海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「夜歩く」ジョン・ディクスン・カー

執筆時25歳のカーが1930年に発表した処女作。
いささか緩慢な構成や緻密さに欠ける仕掛け、浅い人物造形などに若さを感じるが、隆盛期にあったミステリの世界に新風を吹き込もうという気概に溢れている。後に開花する怪奇趣味や不可能犯罪への愛執にも満ちてはいるのだが、怨念/愛憎を動機とする殺害の状況は「やり過ぎ」ではないかと感じるほど過剰で、本格物にありがちなトリッキーな不自然さのみが印象に残る。
私の読み落としかもしれないが、第一となる殺人で被害者の首は剣によって切り落とされているのだが、大量の返り血を浴びているはずの殺人者はアリバイ作りのために即刻関係者の前に姿を現している。謎解きの面白さを主眼とするミステリが或る意味厄介なのは、ひとつの引っかかり/疑問が最後まで解けない場合のフラストレーションが、作品自体の評価に繋がってしまう点にある。

存在感の〝薄い語り手〟と〝濃い探偵〟という「本格推理物」ならではの設定は、ポー創始以降、コナン・ドイルが定着させた〝基本〟に倣うもので、大半の読み手が安心感を覚え、推理に没頭できるように形作られている。だが、この手のフォーマットは展開が分かりやすくなる半面テンポが悪くなり、ある程度の技倆が無ければ大した効果を上げない。作家らは、語り手なり探偵に奇抜な造形を施して、新鮮味を与えるように苦心しているのだが、逆に余計な付け足し/邪魔な挿話で終わってしまうことも多い。本作でも、語り手が或る登場人物と恋愛一歩手前までいくという唐突且つ余分なエピソードを盛り込んでおり、それがプロットに生かされているとは言えない。歩み始めたばかりのカーの青さが露呈しているのだが、後の傑作群を思えば、巨匠にも「こんな時代があった」と捉えるべきなのだろう。

評価 ★★

夜歩く (ハヤカワ・ミステリ文庫 5-2)

夜歩く (ハヤカワ・ミステリ文庫 5-2)