海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「卵をめぐる祖父の戦争」デイヴィッド・ベニオフ

邦題は暗喩なのだろうと漠然と思っていた。だが冒頭を読み進めた段階で、捻りも無く物語をそのままに表したものだと判る。日常から卵が消えた街。つまりは人間社会が存続するために不可欠な家畜などの生き物が失われた世界である。1942年、ナチス・ドイツによって包囲されたレニングラード(ピーテル)では、空襲と飢餓によって市民100万人近くが死亡したとされている。本作には、その地獄の中でこそ一瞬の輝きを放つ絶望へのアンチテーゼが描かれている。

補給を絶たれ配給も削減された極限的状況下で、下層階級の人々は餓死寸前まで追い詰められ、非人間的所業が横行する。17歳の少年レフは、死亡したドイツ兵士からナイフを盗んだところを捕まるが、軍の大佐から放免の条件として「卵1ダース」を調達することを命じられる。その使い道とは、娘の結婚式でケーキの材料にしたいという理不尽極まりないなものだった。卵探しの相棒となるのは、時同じくして脱走兵として捕らえられた青年コーリャ。如何にもユダヤ人的な容貌のレフは、金髪碧眼の陽気な美男子であるコーリャに対して劣等感を抱くが、何事にも屈せず道を切り拓いていくその姿勢に触れるうち精神的な成長を遂げ、二人は固い友情で結ばれていく。

戦争がもたらす生々しい狂気を、敢えてシニカルな展開に潜り込ませることで、その愚劣と残虐性が冷徹に抉り出されていく。この世の地獄巡りの果てに手にした「卵」が、最終的にどんな意味を持つのかは、読者一人一人の思いに委ねられている。

評価 ★★★★

 

卵をめぐる祖父の戦争 (ハヤカワ文庫NV)

卵をめぐる祖父の戦争 (ハヤカワ文庫NV)