海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「フォックス家の殺人」エラリイ・クイーン

「僕は満足していません」
12年以上前に妻殺しの罪で終身刑となった男。その無罪立証のために再調査の依頼を受けたエラリイ・クイーンが、事件当日の状況を再現した後に吐く台詞だ。あらゆる事実が状況証拠の裏付けをし、男の犯行であることを、あらためて示していた。だが、論理的な疑いがひとつでも残る以上、納得することはできない。初期の冷徹ぶりから様変わりしたクイーンの熱い男気を示すシーンといえる。

中期以降、ライツヴィルを舞台とする物語を展開したクイーンは、自らの探偵に単なる思考機械で終わらない人間性を肉付けし、社会的情況も加味しつつ、作品そのものに深みをもたせた。
発表は1945年。日本を敵国とする中国戦線を経験し精神的後遺症を負った青年を登場させ、不貞に起因する家庭の崩壊も重要な要素としてプロットに含めている。絢爛たるトリックなど過去の遺物であるかの如くクイーンは割り切り、謎解き自体は捻りのないささやかなものに抑えている。だが、解明された真相に対する結末の付け方は、明らかに成熟している。「本格派の巨匠」としてミステリ史に多くの傑作を残したクイーンは、衰えたというよりも良い意味で「枯れて」いったのだろう。ミステリとしての醍醐味が薄れたとはいえ、固い信念の下、無実と確信する者のために行動するクイーンの姿が初期よりも魅力を増したことは間違いない。

評価 ★★☆

 

フォックス家の殺人

フォックス家の殺人