海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「凶弾」トム・ギャベイ

トム・ギャベイ2006年発表の処女作。話題にはならなかったが、スパイ・スリラーの力作である。
1963年6月。冷戦真っ只の中、第35代アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディの西ベルリン訪問が予定されていた。だが、熱狂的聴衆を前にした演説時を狙った狙撃計画が発覚。不可解にも「敵国」である東ドイツ高官から指名されて機密情報を入手した元CIA局員の主人公は、陰謀の全体像を炙り出し、実行阻止のために孤軍奮闘する。
大統領暗殺を東側が仕組んだように見せ掛けるための虚偽工作も明らかとなり、次第に追い詰めるべき敵は自国内部にいることが明らかとなっていく。その背景には、米国の汚点となったキューバ侵攻作戦の大失敗があり、暴走したCIAへの不信感を露わにしたケネディへの逆恨みがあった。残された時間は僅か。熾烈な妨害工作を潜り抜け、元CIA局員は真の敵へと迫っていく。
実際にケネディがダラスで暗殺される5カ月前であり、不穏な世界情勢の中で敵味方入り乱れての謀略が渦巻く。史実を織り交ぜた展開は、例え暗殺が未遂に終わることが分かっていても緊張感に満ちている。フォーサイスの傑作「ジャッカルの日」のケネディ版といったところか。アイロニカルでタフな主人公の設定も巧い。

評価 ★★★★

 

凶弾 (二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション)

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