海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「真冬に来たスパイ」マイケル・バー=ゾウハー

傑作「エニグマ奇襲指令」「パンドラ抹殺文書」によって、スパイ/スリラー小説の第一人者となったマイケル・バー=ゾウハー円熟期の秀作。プロットの骨子となるのは、ずばり「キム・フィルビー事件」で、この散々使い古されたともいうべき題材をバー=ゾウハーは熟練の職人技で料理する。主人公の元KGBの大物スパイ・オルロフの人物造形が素晴らしく、非情なスパイの世界を哀切感に満ちたラストまで一気に描き切る。

オルロフが率いていたフィルビー逃亡から17年後、イギリス情報部内に所謂「ケンブリッジ5人組」とは別の二重スパイ組織の存在が浮かび上がり、引退した老スパイが皮肉にもKGBの「もぐら」捜しの役割を担うこととなる。オルロフが表世界に姿を現した動機は、かつて愛した妻の娘に会うためなのだが、「裏切り者」の烙印を押されてもなお、家族愛や友情にこだわり続ける男の姿に、せめてもの「救い」を求めて彷徨うしかない人間の足掻きを表出させ、物語により一層の深みを持たせている。

評価 ★★★★☆

 

真冬に来たスパイ (ハヤカワ文庫NV)

真冬に来たスパイ (ハヤカワ文庫NV)