海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「女王のメッセンジャー」 W・R・ダンカン

舞台となる東南アジアの濃密な空気感まで見事に再現した1982年発表のスパイ/スリラーの秀作。新興国家に渦巻く謀略の顛末をスピード感溢れる筆致で描き、劇的な流れで読ませる。

厳格な規律のもと、英国の最高機密文書を全世界で運ぶ〝メッセンジャー〟マーストンが香港の空港から失踪した。抱えた鞄の中には、タイの密林に潜み、貴重な情報を送り続けている正体不明の男「エクスカリバー」のメッセージが含まれていた。背後に浮かび上がるKGB工作員の影。同時期にマーストンの娘が誘拐されており、その父親は脅迫による拉致だったことが判明する。事態は謎をはらんだまま錯綜し手詰まりに。英国秘密情報部は、「エクスカリバー」が受け手として唯一指名していたMI6局員ゴードン・クライヴの派遣を決める。過去に同地で工作班を率いたことがあり、土地鑑があった。課せられた使命は、マーストン追跡と秘密文書の奪還。香港、タイへと消えた男の痕跡を辿りつつ、クライブは決死の工作活動を繰り広げていく。

緊張感をはらみ展開する物語は、構成力と人物造型に優れ、ボルテージは終盤に向かうほどに加速する。特筆すべきは、タイの思想風土を偏見無く描いている事で、死者を弔う古来からの仕来りや、継承した文化を守り続ける人々を真摯な眼差しで捉え、違和感なくストーリーに組み入れている。クライヴが現地採用するタクシー運転手と元ボクサーの用心棒との交情など記憶に残るシーンも多く、枝葉をきっちりと彩色していることにも好感が持てる。主人公は敏腕だが陰影があり、任務遂行のためには暴力も辞さない非情な面を持つ。裏切り者と対峙し、積年の遺恨を晴らす終幕は、苦いカタルシスに満ちる。

評価 ★★★★

 

女王のメッセンジャー (ハヤカワ文庫 NV 344)

女王のメッセンジャー (ハヤカワ文庫 NV 344)