海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「愚者が出てくる、城寨が見える」ジャン=パトリック・マンシェット

裏社会の闇で身悶える者どもの情動を切り詰めた文体でクールに描き切るロマン・ノワールの雄マンシェット1972年発表作。マンシェットは推敲を重ねる完全主義者の面もあったらしく、作品数も限られている。単に冗長なだけの小説にはない張り詰めた緊張感がみなぎり、贅肉を極限まで削ぎ落とした骨肉のみで、人生の一瞬の光芒を鮮やかに切り取る。暗黒小説の神髄に触れたいならば必読の一冊といえる。

親を失い、おじとなる企業家に引き取られていた少年が何者かに誘拐される。直前に世話係として雇われていた若い女も共に連れ去られるが、隙を突き二人は脱出。だが、執拗に追跡する誘拐犯らとの攻防は熾烈を極め、壮絶なるバイオレンスが展開していく。

登場人物はすべからく「壊れて」おり、繰り返される衝動的暴力の噴出は無残な結末を予感させるものだが、プロットは緻密に練られており、展開に不自然さは無い。少年を連れて逃げる女は、精神的疾患を抱えており、企業家の男に何故選ばれたのかも後に解明されるのだが、当然のこと女が常道から外れて誘拐の首謀者と殺し屋らの予測を裏切る行動を取る。さらに誘拐犯のリーダーとなる男も重度の疾患を胃に患い、強烈な痛みに悶えつつ少年と女に肉迫する。それらの捩れた構造が、緊迫した情景の中にもアイロニカルでユーモラスなムードを創り出している。

マンシェットの筆致は冴えわたっている。テンポを殺すことなくスタイリッシュな日本語として甦らせた中条省平の翻訳も見事だ。

評価 ★★★★☆

 

愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える (光文社古典新訳文庫)

愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える (光文社古典新訳文庫)