海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「夜を深く葬れ」ウィリアム・マッキルヴァニー

マッキルヴァニー1977発表作。骨格は警察小説だが、単にミステリとして読むだけでは、滋味深い本作の魅力を半分も味わうことはできない。
舞台はスコットランド最大の都市グラスゴー。夜の公園で発生した少女殺害事件を発端に、機動捜査班警部ジャック・レイドロウの人間味溢れる捜査を追い、次第に崩壊していくコミュニティの有り様を、冷徹且つ繊細な筆致で描き切る。突然襲った悲劇によって捩れていく街/人間模様に焦点を当てており、文学作品としての価値も高い。

作風として近いのはジョルジュ・シムノンだが、達観の境地で情況を見極め心理学的側面から犯罪者を追い詰めていくメグレとは違い、思索する刑事レイドロウは、まず被害者/加害者が生活していた環境に溶け込み、脆く張り詰めた人間関係を探りつつ、その内部から矛盾点や綻びを見出していく。重視するのは対象者の立ち位置/関係性であり、いわば社会学的な側面からのアプローチで真相に迫る。

復讐心に突き動かされ殺し屋を雇う被害者の父親、殺人を犯した愛する青年の逃走資金調達のために闇の組織に脅しをかける男色家、面子にこだわり裏社会の規律を乱す者には容赦なき鉄槌を下すギャング組織。レイドロウは街を歩き、自らキーパーソンとなって停滞する情況へ揺さぶりをかけ、それら関係者と対峙する。犯罪者を炙り出すというより、己の存在を投げ入れることで水面に波紋を生じさせ、波間に浮き上がってくる手掛かりを拾い上げる。ミステリの展開としては常套でありながらも、地下に潜った殺人者へと繋がる糸を手繰り寄せる手法に無理がなく、エピソードの数々は緊張感に満ちている。

マッキルヴァニーは詩人/文学者であったのだが、ジェイムズ・リー・バークのようなアクの強い文体ではなく、そこはかとない詩情を漂わせながらも簡潔で洗練されたレトリックを用いる。レイドロウの物言いは含蓄に溢れ、人々を見詰める眼差しは厳しさと情愛に満ちている。その大部分は、レイドロウの部下となる新任刑事ハークネスの眼を通して語られるのだが、警察内部では異端として孤立する男への印象が修正され、次第に信頼へと変わっていく流れが実に見事だ。

特権意識を排し、市井の人々の側に立ち、哀しみや怒りを共有して、誇り高く屹立するレイドロウ。その姿は、ハードボイルドの理想像に近い。さらに「夜を深く葬れ」という翻訳版タイトル(原題は「Laidlaw」)は、硬質な叙情性ともいうべき陶酔感に浸れる本作を表現するに相応しい。

評価 ★★★★★

 

夜を深く葬れ (ハヤカワ・ミステリ 1338)

夜を深く葬れ (ハヤカワ・ミステリ 1338)