重い読後感を残す秀作「テロルの嵐」に次いで翻訳されたスティーヴンズ1996年発表作。本作でもテロリストによるハイジャックをクライマックスで展開、「…嵐」でも主題としていた人種/宗教/国家間の対立による不毛な争いによって無辜の人々が犠牲となっていく理不尽な暴力の愚昧ぶりを、一人の女性を主軸にして暴き出していく。カットバックを多用した独特の文体、重層的なドキュメンタリズムで読み手の緊張感を煽り、やや中弛みはあるもののプロローグから繋がる後半のハイジャック実行で加速する。多様な登場人物の動きを同時進行で詰め込んでいくため最初は混乱するが、砲弾飛び交う修羅場を臨場感溢れる筆致で描いたシーンから一気に引き込まれていく。
舞台は、1994年ボスニア。いわゆる「ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争」真っ直中で、クロアチア人とセルビア人、ムスリム人による三つ巴の戦いは熾烈を極めていた。国連仲介による休戦協定も実を結ばない状況下、セルビア陣営によって築かれた包囲網の中でムスリムの市民らは虐殺されていく。国連が派遣した監視団の一員は空爆を要請するも叶わず、偵察のために潜入していた英国SAS隊員らに爆弾が降りかかる。幼い子どもを抱え恐怖に震えていた女性カーラは或る偶然から隊員らの命を救い、その恩に報いるために彼らは逆にカーラの窮地を救う。だが、その甲斐虚しく息子と夫を殺されたカーラは、「テロリズム」という最終的手段で世界を変革する路へと自ら歩み出す。石油資源を狙った大国らの侵略に等しい中東の戦争と違い、無資源国ボスニアへの軍事介入が進まなかった理由は自明である。泥沼の内戦下で、女性や子ども、貧困層などの弱者がまず犠牲となる状況を一刻も早く阻止するために、カーラは関連国に圧力を掛ける唯一の手段に着手する。
時代背景は謀略渦巻く過酷なものだが、「…嵐」と同様に物語はロマンティシズムに溢れている。特にカーラと特殊部隊の隊員らを巡るエピソードは、ややエンターテイメントに寄りすぎるとはいえ感動的だ。結末の付け方も巧く、爽やかな余韻を残す。
評価 ★★★★☆
- 作者: ゴードンスティーヴンズ,Gordon Stevens,藤倉秀彦
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2000/01
- メディア: 文庫
- 購入: 1人 クリック: 5回
- この商品を含むブログ (13件) を見る
- 作者: ゴードンスティーヴンズ,Gordon Stevens,藤倉秀彦
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2000/01
- メディア: 文庫
- 購入: 1人 クリック: 1回
- この商品を含むブログ (10件) を見る