海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「濃紺のさよなら」ジョン・D・マクドナルド

音楽界で「ミュージシャンズ・ミュージシャン」という言葉がある。同業者に少なからずの影響を与えて尊敬を集めているが、必ずしも一般の人気とは一致せず、どちらかというとマイナーな存在。要は大衆的ではないが、玄人受けするクリエイターのことだ。容易には真似の出来ない技量、独自の世界観を持つ孤高さ、業界への貢献度など。無論、なぜ評価されているのかを知るには、その作品に直に触れることが一番の近道となる。
米国ミステリ作家で思い付くところでは、クライムノベルのエルモア・レナード、スリラーのロス・トーマス、そしてハードボイルドに限らずジャンル不問のジョン・D・マクドナルドとなる。日本では、その作品よりもロス・マクドナルド(ケネス・ミラーが筆名としてジョン・マクドナルド、ジョン・ロス・マクドナルドを当初使用)と混同されて迷惑したという逸話の方が知られているかもしれない。
共通するのは、ずば抜けた傑作がない代わりに、安定した良作をコンスタントに発表し、通好みの味わい/洗練したスタイルで根強いファンを持つということ。複雑なプロットよりも人物造型に力を入れ、緻密な構成よりも印象に残る情景を重視、簡潔だがクセのある文体で読者を引き込む。つまり、狭義のミステリへのこだわりが無く、幾通りもの楽しみ方ができる「大人の小説」の書き手である。

本作は、トラヴィス・マッギーシリーズ第1弾で1964年発表作。薄倖の女の弱みにつけこみ、大金を奪い取った男との対決までを描く。常時ヨットに居住するマッギーの生業は、もめごと処理屋/取り返し屋という曖昧且つ特殊なもので、生活費を稼がねばならない時にだけ仕事を請け負うというスタンス。揉め事をさらに引っ掻き回して糸口を探るというやり方はいかにもハードボイルド的。筋立てだけ追えば、いかにもアメリカ的な自由を体現する主人公の楽観さが目立つようだが、一読すれば結構奥深い視点を備えていることが分かる。
叶わないと悟りつつも夢を追いかけざるを得ない市井の人間たちを見つめる主人公の視線は、乾いていながらも深い共感を滲ませている。共同体の中で生きるシニカルな人間観察者として、マッギーは時に応じて社会学的な考察を語る。或る意味、流浪の身でありながらも、現実社会との関わり、その中で生じる軋轢/トラブルから距離を置くことが出来ない不器用さ、裏を返せば誠実さを秘めているのである。さらに、マッギーは己の力を過信した結果、惚れた女を失うことになるが、主人公を完全無欠ではなく、弱さを曝け出す等身大の男としても描いている。物語自体は大きな起伏もなく、謎解きの要素も薄いが、新たなヒーロー小説のあり方を模索する他の作家らに刺激を与えたことは間違いない。

評価 ★★★

 

濃紺のさよなら (Hayakawa pocket mystery books)

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