海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「白の海へ」ジェイムズ・ディッキー

ミステリではないが、根幹には冒険小説のテイストがあり、予測不能の展開もあって強烈な印象を残す。

日米戦争末期、焼け野原と化していく東京でB29型爆撃機が墜落する。投げ出された機銃兵マルドロウは奇跡的に命拾いするが、敵国にただ一人取り残される。不可解にも男は、味方の救出を待つことなく、独自の観念に基き行動に移る。その手に漠とした日本地図を持ち、異国の直中を逃亡。頭の中にある目的はひとつ。北へと向かうこと。限りなく「白い世界」北海道へ。それは、理性ではなく、本能が命じていた。
男の「視野」は極めて狭く、思考範囲も限られている。生存本能に関わる感覚は異様なまでに鋭く、別の側面では非常に鈍い。自然に対する感性も野性児と同等。白鳥を殺し、餓えと寒さを凌ぐ。北海道へと渡ることは、男が生まれ育ったアラスカの大地へ還ることと同義だった。

男は日本人を侮蔑し、動物と同格として視る。身を守り、生き抜くために平然と殺す。異質であることがシンパシーへと変わる日本への畏敬は全く無い。読者によっては不快に感じるだろうが、海外作家が陥りがちな誤解と偽善に依る美辞麗句が無い分、潔いと感じた。
終盤、北海道に渡った男は或る部落に辿り着く。恐らくアイヌ民族であろう。歓迎されたにも関わらず、一匹の子熊を救う為に、村の男を殺す。そして、最期となる地では鷹匠の老人と出会う。男は、序盤とは全く別の人間に変貌している。社会性とは無縁の剥き出しの「生」。その躍動/昂揚が頂点に達した時、「白い世界」は真っ赤に染め上げられていく。

主人公の内面を推し量ることはできない。狂気と紙一重でありながらも、男を終始貫いているのは野性的な帰巣本能だ。人も動物も区別無く実存し、朽ち果てる「虚無」の世界。荒涼とした大地の上で、去来したものとは何か。静寂の中で迎えるカタルシスは白銀の彼方へと消え、男を駆り立てた思いも無へと化す。

評価 ★★★★

 

白の海へ TO THE WHITE SEA (小学館文庫)

白の海へ TO THE WHITE SEA (小学館文庫)