海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「殺しのデュエット」エリオット・ウエスト

私立探偵ジム・ブレイニーを主人公とする唯一の長編。1976年発表で、時代背景は決して古くはないのだが、ノスタルジックな読後感があるのは、人物設定や一人称の語り口が所謂「正統派ハードボイルド」の形式に沿っている所為だろう。といっても、物語の展開は極めてハードで、従来のハードボイルドのスタイルから離れたシニカル且つシリアスな構成をとっている。

夜の街中で銃撃戦に巻き込まれたブレイニーは図らずも麻薬の売人を射殺した。この事件で一躍名を上げ、人殺しを厭わない〝タフな探偵〟を所望する依頼人から大仕事が舞い込む。別れた妻が持ち逃げした百万ドル相当の宝石を奪還してほしいという単純なケース。当然、うまい話などは転がっているはずもなく、大きな障害があった。女の潜伏先はギャング組織の親玉の家だった。相応の危険を覚悟した上での潜入となる。嫌な予感がしながらも、ブレイニーは15万ドルという巨額の報酬に魅せられる。50歳目前の中年期に入り、重くのしかかる将来への不安。離婚した妻が引き取った娘は多感な時期にあって麻薬の絡む問題を抱えていた。自らは若い女性秘書と愛人関係にあり罪の意識が消えない。この案件を片付けることができれば、これまでの人生の清算を図ることが出来、転機ともなり得た。ブレイニーは決断し、行動を開始する。だが、既に歯車は狂い始めていた。

翻訳文庫版帯に「男であることの誇りと悲哀」とある。現代社会でこんな台詞を吐けば失笑されるのが落ちだが、ハードボイルド小説に限っていえば、このキャッチコピーは本質を突いている。時に虚勢を張ってでも己を律し、あるべき男の矜持を行動を通して示す。良くいえばストイシズム、悪くいえばやせ我慢。着古した「男であることの誇り」を胸に、ここぞというところでは敢然と立ち上がり、闘いの場へと赴く。だが、チャンドラーの時代と違うのは、その「誇り」こそが障害となり、物事の結果を左右することがあり得るということだ。今もハードボイルドの姿勢を貫くことが決して甘美な終幕に至るものではないことを、本作は真っ正面から描き出している。

直球勝負と思わせつつツイストを利かせたプロット、凛として緊張感に満ちた文体、生々しい情動の交差の果てに終局において修羅場と化す愛憎と喪失。本作の主人公はタフであろうとするが故に、全てを失うこととなるのだが、その皮肉な結末には、新たなハードボイルド小説の地平を切り拓こうとしたウエストの意欲が表れているようだ。

評価 ★★★★

 

殺しのデュエット (河出文庫)

殺しのデュエット (河出文庫)