海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「高く危険な道」ジョン・クリアリー

1977年発表。第一次大戦終結直後の混乱期を背景に、ロマン溢れる冒険行を活写したジョン・クリアリー渾身の冒険小説。

本筋は至ってシンプルで、革命前夜の中国(翻訳では「支那」と表記されるが、現代では蔑称に近い)で武力闘争を繰り広げていた一将軍に身柄を拘束された米国人実業家の父親を救うために、英国に滞在していた娘イヴが戦闘機乗りを雇い、ユーラシア大陸を横断していくというもの。イヴは父親から翡翠の彫像を預かっていたのだが、将軍の命を受け英国へと赴いた代理人は、彫像の所有権は将軍にあり、即刻返さなければ父親を殺害すると脅迫する。その遺物には今後の命運を左右するほどの力が備わっていると主張、父親の居場所は代理人が無事帰国した際に告げるという。期限は18日。英国から中国まで最短の時間で行くためには、「高く危険な道」を選ぶしかなかった。

血気盛んな娘イヴに同行することになるのは、元英国空軍のエースにして現在はしがない雇われパイロットのイギリス人オマリイ、そして道中で旅の道連れとなる元ドイツ空軍の勇士ケアン。奇しくもオマリイとケアンは、先の対戦で敵同士として一戦を交えた仲だった。さらに将軍の代理人を含めた4人は、英国の複葉戦闘機ブリストル・ファイター3機に分乗し、彼方の大地を目指して大空へと飛び立つ。

戦闘機がまだ希少であった時代。堕落した帝国主義と噴出する民族主義の対立など不穏な世界情勢を盛り込みつつ、ヨーロッパ、中東から南アジアへと渡っていくのだが、給油のために降り立つ各地でのエピソードに趣向を凝らし飽きさせない。本作には自然の猛威と闘う飛行シーンは殆どない。圧倒的な分量を占めるのは、途上で立ち寄った異郷で、例外なく暴力が蔓延し荒んだ情況にある現地の人間に対し、4人がどう立ち回り、何を経験し成長していくか、というロードムービー的な挿話である。

優れた操縦士でもある大金持ちの娘に手を焼きつつも、未知の冒険にロマンを求め、再生への足掛かりを掴もうとするオマリイ。貴族の末裔でありつつも今は借金塗れで衰退し、秘かな自殺願望を抱いているケアンは、再びの人殺しに嫌悪感を抱き、連帯と孤立の間で揺れ動く。登場人物らが旅を通して自らのアイデンティティーにどう修正を加え、取り敢えずの目標に到達した後の人生がどう変転していくのか、という点も読みどころのひとつだ。主役3人の「その後」の人生をまとめたエピローグも余韻を残す。

ただ、翻訳の語り口が古いため、テンポが崩れ気味なのが残念だ。よりスマートな文章に改訳されたら、より楽しめただろう。

評価 ★★★☆☆ 

 

高く危険な道 (1983年) (角川文庫)

高く危険な道 (1983年) (角川文庫)