読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

海外ミステリ・レビュー

……新旧の海外ミステリを中心に

「KGBから来た男」デイヴィッド・ダフィ

極論を述べれば、小説には二通りしかない。面白いか、面白くないか。あくまでも個人的な評価だが、本作は後者であり、しかも「圧倒的」にという形容詞も付け加えたい。

それほど長い分量ではなく、決して文章(無論、翻訳文だが)が下手な訳でも無い。だが、情報過多な割には構成力が貧弱で、謎の解かれ方や伏線の張り方、結末に向けての盛り上げ方、旧ソ連/ロシアの時代背景の捉え方と歴史的事件の掘り下げ、主要人物の造形と関係性の整理……など、習作どまりといえる程の出来で、翻訳者述べるところの「類をみないほどの練り込まれた緻密なプロット」を読み取ることは出来ない。例え「衝撃的な陰謀」を巡るストーリーを構想していたとしても、エンターテイメント小説として完成させる技量が不足しているとしか思えない。何やら国際的な陰謀を主題としているらしいのだが、箱庭の中で魅力に乏しい人物らがちまちまと動き回っている印象しか残らなかった。

 読後に某サイトのレビューを参照すれば、またしても私の評価とは真逆の絶賛の嵐で辟易したのだが、どこをどう読めばこの作品にハードボイルドのテイストやスケール感があるのだろうか。KGBを辞めニューヨークで「調査員」の仕事に就く主人公は、グラーグ(強制労働収容所)で生まれ育った「囚人(ゼーク)」であり、事あるごとに暗鬱な過去を語るのだが、資料をそのまま引用したかのような吐露に現実味は無く、その経験を経たのちの人生観も世界観も薄っぺらい。チェチェン紛争の火種などを画策したKGB暗躍の証拠隠滅を巡る謀略は、主人公の妻や子ども、元上司や旧友らの極めて狭い人間関係の中で展開/完結していく。だが、頓馬な人間らが自滅するだけで、最終的には何も解決せずに物語は閉じられる。勘の悪い読者でさえ、事件の黒幕や主人公の息子の正体は早々に分かるであろうし、終盤で「驚天動地」の事実を知って狼狽する主人公の愚鈍さに、逆に驚愕する。

冒頭で主人公は事件の鍵を握る元妻と偶然にも再会するのだが、そこに何の必然性も無い。あとに種明かしがある訳でもなく、単なる「プロット上の都合で」しかない。こういった不自然なご都合主義で大半の筋が出来上がっているため、面白くない「絵空事」が仕上がることとなる。いらぬお世話だが、作者にはトム・ロブ・スミスの「グラーグ57」を読めと進言したい。

 評価 ☆

KGBから来た男 (ハヤカワ文庫NV)

KGBから来た男 (ハヤカワ文庫NV)