海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「ココ」ピーター・ストラウブ

長大なボリュームのサイコ・スリラーで、文学志向の強いストラウブの濃密な筆致のせいもあり、読み終えるのに時間を要した。ベトナム戦争従軍によって重度の神経症を負った者が臨界点に達して殺人者と化す。新鮮味の無い設定だが、どう物語を膨らませ、捻りを加えて展開させるか、作家の腕の見せ所といえる。

本作に登場する主要な帰還兵らは須く心的外傷を抱えており、戦場の血を浴び錆びついた鎖で互いに繋がれている。社会復帰を果たし、それぞれが人生のやり直しを始めても、再び〝戦友〟が集えば極めて特殊な軍人の戒律/指揮系統によって縛られていく。彼らにとっては、その呪縛こそ鬱屈した慰撫へと導くものであり、ベトナム戦争の記憶は日常の倦怠を解き放つ麻薬の如き常習性を伴って脳内にとどまり続け、過去と現在/異常と正常の境界を容易に乗り越えていく。

ワシントンの戦没者慰霊碑完成を機に再会した4人の男は、アジアで起こった連続殺人事件を語り合う。見出だしたのは「ココ」という血塗られた符牒。その名は、或る村での虐殺の悪夢に直結していた。戦場のただ中に出現し、再び甦ったサイコ・キラー。「ココ」は、ソンミ事件を想起させる無差別殺戮の真相を告白するという餌で、かつて現地へと赴いていたジャーナリストらを個々に誘い出し、残虐な殺し方を用いて口を封じていた。「ココ」の正体は、現在小説家として名を馳せていた〝戦友〟の一人であると確信した帰還兵らは殺人者が潜伏する地へと飛んで炙り出すことを画策する。真犯人を突き止めて世間を驚嘆させ、あわよくばカネを生む一大イベントへと変転できるからだ。だが、その深層には暴力への歪んだ崇拝が流れており、その狂気の度合いは「ココ」に引けを取るものではなかった。

 物語は「ココ」という存在が決して異質な化け物ではなく、狩る者と狩られる者、両者の首はいつでも挿げ替え可能であったことを、それぞれの過去と現在のエピソードを積み上げて指し示していく。「怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化す」(ニーチェ)ことへのイロニーとして、そもそも怪物を〝創造〟したのは身勝手な征伐を加える側であることも描き出している。相手を〝獲物〟として互いに狩り合う構造は、戦争によって崩壊する精神の脆弱性と「殺す」ことでしか得られないカタルシスの無常観に満ちている。

評価 ★★★

 

ココ (上) (角川ホラー文庫)

ココ (上) (角川ホラー文庫)

 

 

 

ココ (下) (角川ホラー文庫)

ココ (下) (角川ホラー文庫)