海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「悪の断面」ニコラス・ブレイク

近年、旧作の翻訳出版が続き、再評価されているニコラス・ブレイク1964年発表作。

イギリスの物理学者ラグビーの娘を誘拐し、解放する条件として軍事機密を要求する共産主義者のグループ。決行は、年末の休暇でラグビー一家が片田舎を訪れる旅館滞在時。主犯格の指示を受けた若い男と女は、事前に娘の替え玉となる少年を同行させ、旅館に程近い隠れ家にこもる。近隣の者に親子と認識させておき、脅迫実行後は娘を少年とすり替え、待機と逃走をスムーズに運ぼうという策だ。やがて、町は雪に閉ざされ、娘は失踪した。

名作「野獣死すべし」の私立探偵ナイジェル・ストレンジウェイズが再び登場するが、本作では犯人との知恵比べよりも、不完全な誘拐劇を通して、捻じれ、崩壊していく家族の有り様をサスペンスフルに描くことに主眼を置いている。

特に、誘拐犯が娘の身代わりとして用立てた少年は、「悪の断面」の惨さを象徴する重要な存在となる。孤児として育ち、温かい親の愛情を知らないままに、従順でいることを幼くして身につけ、訳も分からないままに役目を終えた少年は、雪が降りしきる中に見捨てられ、死んでいく。序盤で強い印象を残すこのエピソードが、終盤に至りより大きな悲劇として甦る。

エゴイズムの果てにある地獄は、後戻りできない。

 評価 ★★★★