海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「サハラの翼」デズモンド・バグリイ

名作「高い砦」(1965)によって冒険小説ファンを熱狂させたバグリイは、1983年に59歳の若さで死去するまで、常に高水準の作品を発表し続けた。概ねプロットはシンプルで、冒険行もストレート。簡潔な文体によるシャープな活劇小説の書き手として、日本の読者にも愛された。
1979年発表「サハラの翼」は、バグリイ後期にあたる第12作目。余分な贅肉を削ぎ落とした硬質なロマンを前面に押し出している。本作は、捻りの無い筋立てや、ややステレオタイプな登場人物の描き方、意外性の薄い黒幕の正体など、欠点は多い。ただ、全体としては冒険小説の本道を行くものなので、バグリイの世界は変わらずに楽しめるだろう。

主人公は、英国で保安コンサルタント会社を経営するマックス・スタフォード。保安を担当する軍需品製造会社社員ポール・ビルソンが前触れも無く失踪し、調査に乗り出す。その男は、取り柄のない平凡な経理課員でありながら、高給の優遇を受けていた。行方を探り始めて間もなく、スタフォードは不可解な妨害行為を受け負傷する。保安上は契約先に実害が生じていなかったため、事件から手を引くことはできた。だが、スタフォードは、さらに追跡調査を進め、唯一の近親者である姉に接触。ビルソンが姿を消した理由とは、飛行家であった父親の死を扱った新聞記事が要因らしい。1936年、アフリカ横断飛行レース中にサハラ砂漠で消息を絶ったピーター・ビルソンは死んでおらず、多額の保険料を騙し取ったと揶揄する内容だった。幼い頃に父親を失い、強い憧憬を抱いていたポールは怒り狂い、父親が死んだ証拠を手にするためにアフリカへと飛んだのだった。しかし、40年以上も前に墜落したその場所は容易には辿り着けない砂漠地帯と推察できた。
経営者として自らを縛り付け、安定しながらも変わらない日常に飽き足りなさを感じていたスタフォードは、休養という名目で会社を離れ、ビルソンの跡を追う。だが、同時に墜落機発見を阻止する命を受けた殺し屋が動き始めていた。

ビジネスマンとして成功した男が安穏たる日々を捨て、未知の冒険に没入していく。安全圏を外れ、敢えて危険地帯へと乗り込む。関係性の薄い第三者的な立場は、自らの行動が当事者らの未来を変えていくこととなる。それだけに己を律しなければならない。切り拓く路の先にあるのは、再生か死か。何れにしても、男にとっては生命を懸けるだけの値打ちを、そこに見出しているのである。これぞ、冒険の根幹となる動因だろう。

物語は活劇よりも、アフリカ北部の厳しい自然環境や遊牧民の生態に触れつつ、それまでの生き方を述懐する主人公の心の揺れに力を注いでいると感じた。人間の力など到底及ばない自然の摂理。果てなき地平。星の美しさ。大地に横たわり、空を見上げるスタフォードの感動。このシーンを描くために、バグリイは「Flyaway」を著したのではないだろうか。

評価 ★★★

 

サハラの翼 (ハヤカワ文庫NV)

サハラの翼 (ハヤカワ文庫NV)