もあったらしく、作品数も限られている。単に冗長なだけの小説にはない張り詰めた緊張感がみ…

「裁くのは俺だ」ミッキー・スピレイン

1947年発表、ミッキー・スピレインの処女作にして、以降ハードボイルド談議の場では必ず遡上に載せられることとなる、或る意味記念碑的問題作。一読後、妙に感心したのはスピレインが必死になって謎解きを押さえたミステリを創作しようと苦心していることだ…

「法王の身代金」ジョン・クリアリー

1979年発表作でスリラーの王道ともいうべき作品。重要な章の末文で一気に物語が変転する構成で、未曽有の犯罪に手を染めた者どもを襲う危機をテンポ良く描いていく。メインプロットは、資金源としてヴァチカンの財宝を狙ったIRAのシンパとプロの犯罪者らが、…