海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「クレムリン 戦慄の五日間」

1979年発表のスリラー。話題作ではないものの奇抜な着想を盛り込んだストーリーの面白さで読ませる。捻りのない翻訳タイトルで損をしているが、原題は「ソールト・マイン」で岩塩坑を意味し、作中では反政府グループのコードネームとなる。旧ソ連時代、クレムリンを乗っ取るという大胆不敵な武装隆起を描いているのだが、リアリティは薄めてエンターテイメント性を重視。犯行グループは、命を捨てる覚悟で政府転覆を目論むのではなく、首謀者は人質の解放を含めて仲間らの逃亡までをしっかりと計算している。「狂信的」テロリストによる捨て身の謀略ではなく、智力に長けた実行犯と心臓部を狙われたソ連政府のやりとりがゲーム感覚で進行するさまが、本作の読みどころといえる。
後半で明らかとなる要求はささやかなものだが、先の読めない緊迫感に満ちた展開の中に、苦いユーモアや刹那的な恋愛を絡めるなど、なかなかの大人の小説である。人質がストックホルム症候群に陥るなど、物事がうまく運びすぎるあたりはご愛敬だが、無駄に血を流さないことには好感を持てる。
評価 ★★★

 

クレムリン戦慄の五日間 (1982年) (創元推理文庫)

クレムリン戦慄の五日間 (1982年) (創元推理文庫)