海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「悪意の波紋」エルヴェ・コメール

フランス・ミステリ再評価の気運を更に後押しする秀作。絵画強盗にまつわる犯罪が40年の時を経て予想外の様相を呈していくさまを、ドラスティック且つアイロニカルに描く。

 語り手は二人。一人は、過去に「大仕事」をした以外は、しがないギャングとして半生を送った男。1971年、フランスから渡米、或る資産家宅からモネの絵画を盗み出し、身代金100万ドルを強奪。男を含む実行犯5人は完全犯罪を成し遂げるが、帰国後、情報を仕入れた1人が資産家の実体はマフイアの首領である事を告白。終生追われる身となった5人は、それぞれ何らかの犯罪に関わりながらも別の道を歩む。時が過ぎ、初老となった男の前に、その素性と事件の顛末を知るという女が突如現れる。

もう一人は、気の弱い元ウエイターの若者。一過性の恋愛を経て別れた女が「リアリティ番組」に出演し、話題作りとして男が出した間抜けな恋文を公開すると予告。常に被害妄想にとりつかれている男は手紙を取り戻すべく、女の実家への不法侵入を計画する。

 前者のパートで語られる事件が主軸となるが、接点の無い二人の男がいつどのように交差するのか、その後の展開も含めて予測不能の物語が展開する。いずれも過去の呪縛から逃れられずに暴力的な解決を試みるが、両者ともに頓挫。中盤の山場を経て、理不尽にも殺人の罪を背負い服役した若者は、真相追究のために過去へと遡り、事実を明らかにすることを出所後に決意する。本作はこの若者をめぐる教養(成長)小説でもある。

 不条理な偶然性によって、いとも容易く人生が狂うかに焦点を当てた後半が傑出している。エピローグと呼ぶにはあまりにも長い終盤で事の真実は解明されるのだが、不運の連続によって引き起こされたかに見えた一連の事件の深層に〝悪魔的〟な思惑が隠されていたという結末は、ミステリならではの技巧を凝らしつつ、悪の根源となる者の強欲/非道ぶりを強烈に印象付けていく。不可解な偶然性は、非情なる必然性へと反転する。「悪意の波紋」はよく練られたタイトルであり、本作の内容を見事に表している。

評価 ★★★★

 

 

悪意の波紋 (集英社文庫)

悪意の波紋 (集英社文庫)