海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「偽りの楽園」トム・ロブ・スミス

敢えて「結論」から述べれば、実験的な構成が裏目に出た凡作である。

傑作レオ・デミドフシリーズの超ド級スリラー路線に一旦区切りを付けたトム・ロブ・スミスが新境地を開いたと評される最新作であり、いやが上にも期待は高まったのだが、中盤まで読み進めたあたりで「失敗作」と断じた。先の読めない展開はデミドフ三部作と同じだが、導入部では斬新と感じた構成が次第に単調に思え、いつ終わるとも知れぬ話を延々と聞かされる苦痛へと変わる。閉塞的な社会での人間不信と理不尽な暴力、崩壊する家族愛、その再生……と、旧ソ連の年代記で追及したテーマを、スウェーデンの片田舎を舞台に、家族そのものに焦点を当てて物語を綴る。

より高い文学性を目指したのであろうが、その気負いだけが、作品全体に虚しく漂っている。ぼんやりした狂気に始まり、真性の狂気で終わる。物語の根幹となる主人公の母親が語るパートが全体の半分以上を占めているが、冗長で緊張感に欠けている。流石に語り口は巧く、上下巻を一気に読ませる筆力を持っているのだが、所詮は短編向けのプロットで、終盤に至りようやく明かされる「真実」も使い古した悲劇であり衝撃性も薄い。

何よりも、主人公を含めた登場人物の造形が成功しているとは言い難く、手放しで絶賛する翻訳者述べるところの余韻も感じられない。

トム・ロブ・スミスのファンは、こんな作品を待っていたのだろうか。才子才に倒れる。三部作で燃え尽きていないことを願う。

評価 ★★

 

偽りの楽園(上) (新潮文庫)

偽りの楽園(上) (新潮文庫)

 

 

 

偽りの楽園(下) (新潮文庫)

偽りの楽園(下) (新潮文庫)