海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「真鍮の虹」マイクル・コリンズ

1969年発表、ダン・フォーチューンシリーズ第2弾。凍てついた冬のマンハッタン。降りしきる雪の中を、孤独の翳を引きずりつつ片腕の私立探偵が歩む。
冴えない博打打ちの旧友を救うための、見返りなき調査。人を殺してまで金を盗む度胸がない男であることを確信するが故に、或いは余計者に罪を擦り付けて眠りを貪る悪党のツラを白日の下に曝すために。真相を求めて卑しい街の最下層へと降りていくその後ろ姿には、己もまた穢れた社会に生きる一人であることの自嘲と、まだ心根までは腐り切っていないという矜持が滲み出ている。

私立探偵小説のヒーローの中でも際立ってフォーチューンは貧しい。隻腕なために、残された腕を失うことに恐怖感を抱き続けている。そのハンディキャップは探偵の弱さであり、強さでもある。稼業上、闇社会や警察の人間とは腐れ縁だが、持ちつ持たれつではない。抗う者としての男の生き方が、物語を強度を高めている。ロス・マクドナルドの直系としてコリンズが相応しい理由とは、罪を犯さざるを得ない人間の業を達観した眼差しで見詰める姿勢にあるといえる。

暴力が蔓延る街で、下層の人間はいつか幸運が転がり込むことを夢見る。だが、彼方に美しく輝いていた虹は、近づけば近づくほど薄れ、冷たく硬い真鍮の紛い物に過ぎなかったことを、やがて待ち受ける不幸のもとで思い知る。全ての事実を突き止めた後、フォーチューンは面倒ながらも放ってはおけない男を救えたことで、僅かな満足感を覚える。

本作はいささかプロットを複雑にした嫌いがあり、すっきりしない部分もあるのだが、ハードボイルドの精神を受け継ぐフォーチューンシリーズは読めるだけでも幸せだ。残念ながら、マイクル・コリンズは2005年に亡くなっているが、残された作品を今後も読み続けていきたい。

評価 ★★★

 

真鍮の虹 (1979年) (世界ミステリシリーズ)

真鍮の虹 (1979年) (世界ミステリシリーズ)