海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「樽」F・W・クロフツ

クロフツ1920年発表の処女作にして代表作。推理小説の古典であり、愛好家必読の一冊でもあるのだが、肩肘張ることなく今でも充分に楽しめる。ストーリーは、殺人事件の発生からドキュメントタッチで展開し、実直な警察官と私立探偵の地道な捜査によって、ひとつひとつの謎が解き明かされていく。天才的な探偵による名推理を排し、極めて地味な印象を与えかねないが、リアリスティックな描写は考え抜かれた構成の妙によって、返って滲み出るような緊張感を生んでいる。本作品が突出しているのは、表題でもある「樽」が冒頭から終幕まで動的なモチーフとして効果的に使われていることで、不可解な謎の核として機能し続ける。本作の真価でもある「アリバイくずし」については、真犯人による衝動的犯行後に瞬時に閃いたにしては、やや出来すぎの複雑さを持ち、この点ではリアリティは無い。だが、本格推理の新たな道を開拓した作品としての意義は大きく、狡猾な犯人像も鮮やかな印象を残す。

評価 ★★★★

 

樽【新訳版】 (創元推理文庫)

樽【新訳版】 (創元推理文庫)