海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「トラブルはわが影法師」ロス・マクドナルド

ロス・マクドナルド1946年発表の第2作。リュウ・アーチャー初登場の「動く標的」までの初期4作は、いわば習作的な扱いを受けて注目されることも少ないが、当然ロス・マクファンとしては無視することはできない。本作は、いわゆる〝巻き込まれ型〟スパイ小説だが、不可解な連続殺人の謎を追う軍人を主人公にした一人称形式は、ハードボイルドのスタイルを踏襲している。終戦直後ということもあり、ロス・マクとしては生々しい記憶の残る戦争を小説の舞台にすることが自然だったのだろう。翻訳家/小笠原豊樹の名文もあり、比喩も瑞々しく、登場人物の造形も類型的とはいえしっかりとしている。特に中盤における大陸横断鉄道の列車内での腹の探り合いは弛緩することなく緊張感を持続している。真犯人は大概予想がつくが、アーチャーシリーズ中期以降の複雑なプロットを思えば、ストレートな物語を創作していた〝フレッシュ〟なロス・マクが微笑ましい。
評価 ★★★