海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「約束の道」ワイリー・キャッシュ

ひとつの物語を読み終えて、登場人物たちのその後の人生に思いを馳せることは、実は意外と少ない。主人公の男が娘に宛てたメッセージで完結する本作は、決して湧き上がるような感動をもたらすものではないが、親と子の絆の深さがしんみりと染み通り、彼/彼女らの「それから」が心中に去来する。それまでの親子の道程とこれからを象徴する伝言……「塁で待て」という僅かな言葉に込められた思いが、短い旅路で培われた親子の希望の萌芽を表し、ラストシーンの余韻へと繋がっていく。

プロ野球の人気投手であったウェイドは、死球による暴行事件を機に選手生命を絶たれる。自堕落な生活により離婚、幼い娘二人の親権も放棄したが、その三年後に妻が麻薬の過剰摂取により死亡。娘らは施設に送られるが、突然ウェイドが現れて子どもを取り戻そうとする。だが、身勝手にも自分たちを捨て去り、今は泥棒に成り下がり逃亡中であった父親を娘らが受け入れるはずもなかった。
12歳となった長女のイースター、元刑事で子どもらの後見人ブレイディ、ウェイドが奪った金を追いつつ過去の個人的怨恨をはらそうとする小悪党プルーイット。この三者の視点でストーリーが展開していくのだが、あくまでも中心に在るのはウェイドであり、本来の主人公を脇の人物らが語っていく手法が、社会人としても父親としても失格者でありながらも、つい「負けるな」と応援したくなるよう駄目男の造形をさらに深めている。
父親への冷え切った思いが微かな「愛情」へと変わり戸惑うイースターの感情表現も見事。再会直後にウェイドから教わった野球のサインが最終的に「愛する者」を救うことになるエピソードなども素直に巧いと思わせる作品。


評価 ★★★☆

 

約束の道 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

約束の道 (ハヤカワ・ミステリ文庫)