海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「傷だらけのカミーユ」ピエール・ルメートル

現代ミステリにおいて先鋭的な作品を上梓する作家の筆頭に挙げられるのは、ピエール・ルメートルだろう。怒濤の勢いで北欧の作家らが席巻する中、フランス・ミステリがいまだに前衛としての位置を失っていないことを、たった一人で証明してみせた。無論、かの地では多彩な作家たちによって、今も刺激的な小説が生み出されているのだろうが。
読者の度肝を抜く技巧を凝らし、ジャンルを超越するスタイルで、大胆な離れ業を見事に成し遂げ、強烈なインパクトを与えつつ読後に深い余韻を残していく。その筆致は鋭い刃物のように読み手の胸元まで迫ってくる。

2012年発表のパリ警視庁犯罪捜査部カミーユ・ヴェルーヴェンシリーズ最終作。ルメートルは三部作で完結させているが、悲痛な終幕を迎える主人公の心身を思えば、役目を終えたということなのかもしれない。最初から三部作の構想があったかどうかは定かではないが、第1作から繋がる重要人物が核となる本作まで、周到な計算のもとに伏線を潜ませていたことが分かる。読者の大半は、不幸にも第2作「アレックス」を先に読まされてしまったのだが、本シリーズは発表順に読んでこそ、本作で虚無的な境地へと至るカミーユの悲劇性がより胸に迫る構図となっている。

愛する女を守るために、自らの権力を乱用してまで私闘を繰り広げるカミーユ。自暴自棄に陥り暴走する刑事の姿は憐れで、前作までとは異質の焦燥感が横溢し、終盤まで凄まじい緊張感を強いる。孤独な男の情愛を利用して復讐を成し遂げようとする犯罪者の仕掛けが徐々に明らかになるさまは見事というほかなく、ルメートルの高度な技巧が冴えわたっている。

評価 ★★★★

 

傷だらけのカミーユ (文春文庫)

傷だらけのカミーユ (文春文庫)