海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「裏切りのネットワーク」ショーン・フラナリー

1983年発表、スパイスリラーの秀作。核兵器「誕生」以後の世界で暗躍する国際組織「ネットワーク」の謀略を扱っているのだが、その歪んだ動機が独自性に富みユニークだ。仮に人類が絶滅を迎えようとした時、資本主義社会で最も「損害」を被る集団とは何か。…

「コールド・ファイア」ディーン・R・クーンツ

クーンツは自覚的に娯楽小説を書く。指南書「ベストセラーの書き方」で述べた創作術を自ら忠実に実践し、読者がエンターテインメントに求める要素を過不足無く盛り込む。構成や人物設定などはSF/ホラーの王道を行くもので安定感はあるのだが、クーンツ熟…

「ドライヴ」ジェイムズ・サリス

デンマーク出身のニコラス・ウィンディング・レフン監督作品「Drive」(2011年)の原作。映画については〝門外〟であり、既に多くの評価がなされているため、私自身が敢えて付け加えることもないのだが、静と動の対比、日常の中で突如噴出する暴力の異常性、…

「逃げる殺し屋」トマス・ペリー

殺し屋を主人公とするミステリは掃いて捨てるほどあり、生業としての新鮮味は無い。プロットや人物造形など、相当知恵を絞らなければ「いつかどこかで読んだ話」として片付けられてしまう。逆に先行作品との違いを出さなければならないため、作家にとっては…

「傷だらけのカミーユ」ピエール・ルメートル

現代ミステリにおいて先鋭的な作品を上梓する作家の筆頭に挙げられるのは、ピエール・ルメートルだろう。怒濤の勢いで北欧の作家らが席巻する中、フランス・ミステリがいまだに前衛としての位置を失っていないことを、たった一人で証明してみせた。無論、か…

「熱砂の絆」グレン・ミード

グレン・ミードが傑作「雪の狼」に続き発表した第三作。ボルテージは前作より下がるが、史実を巧みに織り交ぜて構築した物語はスピード感と臨場感に満ちる。時代背景は異なるものの、基本的な人物設定や構成などは「雪の狼」と大きな違いは無い。現代にプロ…

「市民ヴィンス」ジェス・ウォルター

2005年発表のMWA最優秀長篇賞受賞作。プロットは至ってシンプルで、強引に要約すれば、しがない犯罪者という以外は「何者でもない」生活を送ってきた一人の男が、人生の岐路に立ち、それまでとは違う選択をして再び歩み始めるというだけの話だ。タイトルには…

「プラムアイランド」ネルソン・デミル

デミル版ヒーロー小説。NY市警のジョン・コーリーを主人公とし、以後シリーズ化されている。渾身の力作「誓約」を書き上げて以降、肩の力を抜いた娯楽作品を発表し続けているデミルだが、本作では冒険小説の要素を取り入れ、緻密な構成よりも怪しげな人物…

「冷えきった週末」ヒラリー・ウォー

当たり前だが、警察のリアルな捜査活動を知りたければ、ノンフィクションを読めばいい。ミステリに求めるのは本物らしさであって、物語としてのエンターテイメント性が失われたら元も子もない。警察小説の基礎を築いた重鎮としてウォーは再評価されているが…

「誓約」ネルソン・デミル

打ち震える程の感動の中でラストシーンを読み終える。「この小説を書きたかった」と感慨を述べたネルソン・デミル、その積年の想いが伝わる渾身の大作である。本作を書き終えた瞬間の充足感は相当なものだったろう。1985年発表の「誓約」は、1968年3月のソ…

「長く冷たい秋」サム・リーヴズ

ロバート・B・パーカーが褒めていると知り嫌な予感がしていたのだが、物語に起伏のない凡作だった。「ハメットの初期の作品のように鮮烈で力強い」というパーカー評が、どこをどう読んだ上での感想なのか見当もつかないが、単に長いだけで深みがない。延々と…

「将軍の娘」ネルソン・デミル

巧い作家だ。プロフェッショナルと呼ばれるためには、ネルソン・デミル並みの力量を持たねばならないのだろう。米国陸軍基地内で将軍の娘が殺された事件を巡るメインプロットはストレートなミステリなのだが、舞台背景も含めてテーマの掘り下げが広く深い。…

「凶弾」トム・ギャベイ

トム・ギャベイ2006年発表の処女作。話題にはならなかったが、スパイ・スリラーの力作である。1963年6月。冷戦真っ只の中、第35代アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディの西ベルリン訪問が予定されていた。だが、熱狂的聴衆を前にした演説時を狙った狙撃…

「私が愛したリボルバー」ジャネット・イヴァノヴィッチ

実は本作について語ることはあまりない。躍動感溢れる女性バウンティ・ハンター(賞金稼ぎ)の活躍を気軽に楽しめばよく、「重い小説」を読んだ後のブレイクにぴったりだ。負けん気が強く猪突猛進型、仕事も恋愛もひたむきだが、もろく傷つきやすいという等…

「眠れる美女」ロス・マクドナルド

1973年発表リュウ・アーチャーシリーズ第17作。錯綜する謎は終盤に向かうほど乱れ縺れていく。ラストシーンで暗鬱なる真相へと辿り着いたアーチャーは、ひとときの安らぎの中で眠る娘の額に口付ける。美しくも哀しい、心に残る幕引き。ミステリ史に残る傑作…

「解錠師」スティーヴ・ハミルトン

評判が良いのも納得のミステリで、スティーヴ・ハミルトンの才気を感じる秀作。或る事件から失語症となった少年が、図らずも金庫破りとして犯罪グループの一員となり、さまざまな経験を通して大人へと成長していくさまを鮮やかに描き出している。内的な台詞…

「愚者が出てくる、城寨が見える」ジャン=パトリック・マンシェット

裏社会の闇で身悶える者どもの情動を切り詰めた文体でクールに描き切るロマン・ノワールの雄マンシェット1972年発表作。マンシェットは推敲を重ねる完全主義者の面もあったらしく、作品数も限られている。単に冗長なだけの小説にはない張り詰めた緊張感がみ…

「裁くのは俺だ」ミッキー・スピレイン

1947年発表、ミッキー・スピレインの処女作にして、以降ハードボイルド談議の場では必ず遡上に載せられることとなる、或る意味記念碑的問題作。一読後、妙に感心したのはスピレインが必死になって謎解きを押さえたミステリを創作しようと苦心していることだ…

「法王の身代金」ジョン・クリアリー

1979年発表作でスリラーの王道ともいうべき作品。重要な章の末文で一気に物語が変転する構成で、未曽有の犯罪に手を染めた者どもを襲う危機をテンポ良く描いていく。メインプロットは、資金源としてヴァチカンの財宝を狙ったIRAのシンパとプロの犯罪者らが、…

「二流小説家」デイヴィッド・ゴードン

ミステリへの愛に溢れた秀作で、ゴードンの才気溢れる筆致が堪能できる。売れない小説家ハリーを主人公に一攫千金のチャンスを掴みながらも、一筋縄ではいかない壁をどう乗り越えるかという展開がとにかく読ませる。メインプロットとは直接関係ないものの、…

「ボストン、沈黙の街」ウィリアム・ランデイ

練られたプロットで、結末の衝撃性も高い。片田舎の警察署長の座を父親から継いだ若者ベンを主人公とする一種の教養(成長)小説でもあるのだが、ランディは大胆な捻りを加えており、章を追うごとにベンの凡庸性が修整されていく展開は見事だ。一人称のスタ…

「バイオレント・サタデー」ロバート・ラドラム

ラドラム畢生の傑作「暗殺者」を読み終えた時の感動は忘れられない。綿密に練り上げた謀略を主軸に、記憶を失った男のアイデンティティを巡るストーリーは、娯楽小説の到達点ともいうべき作品だった。当然の事、大きな反響を呼んで80年代に多くの作品が翻訳…

「血の極点」ジェイムズ・トンプソン

圧倒的な疾走感で冒頭の1行から息つく暇もない。全てが突き抜けている。本作は第3作「白の迷路」の後日譚であり、限界まで追い詰められた男が己の家族と仲間を守るために私的な闘いをひたすら繰り広げるだけの話だ。凄まじい勢いで燃焼する男の情動を濃密…

「ゲルマニア」ハラルト・ギルバース

評判が良く期待して読んだが、序盤からかなりもたつく。まず、文章が淡白なことが最大の欠点だろう。読み進んでも、登場人物らの顔が浮かんでこず、全体的に造形が浅いと感じた。物語の舞台となるのは、ノルマンディー上陸作戦の直前、敗色濃い第二次大戦末…

「スマイリーと仲間たち」ジョン・ル・カレ

スマイリー三部作完結編で、旧ソ連の宿敵〝カーラ〟との最終的決着までを描く。重厚な筆致は更に磨きが掛けられており、ル・カレ独自の世界がゆっくりと始動する。前作の漠然とした分かりにくさは消え、より引き締まった構成ではあるが、集中力を欠くと挫折…

「警鐘」リー・チャイルド

第1作があまりに完璧過ぎるため、後に続く作品が物足りなく感じるシリーズは、さほど珍しくない。読者に好評であれば、当然出版社は同じ主人公による継続を求め、著者は期待に沿うべく書き続けるのだが、エンターテイメント性を高めようとして、逆に失敗す…

「フォックス家の殺人」エラリイ・クイーン

「僕は満足していません」12年以上前に妻殺しの罪で終身刑となった男。その無罪立証のために再調査の依頼を受けたエラリイ・クイーンが、事件当日の状況を再現した後に吐く台詞だ。あらゆる事実が状況証拠の裏付けをし、男の犯行であることを、あらためて示…

「隣の家の少女」ジャック・ケッチャム

これまで少なからずの小説を読んできたが、この作品以上に嫌悪感を覚えたフィクションはなかった。とはいえ、著者の筆力は大したもので、非道の行為を延々と単純に描いただけのストーリーを最後まで読ませる力量は認めざるを得ない。が、同時に相当の忍耐を…

「ランターン組織綱」テッド・オールビュリー

1978年発表作。派手さはないが、戦争によって引き裂かれた一家族の悲劇を描いた佳作。愛する者のために自ら犠牲となる、その覚悟は凄まじくも悲哀に満ちている。 英国警視庁公安部のベイリーはスパイ容疑のかかった男、ウォルターズの自宅を訪問する。確証も…

「ドライ・ボーンズ」トム・ボウマン

私立探偵をヒーローに据えたハードボイルド小説が減ってきている。或いは「売れない」ためなのか翻訳されない。本作の解説で、評論家・霜月蒼が言及している通り、生業ばかりでなく、その舞台も都市部から地方都市へ、さらには厳しい環境の辺境の地へと移っ…