海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「ベルリン 二つの貌」ジョン・ガードナー

スパイ小説の王道ともいうべき、冷戦下の東西ベルリンを舞台に、非情な諜報戦の只中で繰り広げられる謀略と裏切りの顛末を、緊張感に満ちた筆致で描き切った傑作。英国海外情報局員ハービー・クルーガーを主人公とする第2弾で1980年発表作。前作「裏切りのノストラダムス」は冒険小説的な要素が強く、クルーガー自体の印象は薄いものだったが、本作では強烈な存在感を示して堂々の主役を張っている。分厚い大作でありながら、中弛みせず一気に読ませるジョン・ガードナーの力量は流石だ。翻訳や装丁も見事。

東ベルリン駐在のKGB大尉ミストチェンコフが英国総領事館を訪れて亡命を申し出る。その男の上司となるKGB将校ヴァスコフスキーは直前に死亡していたが、後に自殺だったと分かる。不可解な亡命の真意を探るべく審問を始めたクルーガーは、ミストチェンコフが東ベルリン内の諜報網〝テレグラフ・ボーイズ〟のメンバー6人の暗号名を知っていることに驚愕する。その存在は極秘であり、クルーガーを除けば局長と補佐しか知りえない情報だった。ミストチェンコフは副官として、急死した上司に聞いていたのだという。ヴァスコフスキーは、クルーガーが1960年前後に〝テレグラフ・ボーイズ〟を組織する前の諜報組織〝シュニッツアー・グループ〟を潰した張本人であり、多くの諜報員が脱出に失敗して犠牲となった。〝テレグラフ・ボーイズ〟の誰かが裏切者であることは間違いなく、その6人の中にはクルーガーの元恋人もいた。立ちはだかるベルリンの壁。私情を挟むことに難色を示す上層部の裏をかき、自ら真実を確かめるべくクルーガーは懐かしい郷里でもある東ベルリンへと潜入する。

凄まじいテンションを持続したままに、一気に結末へと向かって疾走する。二重、三重に仕掛けられた罠、全てが白日の下に晒された終盤でクルーガーを完膚なきまで打ちのめす無情の事実、壊滅/極限状態での脱出劇。様々なスパイの姿を通して、結果的には国家の名の下に犬死していく虚無感も漂わせつつ、高密度の一大エスピオナージュは終焉する。緻密なプロットと多彩な人物造型、巧みな情景描写、サスペンスフルな展開など、まるで絵に描いたようなスパイ小説の見本である。

 評価 ★★★★★

 

ベルリン 二つの貌 (創元推理文庫 (204‐2))

ベルリン 二つの貌 (創元推理文庫 (204‐2))