海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「カジノ・ロワイヤル」イアン・フレミング

ジェイムズ・ボンドシリーズ第1作で、1953年発表作。英国秘密情報部の為すことは正義であり、悪と定義した国家/組織、邪魔立てする者には、超人的スパイを送り込んで葬り去るという単純明快さは、デビュー作から一貫している。西側諸国に恐怖をもたらす悪…

「鉄血作戦を阻止せよ」スティーヴン・L・トンプスン

1986年発表「奪還チーム」シリーズ第3弾。冷戦下の東ドイツを舞台に緊迫感溢れる活劇を展開した第1作「A-10奪還チーム出動せよ」は、冒険小説としては稀有なカーチェイスを主体にしており、一気にトンプスンの名を知らしめた。本作は日本向けに書き下ろさ…

「地上最後の刑事」ベン・H・ウィンタース

世評は概ね高いが、私は最後まで退屈で仕方なかった。半年後に小惑星が衝突し人類が滅びるという設定は、フィクションとしては手垢のついたものだが、それを加味したミステリとして意識しつつ読み終えても、さほどの新鮮味は感じなかった。本作は三部作の第…

「ベルリン 二つの貌」ジョン・ガードナー

スパイ小説の王道ともいうべき、冷戦下の東西ベルリンを舞台に、非情な諜報戦の只中で繰り広げられる謀略と裏切りの顛末を、緊張感に満ちた筆致で描き切った傑作。英国海外情報局員ハービー・クルーガーを主人公とする第2弾で1980年発表作。前作「裏切りの…

「スコーピオン暗礁」チャールズ・ウイリアムズ

海の底に沈んだ金を巡る争いを描いた巻き込まれ型スリラー。要約すれば以上で事足りるのだが、構成に一捻り加えてあり、発端の謎に二通りの結末を用意している。読者は、メキシコ湾を漂流していた無人のヨットから「発見」された航海日誌、つまりは本編を読…

「静かなる天使の叫び」R・J・エロリー

ミステリとしてよりも、文学的な味わい方を求める作品で、苦労人らしい著者の人生経験と創作に懸ける意気込みが伝わってくる。 物語は、第二次大戦前夜の米国ジョージア州の田舎町に住む少年ジョゼフの一人称で進み、その後三十年にもわたって続くこととなる…

「冬の裁き」スチュアート・カミンスキー

カミンスキー熟練の筆が堪能できる渋い警察小説。既に孫もいる老刑事エイブ・リーバーマンを主人公とするが、相棒となる刑事ハンラハンも重要な位置を占める。人生の黄昏時を迎えた刑事二人を狂言回し役に、罪を犯す者たちを見つめた〝人間ドラマ〟といった…

「クレムリン 戦慄の五日間」

1979年発表のスリラー。話題作ではないものの奇抜な着想を盛り込んだストーリーの面白さで読ませる。捻りのない翻訳タイトルで損をしているが、原題は「ソールト・マイン」で岩塩坑を意味し、作中では反政府グループのコードネームとなる。旧ソ連時代、クレ…

「ダブル・イメージ」デイヴィッド・マレル

マレル1998年発表作。出だしこそ典型的なスリラーだが、プロットに大きな捻りを加えている。実質二部構成で、前半終了時に大きな山場を迎えたあと、本作の隠されたテーマ「ストーキング」の恐さが前面に出る。数々の戦場写真により著名となったフォトジャー…

「サマータイム・ブルース」サラ・パレツキー

スー・グラフトンのキンジー・ミルホーンシリーズとともに〝女〟私立探偵小説に一時代を築いたパレツキーのV.I.ウォーショースキーの登場は、当時かなり刺激的で話題になった。当然それまでにも女性探偵がいないわけではなかったが、真っ正面からハードボ…

「テロリストの荒野」ジェラルド・シーモア

シーモア1985年発表の第8作で、北アイルランドを舞台にテロリストの苦悩を描く。 一線から退いていたIRA暫定派の工作員マクナリーは、上層部の命令によりベルファストでテロを実行し、英国の判事らを殺害する。治安部隊によって間もなく逮捕されるが、まだ…

「赤毛のストレーガ」アンドリュー・ヴァクス

〝アウトロー探偵〟バークシリーズ第2弾で、この後上梓した「ブルー・ベル」が日本でも大きな反響を呼んだ。幼児虐待をテーマに暗黒街の〝必殺仕事人〟らが活躍するという設定は斬新で、特に第1作「フラッド」は躍動感に溢れていた。特異な世界観で新たな…

「シカゴ・ブルース」フレドリック・ブラウン

1947年発表のフレドリック・ブラウンの処女作。主人公は、十代の若者エド・ハンターで、以降シリーズとして書き継がれた。シカゴの裏町で父親を殺されたエドが、伯父の協力を経て犯人捜しをする物語だが、プロットや謎解きに特筆すべき点はない。後にミステ…

「悪魔の収穫祭」トマス・トライオン

1973年発表のモダンホラー。タイトルにあるような〝悪魔〟が登場する超常現象を扱うのではなく、土着信仰の残る未開の村に移住した家族の恐怖体験を中心に描いていく。上下巻の長い小説だが、悪夢のような出来事が発生するのは終盤のみで、大半は独自のしき…

「深夜プラス1」ギャビン・ライアル

冒頭の1ページからラスト1行まで痺れる小説など滅多にあるものではない。冒険小説の名作として散々語り継がれてきた「深夜プラス1」だが、読者が年齢を重ねる程に味わい方も深くなる大人のためのエンターテイメント小説であり、陶酔感でいえば当代随一で…

「地底のエルドラド」ウィルバー・スミス

骨太な冒険小説で人気のウィルバー・スミス1970年発表作。南アフリカの金鉱山を舞台に、地底のエルドラド(黄金郷)を巡る男たちの熱い闘いを描く。主人公は鉱山の現場監督を任されている野心に溢れたロッド。部下からの信頼も厚く次期所長として有望株だっ…

「拳銃猿」ヴィクター・ギシュラー

スピード感に溢れるクライム・ノベル。ギャング組織の殺し屋集団に所属する男が抗争に巻き込まれ、ボスや仲間を守るために孤軍奮闘する。オフビートな展開でテンポ良く読ませるのだが、勢いのまま突っ走るため構成は荒い。その大味なところが本作の魅力でも…

「砂漠のサバイバル・ゲーム」ブライアン・ガーフィールド

才人ブライアン・ガーフィールドの1979年発表作。アリゾナの砂漠に、全裸で放り出された男女四人によるサバイバルを描く。その過酷な状況を招いた要因とは、殺人の罪に問われたネイティブアメリカンの男を、精神科の専門医四人の鑑定/証言によって精神病院…

「トラブルはわが影法師」ロス・マクドナルド

ロス・マクドナルド1946年発表の第2作。リュウ・アーチャー初登場の「動く標的」までの初期4作は、いわば習作的な扱いを受けて注目されることも少ないが、当然ロス・マクファンとしては無視することはできない。本作は、いわゆる〝巻き込まれ型〟スパイ小…

「ザ・カルテル」ドン・ウィンズロウ

本を持つ手が真っ赤に染まっていく錯覚に陥るほどの膨大な量の血が流れる。延々と繰り返される殺戮と虐殺。ウィンズロウは、いつ、どこで、誰が何人殺されたと丹念に書く。死者を積み重ね、カウントする。なぜ省くことなく、記録するのか。不毛の大地。対抗…

「ブラック・サンデー」トマス・ハリス

トマス・ハリス1975年デビュー作。以降は長期的にヒットしたサイコ・サスペンスのみ散発的に発表しているが、確実に売上の見込める〝ハンニバル・シリーズ〟に固執していることに拝金主義を感じてしまう。少なくとも「ブラック・サンデー」には、エンターテ…

「別れのキス」ジョン・ラッツ

1988年発表の私立探偵フレッド・カーヴァーシリーズ第三作、PWA最優秀長編賞受賞。カーヴァーは元警官で、足に銃弾を受けたのち、常に杖が手放せない障害者となっている。いわゆる〝ネオハードボイルド〟では、さまざまな障害やトラウマを持つ主人公が登場し…

「罠にかけられた男」ブライアン・フリーマントル

フリーマントルが小説巧者ぶりを発揮する1980年発表のチャーリー・マフィンシリーズ第4弾。希少なロシア皇帝の切手を餌に、狂的収集家のマフィアの首領を嵌める計画がFBIによって練られる。故意に盗ませて逮捕する目論みだったが、英国の保険会社への事前通…

「ウッドストック行最終バス」コリン・デクスター

幅広いミステリのジャンルの中でも「本格」と呼ばれる分野に、それ程の興味は無い。といっても、私がミステリ愛好家となったきっかけは、多分に漏れずエラリイ・クイーン「Yの悲劇」の絢爛たるロジックの世界に文字通り感動したからなのだが。要は物語とし…

「雪の狼」グレン・ミード

凍てついたロシアの墓地から始まる静謐なプロローグ。アメリカ人の男が40数年前にこの地で死んだ父親の〝二度目〟となる葬儀を見詰める。1953年の冷戦期、米国政府による極秘作戦。おぼろな回想が挿入され、未だその全容が解き明かされていないことが示され…

「Mr.クイン」シェイマス・スミス

第ニ作「わが名はレッド」もかなり強烈な内容だったが、シェイマスのデビュー作は過激さにおいて飛び抜けている。犯罪プランナーという一応の肩書が付いてはいるが、無辜のターゲットに対する主人公クインの非道ぶりは異常者と大差無く、己の悪魔的頭脳を駆…

「蒸発した男」マイ・シューヴァル/ペール・ヴァールー

1966年発表のマルティン・ベックシリーズ第二弾。スウェーデン社会の変遷を描いた警察小説の古典として高い評価を得ている全十部作だが、初期作品は極めて地味な捜査活動を描くことに終始している。 著名なスウェーデン人ジャーナリストがハンガリーで行方不…

「フランクリンを盗め」フランク・フロスト

何度か挫折しかけ、途中で放り出すつもりだった。冒頭から既に破綻しかけている物語が、絶望的につまらないからだ。だが、駄作であれば何が駄目なのか、それを明確にするつもりで我慢して読み進める。終盤まで辿り着いたところで、ようやく合点がいく。この…

「影たちの叫び」エド・ゴーマン

私立探偵ジャック・ドゥワイアを主人公とする1990年発表作。このシリーズは本作のみ翻訳されており、ゴーマンの他の作品も僅かな紹介しかなされていない。アメリカ社会の底辺に生きるホームレスが絡む犯罪を描くプロットは、シンプルで地味な印象。だが、凍…

「ネオン・タフ」トニー・ケンリック

中国返還前の香港を舞台に、麻薬密売組織摘発に動くDEAエージェント/ ヒュー・デッカーの型破りな活躍を描いたトニー・ケンリック1989年発表作。本作を最後に翻訳は途絶え、才人ケンリック自身の創作活動も休止しているようなので残念だ。ミステリにスラッ…

「ブリザードの死闘」ボブ・ラングレー

粗削りながら良くも悪くもラングレーならではの魅力に満ち溢れる1988年発表作。イングランドとアルゼンチンのフォークランド紛争(1982年)に端を発する確執を背景に、真冬のスコットランド沿岸部で密命を帯びたアルゼンチン特殊工作班の任務遂行を描く。 紛…

「悪意の波紋」エルヴェ・コメール

フランス・ミステリ再評価の気運を更に後押しする秀作。絵画強盗にまつわる犯罪が40年の時を経て予想外の様相を呈していくさまを、ドラスティック且つアイロニカルに描く。 語り手は二人。一人は、過去に「大仕事」をした以外は、しがないギャングとして半生…

「ヘルバウンド・ハート」クライブ・バーカー

80年代後半から「モダンホラー」ブームが席巻していた頃、クーンツやマキャモンと並んで一躍時代の寵児となったのが英国の作家クライブ・バーカーだった。中でもデビュー作となる「血の本シリーズ」は、スプラッター映画の影響が顕著な残虐描写を大胆に盛り…

「暗殺者の正義」マーク・グリーニー

どうやらグリーニーは、私には合わないようだ。本作の解説で批評家・北上次郎がいつものように初っ端から興奮して「すごい」を連発し、さらに終盤の190ページにわたる戦闘シーンを褒めちぎっているのだが、まさにそこからが退屈極まりないのである。単に銃器…

「異界への扉」F・ポール・ウィルスン

始末屋ジャック〝復活〟シリーズ第2弾。ウィルスンの集大成にして娯楽小説の傑作「ナイトワールド」で幕を閉じた光と闇の闘い〝アドヴァーサリ・サイクル〟の一環。第1弾の「神と悪魔の遺産」では、始末屋としての本来の仕事を描いてホラー色を排していたが…

「倫敦から来た男」ジョルジュ・シムノン

1934年発表作で、当時まだ30歳前後であった シムノンがドストエフスキーの強い影響下にあった時期の創作とされるが、その筆致が既に熟成していることに驚く。一介の市民に過ぎなかった男が、「魔が差す」瞬間を経て犯罪に手を染め、「罪と罰」を想起させる破…

「フランキー・マシーンの冬」ドン・ウィンズロウ

畢生の大作「犬の力」の後に上梓された本作は、イタリアン・マフィアの熾烈な血の抗争を主題に、またしても分厚い物語を構築している。凄まじい緊張感を強いる「…力」に比べ、ウィンズロウの本質により近いファルスのムードが前面に出ており、多少の粗はある…

「KGBから来た男」デイヴィッド・ダフィ

極論を述べれば、小説には二通りしかない。面白いか、面白くないか。あくまでも個人的な評価だが、本作は後者であり、しかも「圧倒的」にという形容詞も付け加えたい。 それほど長い分量ではなく、決して文章(無論、翻訳文だが)が下手な訳でも無い。だが、…

「ファイナル・ターゲット」トム・ウッド

白熱したアクションの連続でスパイ/冒険小説ファンを熱狂させた「パーフェクト・ハンター」に続く暗殺者ヴィクターシリーズ第2弾。目紛るしい活劇を終始展開した前作より、ややテンションは抑え気味だが、その分プロットを充実させている。といっても臨場…

「約束の道」ワイリー・キャッシュ

ひとつの物語を読み終えて、登場人物たちのその後の人生に思いを馳せることは、実は意外と少ない。主人公の男が娘に宛てたメッセージで完結する本作は、決して湧き上がるような感動をもたらすものではないが、親と子の絆の深さがしんみりと染み通り、彼/彼…

「自転車に乗った警視」ティモシー・ウィリアムズ

イギリス人作家がイタリアの地方都市を舞台に描く警察小説。主人公は公安警察警視トロッティ。1978年、モ—ロ元首相が極左テロリストグループ「赤い旅団」に誘拐(後に殺害)されるという不穏な時代を背景にしつつも、地方色豊かなローカル・ミステリとして味…

「死神を葬れ」ジョシュ・バゼル

ニューヨークの病院を舞台に、元マフィアの殺し屋で現・研修医というピーター・ブラウンの多忙な一日を描くクライム・サスペンス。邦題にあるような「死神」が登場する訳ではないが、シニカルな主人公の行動を軽快なタッチで描き、スピード感に溢れる。交互…

「ピルグリム」テリー・ヘイズ

近年のスパイ/冒険小説の衰退に憤りを感じていたファンの渇きを一気に癒やす紛れも無き傑作。三分冊の大長編にも関わらず、中弛みや無駄なエピソードの類は一切無く、凄まじいテンションを保ったまま終盤まで疾走する。散りばめられた枝葉が最終的には全て…

「モルディダ・マン」ロス・トーマス

ロス・トーマス1981年発表作。好きな作家にエルモア・レナードを挙げているが、刺激的なプロットよりも人物描写や会話などに熟成の「味を出す」作風が確かに似通っている。ストレートなミステリだけでは飽き足らず、滋味豊かな大人の娯楽小説を楽しみたいと…

「カーラのゲーム」ゴードン・スティーヴンズ

重い読後感を残す秀作「テロルの嵐」に次いで翻訳されたスティーヴンズ1996年発表作。本作でもテロリストによるハイジャックをクライマックスで展開、「…嵐」でも主題としていた人種/宗教/国家間の対立による不毛な争いによって無辜の人々が犠牲となってい…

「裏切りの街」ポール・ケイン

1933年発表のポール・ケイン唯一の長編。ハードボイルドの隠れた名作であり、古典であるばかりでなく、犯罪小説としてもノワールの先駆としても重要な作品である。冷徹でタフな主人公の格好良さ、複数の犯罪組織と腐敗した市政を内部からぶち壊していく骨太…

「暗い森」アーロン・エルキンズ

“スケルトン探偵”の異名を持つ形質人類学者ギデオン・オリヴァーを主人公とする第二作。このシリーズは日本でも好評だったようで、その多くが翻訳されている。本作が私のアロキンズ初体験となるが、正直期待はずれだった。登場人物らの軽妙なやりとりなどか…

「ペット・セマタリー」スティーヴン・キング

読者は、誰もが自問したことだろう。もし、主人公と同じ極限的な悲劇に見舞われ、そこから逃れられるすべがたったひとつ残されているとすれば、それを選択するか否か。例え、倫理観に背こうと、非人間性を咎められようと、或る瞬間を「無かった」ことにする…

「白の迷路」ジェイムズ・トンプソン

ジェイムズ・トンプソンの地鳴りのような怒りに打ち震える2012年発表のカリ・ヴァーラシリーズ第三作。ノワールという小説の枠を突き破り、フィンランド黒書ともいうべき苛烈な批判の書として、更なる深化を遂げている。 「物語の先に」と題されたトンプソン…

「悲しみのイレーヌ」ピエール・ルメートル

やはりルメートルは只者ではない。カミーユ・ヴェルーヴェン警部を主人公とする2006年発表の第1作。近年稀な大ベストセラーとなった傑作「その女アレックス」でも触れられているカミーユの妻イレーヌの残酷で悲劇的な顛末が明らかとなるのだが、出版事情が…