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海外ミステリ・レビュー

……新旧の海外ミステリを中心に

「ウッドストック行最終バス」コリン・デクスター

幅広いミステリのジャンルの中でも「本格」と呼ばれる分野に、それ程の興味は無い。といっても、私がミステリ愛好家となったきっかけは、多分に漏れずエラリイ・クイーン「Yの悲劇」の絢爛たるロジックの世界に文字通り感動したからなのだが。要は物語とし…

「雪の狼」グレン・ミード

凍てついたロシアの墓地から始まる静謐なプロローグ。アメリカ人の男が40数年前にこの地で死んだ父親の〝二度目〟となる葬儀を見詰める。1953年の冷戦期、米国政府による極秘作戦。おぼろな回想が挿入され、未だその全容が解き明かされていないことが示され…

「Mr.クイン」シェイマス・スミス

第ニ作「わが名はレッド」もかなり強烈な内容だったが、シェイマスのデビュー作は過激さにおいて飛び抜けている。犯罪プランナーという一応の肩書が付いてはいるが、無辜のターゲットに対する主人公クインの非道ぶりは異常者と大差無く、己の悪魔的頭脳を駆…

「蒸発した男」マイ・シューヴァル/ペール・ヴァールー

1966年発表のマルティン・ベックシリーズ第二弾。スウェーデン社会の変遷を描いた警察小説の古典として高い評価を得ている全十部作だが、初期作品は極めて地味な捜査活動を描くことに終始している。 著名なスウェーデン人ジャーナリストがハンガリーで行方不…

「フランクリンを盗め」フランク・フロスト

何度か挫折しかけ、途中で放り出すつもりだった。冒頭から既に破綻しかけている物語が、絶望的につまらないからだ。だが、駄作であれば何が駄目なのか、それを明確にするつもりで我慢して読み進める。終盤まで辿り着いたところで、ようやく合点がいく。この…

「影たちの叫び」エド・ゴーマン

私立探偵ジャック・ドゥワイアを主人公とする1990年発表作。このシリーズは本作のみ翻訳されており、ゴーマンの他の作品も僅かな紹介しかなされていない。アメリカ社会の底辺に生きるホームレスが絡む犯罪を描くプロットは、シンプルで地味な印象。だが、凍…

「ネオン・タフ」トニー・ケンリック

中国返還前の香港を舞台に、麻薬密売組織摘発に動くDEAエージェント/ ヒュー・デッカーの型破りな活躍を描いたトニー・ケンリック1989年発表作。本作を最後に翻訳は途絶え、才人ケンリック自身の創作活動も休止しているようなので残念だ。ミステリにスラッ…

「ブリザードの死闘」ボブ・ラングレー

粗削りながら良くも悪くもラングレーならではの魅力に満ち溢れる1988年発表作。イングランドとアルゼンチンのフォークランド紛争(1982年)に端を発する確執を背景に、真冬のスコットランド沿岸部で密命を帯びたアルゼンチン特殊工作班の任務遂行を描く。 紛…

「悪意の波紋」エルヴェ・コメール

フランス・ミステリ再評価の気運を更に後押しする秀作。絵画強盗にまつわる犯罪が40年の時を経て予想外の様相を呈していくさまを、ドラスティック且つアイロニカルに描く。 語り手は二人。一人は、過去に「大仕事」をした以外は、しがないギャングとして半生…

「ヘルバウンド・ハート」クライブ・バーカー

80年代後半から「モダンホラー」ブームが席巻していた頃、クーンツやマキャモンと並んで一躍時代の寵児となったのが英国の作家クライブ・バーカーだった。中でもデビュー作となる「血の本シリーズ」は、スプラッター映画の影響が顕著な残虐描写を大胆に盛り…

「暗殺者の正義」マーク・グリーニー

どうやらグリーニーは、私には合わないようだ。本作の解説で批評家・北上次郎がいつものように初っ端から興奮して「すごい」を連発し、さらに終盤の190ページにわたる戦闘シーンを褒めちぎっているのだが、まさにそこからが退屈極まりないのである。単に銃器…

「異界への扉」F・ポール・ウィルスン

始末屋ジャック〝復活〟シリーズ第2弾。ウィルスンの集大成にして娯楽小説の傑作「ナイトワールド」で幕を閉じた光と闇の闘い〝アドヴァーサリ・サイクル〟の一環。第1弾の「神と悪魔の遺産」では、始末屋としての本来の仕事を描いてホラー色を排していたが…

「倫敦から来た男」ジョルジュ・シムノン

1934年発表作で、当時まだ30歳前後であった シムノンがドストエフスキーの強い影響下にあった時期の創作とされるが、その筆致が既に熟成していることに驚く。一介の市民に過ぎなかった男が、「魔が差す」瞬間を経て犯罪に手を染め、「罪と罰」を想起させる破…

「フランキー・マシーンの冬」ドン・ウィンズロウ

畢生の大作「犬の力」の後に上梓された本作は、イタリアン・マフィアの熾烈な血の抗争を主題に、またしても分厚い物語を構築している。凄まじい緊張感を強いる「…力」に比べ、ウィンズロウの本質により近いファルスのムードが前面に出ており、多少の粗はある…

「KGBから来た男」デイヴィッド・ダフィ

極論を述べれば、小説には二通りしかない。面白いか、面白くないか。あくまでも個人的な評価だが、本作は後者であり、しかも「圧倒的」にという形容詞も付け加えたい。 それほど長い分量ではなく、決して文章(無論、翻訳文だが)が下手な訳でも無い。だが、…

「ファイナル・ターゲット」トム・ウッド

白熱したアクションの連続でスパイ/冒険小説ファンを熱狂させた「パーフェクト・ハンター」に続く暗殺者ヴィクターシリーズ第2弾。目紛るしい活劇を終始展開した前作より、ややテンションは抑え気味だが、その分プロットを充実させている。といっても臨場…

「約束の道」ワイリー・キャッシュ

ひとつの物語を読み終えて、登場人物たちのその後の人生に思いを馳せることは、実は意外と少ない。主人公の男が娘に宛てたメッセージで完結する本作は、決して湧き上がるような感動をもたらすものではないが、親と子の絆の深さがしんみりと染み通り、彼/彼…

「自転車に乗った警視」ティモシー・ウィリアムズ

イギリス人作家がイタリアの地方都市を舞台に描く警察小説。主人公は公安警察警視トロッティ。1978年、モ—ロ元首相が極左テロリストグループ「赤い旅団」に誘拐(後に殺害)されるという不穏な時代を背景にしつつも、地方色豊かなローカル・ミステリとして味…

「死神を葬れ」ジョシュ・バゼル

ニューヨークの病院を舞台に、元マフィアの殺し屋で現・研修医というピーター・ブラウンの多忙な一日を描くクライム・サスペンス。邦題にあるような「死神」が登場する訳ではないが、シニカルな主人公の行動を軽快なタッチで描き、スピード感に溢れる。交互…

「ピルグリム」テリー・ヘイズ

近年のスパイ/冒険小説の衰退に憤りを感じていたファンの渇きを一気に癒やす紛れも無き傑作。三分冊の大長編にも関わらず、中弛みや無駄なエピソードの類は一切無く、凄まじいテンションを保ったまま終盤まで疾走する。散りばめられた枝葉が最終的には全て…

「モルディダ・マン」ロス・トーマス

ロス・トーマス1981年発表作。好きな作家にエルモア・レナードを挙げているが、刺激的なプロットよりも人物描写や会話などに熟成の「味を出す」作風が確かに似通っている。ストレートなミステリだけでは飽き足らず、滋味豊かな大人の娯楽小説を楽しみたいと…

「カーラのゲーム」ゴードン・スティーヴンズ

重い読後感を残す秀作「テロルの嵐」に次いで翻訳されたスティーヴンズ1996年発表作。本作でもテロリストによるハイジャックをクライマックスで展開、「…嵐」でも主題としていた人種/宗教/国家間の対立による不毛な争いによって無辜の人々が犠牲となってい…

「裏切りの街」ポール・ケイン

1933年発表のポール・ケイン唯一の長編。ハードボイルドの隠れた名作であり、古典であるばかりでなく、犯罪小説としてもノワールの先駆としても重要な作品である。冷徹でタフな主人公の格好良さ、複数の犯罪組織と腐敗した市政を内部からぶち壊していく骨太…

「暗い森」アーロン・エルキンズ

“スケルトン探偵”の異名を持つ形質人類学者ギデオン・オリヴァーを主人公とする第二作。このシリーズは日本でも好評だったようで、その多くが翻訳されている。本作が私のアロキンズ初体験となるが、正直期待はずれだった。登場人物らの軽妙なやりとりなどか…

「ペット・セマタリー」スティーヴン・キング

読者は、誰もが自問したことだろう。もし、主人公と同じ極限的な悲劇に見舞われ、そこから逃れられるすべがたったひとつ残されているとすれば、それを選択するか否か。例え、倫理観に背こうと、非人間性を咎められようと、或る瞬間を「無かった」ことにする…

「白の迷路」ジェイムズ・トンプソン

ジェイムズ・トンプソンの地鳴りのような怒りに打ち震える2012年発表のカリ・ヴァーラシリーズ第三作。ノワールという小説の枠を突き破り、フィンランド黒書ともいうべき苛烈な批判の書として、更なる深化を遂げている。 「物語の先に」と題されたトンプソン…

「悲しみのイレーヌ」ピエール・ルメートル

やはりルメートルは只者ではない。カミーユ・ヴェルーヴェン警部を主人公とする2006年発表の第1作。近年稀な大ベストセラーとなった傑作「その女アレックス」でも触れられているカミーユの妻イレーヌの残酷で悲劇的な顛末が明らかとなるのだが、出版事情が…

「レッド・スパロー」ジェイソン・マシューズ

元CIA局員による2013年発表のスパイ小説。〝モグラ狩り〟を主軸にアメリカとロシアで展開する現代の諜報戦を描く。旧ソ連圏の東欧や中東諸国などで情報収集とリクルートに関わったという著者の経験が生かされ、冷戦以後の潜入スパイの様子を知ることが出来る…

「ブラック・ハート」マイクル・コナリー

ハリー・ボッシュシリーズ第3作。前作までの荒々しさが消え、プロットはより練り込まれ、洗練されている。三人称でありながら主人公に視点をしっかりと据え、その行動を通してしか物語が進行しない。このシリーズがハードボイルドたる所以の一つであり、ミ…

「友よ、戦いの果てに」ジェイムズ・クラムリー

唖然とするほどの駄作である。 クラムリーの「不幸」とは、初期作品で過分な評価を受け、一気に神格化されてしまったことにある。ハードボイルド小説としては異端のはずのクラムリーが正統派として売り出されるほどに、出版界はチャンドラーの後継者探しに躍…

「致命傷」スティーヴン・グリーンリーフ

1979年発表の私立探偵ジョン・マーシャル・タナーシリーズ第1作。実直で正義感に溢れる男のストレートなハードボイルドとして、安定した実力と高い人気を誇る。初登場となる本作では、消費者運動の指導者としてヒーローとなったローランドの家族を巡る20年越…

「偽りの楽園」トム・ロブ・スミス

敢えて「結論」から述べれば、実験的な構成が裏目に出た凡作である。 傑作レオ・デミドフシリーズの超ド級スリラー路線に一旦区切りを付けたトム・ロブ・スミスが新境地を開いたと評される最新作であり、いやが上にも期待は高まったのだが、中盤まで読み進め…

「ストレートタイム」エドワード・バンカー

元犯罪者バンカーが服役中に執筆し、出版後は高い評価を得たという曰くつきのクライムノベル。 自らの過去を基にしていることもあり、仮釈放から再び犯罪に手を染めるまでをリアリティ溢れる展開で読ませるが、やや気負い過ぎてテンポが失われているのが残念…

「スティンガー」ロバート・R・マキャモン

発表時、キングやクーンツを継ぐ「第三の男」と呼ばれたマキャモンによるSF+モダンホラー。異星人の乗った宇宙船がアメリカの片田舎に相次いで飛来する。一体は、逃亡を図った囚人。もう一方は、賞金稼ぎのハンター。この二体のエイリアンの出現によって、…

「わが名はレッド」シェイマス・スミス

何とも陰惨なストーリーだ。主人公レッド・ドックはアイルランドの孤児院で育つが、過酷な状況下で双子のショーンは死亡。レッドは二人を無残にも見捨て陥れた者たちに対して報復を誓う。やがて犯罪組織のブレーンにまで上り詰めていくレッド。その間にも着…

「死体置場で会おう」ロス・マクドナルド

1953年発表の第9作。執行猶予中の犯罪者を監督する地方監察官ハワード・クロスを主人公とする。前に「象牙色の嘲笑」、後に「犠牲者は誰だ」とアーチャーシリーズに挟まれたこの作品は、ロス・マクが今後の方向性を模索していた時期にあたる。クロスは体制側…

「武器の道」エリック・アンブラー

次作の「真昼の翳」でもそうなのだが、導入部ではシリアスなスパイ・スリラーと見せ掛けつつ、〝曲者〟作家アンブラ―はストレートな展開をとらずに読者を翻弄する。1959年発表でCWA賞も受賞した本作は、革命家が暗躍するインドネシアを舞台に武器密輸を題材…

「恐怖工作班」フレデリック・ダール

私がまだミステリ初心者であった頃、題名にひかれて読んだ一冊が、フレデリック・ダールの「甦える旋律」だった。読了後は、感動のあまりしばし茫然としたほどの名作で、それ以降ダール・ファンとなったのだが、これもフランス作家の宿命か、なかなか翻訳さ…

「敵手」ディック・フランシス

作品毎に設定は変えつつも、ディック・フランシスの描くヒーロー像は共通している。己の信条に忠実で、誇り高く、不屈である。それは「偉大なるマンネリズム」ともいえる程で、何らかの形で競馬に関わるプロットに趣向を凝らしてはいるのだが、逆境に立たさ…

「樽」F・W・クロフツ

クロフツ1920年発表の処女作にして代表作。推理小説の古典であり、愛好家必読の一冊でもあるのだが、肩肘張ることなく今でも充分に楽しめる。ストーリーは、殺人事件の発生からドキュメントタッチで展開し、実直な警察官と私立探偵の地道な捜査によって、ひ…

「カロライナの殺人者」デイヴィッド・スタウト

アメリカの奴隷制存続の是非を問う南北戦争が北軍の勝利によって終結したのは1865年。だが、以降も南部を中心に黒人(無論、先住民やアジア人など含む例外無き有色人種)への差別は色濃く残り、本作品のモチーフとなった事件が起こった1944年も依然として白…

「デコイの男」リチャード・ホイト

シアトルの私立探偵ジョン・デンスンシリーズ第1作。発表は1980年で、出版された当時は、オフビートな展開のハードボイルドとして話題になった。 テンポの早い軽快なスタイルで読ませるが、文章に味がないのが痛い。主人公を含めた登場人物らが様々な状況の…

「フリッカー、あるいは映画の魔」

高い評価を得ている作品だが、さほど映画の世界に思い入れのない私にとっては困った代物だった。 本筋を単純化して述べれば、草創期のサイレントから70年代サブカルの隆盛期まで、退廃的ホラーの制作に、十字軍の時代から迫害され続けてきたキリスト教のカル…

「技師クズネツォフの過去」ジェームス・O・ ジャクソン

声高に理不尽なこの世の無惨さを叫けぶ訳でもなく、派手な諜報戦とは無縁の片隅で人知れず滅びてゆくスパイ。愛する者のために祖国を裏切り、ささやかな人生のやり直しをひたむきに望むものの、不条理な運命の歯車が回り、孤独の闇の中で朽ち果てていく名も…

「凍った街」エド・マクベイン

馴染みの刑事部屋に入り、ガサツでありながらも心優しい刑事たちに再会する。スティーブ・キャレラ、マイヤー・マイヤー、バート・クリング、ミスコロ、バーンズ……1956年発表の「警官嫌い」以降、2005年「最後の旋律」まで全56作。マクベインの死によって惜…

「顔のないポートレート」ウィリアム・ベイヤー

傑作「すげ替えられた首」以来のベイヤーファンだが、本作はいささか気合いが入り過ぎたか、逆に力が抜け過ぎたのか、出来は良くない。全体的な雰囲気はフィルム・ノワールへのオマージュといった感じだが、弛緩したプロットと類型的な人物設定により、ミス…

「眼下の敵」D・A・レイナー

1943年の大西洋を舞台に、ドイツ潜水艦とイギリス駆逐艦との一対一の闘いを描いた有名な戦争小説の一つだが、期待が大きすぎたのか肩透かしを食らう。「相手の手の内を読み、裏をかく」という、一歩間違えれば「死」の駆け引きが展開されていくのだが、どこ…

「悪の断面」ニコラス・ブレイク

近年、旧作の翻訳出版が続き、再評価されているニコラス・ブレイク1964年発表作。 イギリスの物理学者ラグビーの娘を誘拐し、解放する条件として軍事機密を要求する共産主義者のグループ。決行は、年末の休暇でラグビー一家が片田舎を訪れる旅館滞在時。主犯…

「ドクター・ノオ」イアン フレミング

ジェイムズ・ボンドシリーズ第6作。ジャマイカ近辺の孤島で怪しげな動きをする謎の人物ノウ博士の企みを探るべくボンドが派遣される。現地工作員の助けを借りて孤島に辿り着くと、金になる貝を採取中の女と出会うのだが、これが特にプロットに必要あるとは…

「眠りなき狙撃者」ジャン=パトリック・マンシェット

ロマン・ノワールの神髄に触れることができるマンシェット1981年発表の遺作。最後の仕事を終え、引退を決意した殺し屋を阻む闇の組織との無情なる闘い。徹底した客観描写で情景を描き切る真にハードボイルドな文体を、フランス文学者・中条省平の気合いの入…