海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「暗殺者の正義」マーク・グリーニー

どうやらグリーニーは、私には合わないようだ。本作の解説で批評家・北上次郎がいつものように初っ端から興奮して「すごい」を連発し、さらに終盤の190ページにわたる戦闘シーンを褒めちぎっているのだが、まさにそこからが退屈極まりないのである。単に銃器/軍事マニアが狂喜するだけの単調なアクションが延々と続き、米国CIA特殊部隊のメンバーと主人公が無意味な殺戮を繰り広げているに過ぎない。北上は、信頼度の高い冒険小説界の水先案内人でもあるのだが、一方ではやや好みが偏っていることと思い入れが強すぎる面もあり、レビューを参考にするのなら注意が必要だ。久しぶりの新鋭としてグリーニーに期待を寄せていることは理解出来るが、前作「暗殺者グレイマン」ならともかく、本作が80年代の冒険小説黄金期の衣鉢を継ぐ傑作という評価には到底賛同出来ない。

〝グレイマン(人目につかない男)〟とは名ばかりで衝動的に行動するジェントリーは、状況判断を誤った果てに派手な騒ぎを起こして、新たな敵とトラブルを引き寄せる。冷徹に任務を全うする厳格な信条を持たず、時に感情的になって過剰な暴力を振るい、事態をさらに悪化させていく。良く言えばお人好し、悪く述べればすぐに騙される間抜けな若造であり、グリーニーは実はパロディを書いているのではないかと疑いたくなる。とても暗殺のプロとは思えない失態を繰り返し、その後の冒険へと繋がっていく訳であるから、ジェントリーの「甘さ」は意図的なものであり、如何に「弱点」を克服していくかがテーマの一つでもあるのかもしれないが、読んでいてフラストレーションが溜まる。

北上絶賛の「読書の醍醐味」が味わえるというラスト190ページでは、ジェントリーは元上官の忠実な犬となって若い兵士の如き言動をとり、少なくとも前作には在った孤高の殺し屋としての苦悩、孤独な陰影はもはや感じ取れない。終盤に至り、麻薬の効果で朦朧しているとはいえ、無謀な誘拐劇への参加と、責任者である狡猾なCIA高官からの謝意に対して誇りに思うことを述べる主人公の惨めさには呆れかえった。

前作で片鱗を見せていた「正義」へのこだわりこそ、本シリーズの「アキレス腱」となる。フリーランスの殺し屋が世界平和を望むのは、テロリストの狂信と同等の価値しか持たず、矛盾以外のなにものでもない。しかも自嘲気味に述べるのではなく、主人公は大真面目に戦争を忌避し、単独で争いの火種を消そうとする。だが、当人は冒頭でロシア・マフィアの手先となって殺人を遂行して報酬を得ており、平和を語るさまがどうしても独善的に映るのである。
グリーニーは、あくまでも「正義の側」に立って闘う暗殺者を主人公に据えたヒーロー小説の成立を目指しているのかもしれないが、第二作目で早々にその危うさと脆さを露呈させてしまっている。

評価 ★★

 

 

暗殺者の正義 (ハヤカワ文庫 NV)

暗殺者の正義 (ハヤカワ文庫 NV)