海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「声」アーナルデュル・インドリダソン

孤独な生活を送っていたドアマンがホテルの地下室で惨殺される。
かつて男は、美しい歌声で人々を魅了したことがあった。だが、避けて通ることのできない変声のため、スポットライトを浴びた初舞台で、一瞬にして「ただの少年」へと変わったのだった。厳しく指導し息子に期待を懸けていた父親。失望と嘲笑、果ての転落。以降の人生はもはや「余生」に過ぎなかった。人々との関係を絶ち、人畜無害となっていた男を殺害した動機とは何か。レイキャヴィク警察の捜査官エーレンデュルは、私生活でのトラブルを抱えつつも、濁りきった事件の底に沈殿する鍵を求めて、再び水中深くへと潜り込んでいく。

インドリダソン翻訳第三弾。「家族」を主題とする著者の主張がより明確となり、前面に出てきている。本作では、親と子の関係性を問い直す三つのケースを扱い、マイノリティに関わる現代的な問題も絡めている。その中心となるのは、世捨て人同然となった男の半生なのだが、挫折の容量は重いとはいえ、人間の業に思いを馳せるような悲劇性は高くない。捜査を主導する主人公エーレンデュルの家族関係とのリンクを一層深めているため、軸となる事件自体の強度が弱められた感じだ。テーマを深めるためのメッセージ性が過多となり、肝心の物語が薄くなってしまっている。前2作「湿地」「緑衣の女」に比べてプロットの構成力も弛緩しているのは残念だ。

評価 ★★★

 

声 (創元推理文庫)

声 (創元推理文庫)