海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「裁くのは俺だ」ミッキー・スピレイン

1947年発表、ミッキー・スピレインの処女作にして、以降ハードボイルド談議の場では必ず遡上に載せられることとなる、或る意味記念碑的問題作。一読後、妙に感心したのはスピレインが必死になって謎解きを押さえたミステリを創作しようと苦心していることだった。その動機も犯人像もリアリティに欠けるのは致し方ないとしても、主人公が憐れなまでに真犯人の正体を突き止めようと考えるシーンが随所にあることに驚く。結局は推理力が及ばずに、「糞野郎」の腹に弾丸を撃ち込むことを誓いつつ眠るというオチがついてはいるのだが。
今更ながら読んでみれば、出来の悪いパロディという以外に評価のしようがないのだが、戦後の高揚期、強いアメリカを象徴するひとつのシンボルとして、圧倒的多数派であった白人層の渇きを潤していたのだろう。ベストセラー作家でありながらも「高慢な批評家」らに無視され続けたスピレインの自嘲に同情は出来ないが、肥大化しねじ曲げられているとはいえ、初期ハードボイルドの根幹にスピレインが志向した暴力と色欲が淀み続けていたことは間違いない。さらに現代ノワールの凄まじい暴力性に比べれば、スピレインの世界など「お子様」レベルでしかないだろう。だが、大きく違うのは現代社会への批判/警鐘であり、身勝手な自己陶酔型の人物が幾ら私闘を繰り広げようとも、無為なる復讐の後に残るのは虚無感のみである。カタルシスも得られないまま、卑小な世界観はそのまま閉じられていくのだ。
評価 ★

裁くのは俺だ (ハヤカワ・ミステリ文庫 26-1)

裁くのは俺だ (ハヤカワ・ミステリ文庫 26-1)