海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「魚が腐る時」マシュー・ヒールド・クーパー

所謂「ケンブリッジ・ファイブ」を題材にした1983年発表作。

舞台は1951年、ソ連の二重スパイから英国内要職に12人の工作員が潜入していることを掴んだ外務省次官ストラングとSIS長官メンジーズは、公けに暴露されて失墜することを恐れ、或る秘策を練る。同時期に反政府ポーランド人グループから「カティン虐殺」がソ連軍によるものという証拠がもたられていた。第二次大戦中、カティンの森で1万5千人にものぼるポーランド人将兵らの死体が埋められているのが発見されたが、ソ連は関与を否定し、ナチス・ドイツに責任転嫁していた。折しもポーランド情勢は不安定で、この事実が明らかとなれば、これを機に衛星国から脱する可能性があった。ストラングらは自国政府には隠密でソ連と直接裏取引を試みる。虐殺の公表を控える代わりに、ソ連スパイの存在もなかったことにしろという脅しである。独裁者スターリンは怒り狂い、強引な後処理を秘密警察長官べリアらに命ずるが、敵対する陸軍情報部のオルロフが交渉の窓口として選任された。一方、ストラングの私設秘書で正義感の強いペラムは、カティン虐殺の事実を知り単独行動に出る。ペラムの動きは取引の破綻を招くため、メンジーズはソ連側に「処理」を依頼。だが、その時オルロフは意外な動機でペラムに接触していた。

長々と前半までの大筋を綴ったが、アメリカで不遇の扱いを受けていたCIAの思惑も絡み、事態は不穏な空気の只中で動いていく。終盤にはペラムとオルロフによる逃避行が描かれているのだが、堕落した権力者の腐り切った保身の足元で崩壊していく人間らの脆さと虚しさを無常な世界観の中で描いている。特筆すべきは、スターリンの狂気を描いたシーンで、凄まじいまでのリアリティで迫ってくる。

評価 ★★★

 

 

魚が腐る時 (サンケイ文庫―海外ノベルス・シリーズ)

魚が腐る時 (サンケイ文庫―海外ノベルス・シリーズ)