海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「大洞窟」クリストファー・ハイド

淀みなくストレート。冒険小説の神髄をみせる一気読みの傑作。派手な活劇を排し、培われた経験と研ぎ澄まされた直感、結実する智恵の連鎖によって、数多の窮地を脱し、ひたすらに生還を目指す者たちの冒険行を活写する。ハイド1986年発表。今だに冒険小説ファンに読み継がれている名作でもある。

ユーゴスラヴィア・カルスト台地の大洞窟。遥か4万年前に描かれたネアンデルタール人の壁画発見により、国際調査団が派遣される。だが調査中に発生した地震のために洞窟が倒壊し、著名な考古学者や助手らが閉じ込められる。漆黒の闇の中、微かな灯火を頼りに地底から抜け出す穴を探り、肉体を極限まで酷使するケイビングで活路を開く。揺らぐ理性と野性の狭間、眼前を力強く照らす根源的生存本能の命ずるまま、歩み続け、光を求め続ける。
物語には、隠された陰謀も邪悪な裏切りも強大な敵も存在しない。地獄巡りの先に待ち受けるものとは、土砂流、水没洞、大瀑布、毒虫など、未曽有の恐怖と行く手を阻む障壁のみ。閉所と闇、欠乏と餓えに挫かれていく希望。極限的状況下で脱落する者、狂気へと墜ちゆく者。次々と人命が奪われていく中で、いつ果てるともしれない死闘を繰り広げる。

未知の世界が拡がる大洞窟で展開する究極のサバイバルが本作最大の魅力だが、予測不能の困難に協力して立ち向かう人間ドラマとしても充分読み応えがある。中でも、ストーリーが進むにつれて中心人物として一行を率いることとなる日本人の地質学者・原田以蔵の造形が素晴らしく、ハンス=オットー・マイスナーの傑作「アラスカ戦線」に登場した軍人・日高を彷彿とさせる。日本人に対するエスプリ的な理想化がやや過剰な面もあるが、時に太古の人間と呼応し死地を脱するエピソードは本作に深みと安らぎをもたらし、中盤からの主軸として動いていく。

終盤に向かうほど息苦しさは増す。そして、全てを越えた先で僅かな生存者と共に味わう光の美しさ。恐らくハイドはこのクライマックス・シーンを描きたいがために本作を著したのではないだろうか。

評価 ★★★★★

 

大洞窟 (文春文庫)

大洞窟 (文春文庫)