海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「過去からの狙撃者」マイケル・バー=ゾウハー

スパイ/スリラー小説の醍醐味を堪能できるバー=ゾウハー1973年発表の処女作。二重三重に仕掛けを施したプロットは、後の「エニグマ」、「パンドラ」で更に深化するのだが、無駄なく引き締まった本作も決して引けを取るものではなく、綿密に練り込まれた構成の巧さには舌を巻くしかない。入り組んだ謎がクライマックスで一気に氷解するロジックの快感は、柔な〝本格推理モノ〟を軽く凌駕する。さらにスピード感溢れる展開の中で、眩暈さえ覚える濃密なサスペンスは、終局に近付くほど強烈になっていく。

物語は、ダッハウナチス強制収容所で起きた陰惨な事件を発端とし、70年代米国を皮切りに連続して起こる不可解な殺人が謎をはらんで進行する。ソ連外相が暗殺された翌日、その運転手が同一の銃で殺害された。それだけに留まらず、ヨーロッパでも関連すると思しき犯行か続く。米ソ諜報機関は外相が「人違い」で殺されたと結論を下し、動機を含めて殺害者の炙り出しに着手する。
入り組んだ迷宮の如きパズルを解き明かすのは、一線から退いていたCIA局員ソーンダーズ。やがて、一連の被害者は、第二次大戦中に或る強制収容所に収容されており、その地獄を生き延びたという共通点があることを掴む。ソーンダーズは過去の闇へと潜り、悲劇的な事実のみならず、今も燻り続ける復讐の火種を目にする。だが、瞠目の真相は、まだ氷山の一角にしか過ぎなかった。

先の見えない冷戦時にデタントへと向かう一方で、勢力均衡が崩れることを恐れ、前例のない緊張関係にあった米ソ首脳の謀略。「平和」へと傾き始めた動きに反発する一部政府/軍上層部排除の目論み。個の報復と国家の陰謀が複雑に絡み、事件が予想外の様相を見せる中、ソーンダーズは卓越した分析/解析力を駆使し、終幕に於いて大胆且つ卑劣極まりない策略の全貌を明らかにする。

空虚で苦いラストも余韻を残す。バー=ゾウハーの超絶技巧が冴え渡る傑作だ。

評価 ★★★★★

 

過去からの狙撃者 (ハヤカワ文庫 NV 160)

過去からの狙撃者 (ハヤカワ文庫 NV 160)