海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「静寂の叫び」ジェフリー・ディーヴァー

ディーヴァーの名を知らしめた出世作で、大胆且つ緻密な構成と簡潔且つ流れるような語り口が見事に結実した傑作である。冒頭から結末まで、常に読み手の予想を超える展開で、ページを捲る手を止めさせない。
本作は、聾学校の生徒と教師を人質に取り廃棄された食肉加工場に立てこもった脱獄犯3人と、FBI/警察合同の対策チームによる一触即発の攻防を描き、登場人物一人一人の息遣いまで感じさせる濃密な世界を創り出している。二重三重に仕掛けを施し、単調な犯罪小説に終わらない趣向も凝らしてエンターテインメント性を重視。加えて全編シリアスなムードに徹し緊張感が途切れることがない。

狡猾で残虐な犯罪者と、冷徹で経験豊かなネゴシエイターとの心理戦が最大の読みどころとなるが、特に主人公格のFBI交渉人ポターの造形が深く、一人でも多くの人質解放を為すために過酷な決断を迫られる男の苦悩を余すところなく活写している。限られた時間と凄まじい重圧の中で繰り広げられる駆け引きは、攻勢/防御の合間に持久戦を挟みつつ、柔な楽観を瞬時に打ち砕く劇的なプロセスを経て、限界まで加速していく。
障害を持つ子どもと女性に限定した人質の設定には、ディーヴァーの〝悪魔的〟な着想/算段が読み取れる。つまり、寸断される意思疎通や暴力への微弱なる対抗手段など、須く残酷な情況へと陥らざるを得ず、活路を開く起死回生策が如何に困難極まりないかを、よりクローズアップできるからだ。

臨場感溢れるリアルタイムでの追体験と、前へ前へと煽られていく疾走感は、読み手に対して少なからずのストレスさえ強いるだろう。
持論だが、サスペンスの極意とは、謎をはらんだ危機的情況へと一気に追い立てる序盤、更に追い詰められて精神的緊張/迷走へと向かう中盤、ようやくの転回/逆転を経て窮地を脱し最終的な解放或いは破滅へと至る終盤のカタルシス、以上の三段階にある。当然、小説家の筆致如何で出来不出来は決まるのだが、本作に於けるディーヴァーの冴え渡る技巧は、サスペンス/スリラーの手本とも成り得るものであり、「交渉人」を主題とした数多い作品の中でも白眉の出来である。

評価 ★★★★★

 

静寂の叫び〈上〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

静寂の叫び〈上〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

 

静寂の叫び〈下〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

静寂の叫び〈下〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)