海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「熱砂の絆」グレン・ミード

グレン・ミードが傑作「雪の狼」に続き発表した第三作。ボルテージは前作より下がるが、史実を巧みに織り交ぜて構築した物語はスピード感と臨場感に満ちる。
時代背景は異なるものの、基本的な人物設定や構成などは「雪の狼」と大きな違いは無い。現代にプロローグを置き、歴史の闇に消えた瞠目すべき秘史を掘り起こす。無謀な密命遂行のために敵地へ侵入し、難攻不落の防衛網を潜り抜け、その死によって以降の世界情勢を変える標的の間近まで迫っていくという展開は共通している。それだけに、どうしても比較せざるを得ないのだが、二作品ともスターリンルーズベルトという超大国の要人暗殺を主題としていながら、読後感は異なる。

1999年上梓の「熱砂の絆」は、敗戦色濃いドイツ第三帝国が劣勢を覆す策として実際に目論んでいたというルーズベルト暗殺計画を主軸にする。主な舞台は1943年のエジプト・カイロ。英米の首脳が極秘裏に会談するという情報を掴んだドイツ司令部は、軍撤退後もスパイ活動を続ける現地人らを頼りに、暗殺チームを送り込む。抜擢されたのは、戦前にピラミッドで発掘作業に関わっていたドイツ人の男とユダヤ人の血を引く女。当時はさらにアメリカ人の男が加わり、三人は固い友情で結ばれていた。だが、戦争勃発後は敵味方となり、米国大統領暗殺計画を通して皮肉な再会を果たすこととなる。

前作では過酷な運命に翻弄された家族らの血の繋がりを主題に、本作では恋愛を絡めた友情を根幹におき、劇的な物語に仕上げているのだが、「雪の狼」に比べて「熱砂の絆」が弱いのは、やはり「絆」そのものの重さなのだろう。
前へ進むほどに潜入工作員らを切り刻んでいく哀しい宿命、重苦しい絶望と希望の狭間で揺れ動く使命感、裏切りによって退路を断たれながらも仲間への揺るぎない信頼によって開く活路、凄まじい死闘の果てに待ち受ける無情なカタルシスと、残された者たちの荒涼と記憶。「雪の狼」が秀逸だったのは、それらが緻密に配分されつつ、圧倒的な勢いで迫ってきたからだ。世界を新たな戦争に突入させない大義よりも、愛しい者を救うため、大切な人の生命を奪った独裁者への復讐を成し遂げるため、という悲痛な思いに突き動かされた私闘を、よりダイナミックに表現していた。

といって「熱砂の絆」が凡作という訳ではなく、マクリーンやヒギンズ、バグリイらに繋がる現代冒険小説の衣鉢を継承しようというグレン・ミードの意気込みに溢れた力作であることは間違いない。これも惚れた弱み。ボブ・ラングレーと同じく、例え多少の粗はあろうとも、世界中の冒険小説ファンのために作品を発表し続けてくれるだけでも有り難い存在なのである。

評価 ★★★☆

 

 

熱砂の絆〈上〉 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)

熱砂の絆〈上〉 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)

 

 

熱砂の絆〈下〉 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)

熱砂の絆〈下〉 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)