海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「旅の記録」としての海外ミステリ

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海外ミステリや映画のレビューを綴られているブログ「僕の猫舎」のぼくねこさんが、この度「海外ミステリ系サイトのリンク集」をまとめられた。
https://www.bokuneko.com/entry/2019/02/25/121721
拙ブログも著名な方々と共に紹介して頂いており恐縮しきりなのだが、海外ミステリに対するぼくねこさんの迸る熱意と愛、それを共有する〝仲間〟への思いがひしひしと伝わる内容となっている。ぜひ、新たな本との出会いを求めて訪れて頂きたい。


以下は、その思いを受けての私の駄文だが、「自己紹介に代えて」という意味もある。
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私が海外ミステリに〝憑かれた〟のは、例に漏れずクイーン「Yの悲劇」を十代の頃に読んでからだ。

究極的に殺人へと至る悪の心理、犯罪のまやかしを論理的に解き明かすという快感。娯楽性のみならず、罪と罰のあり方も問い掛ける重層性。生と死、堕落と再生、混沌と秩序。ミステリは、人間を描くことに於いて、やわな文学が太刀打ちできない深みと重さを持っていた。

世の中にはこんなに面白い本があったのだと、とにかく衝撃を受けた。その興奮覚めやらぬまま、友人らに熱く語っていたことを昨日のことのように思い出す。厚かましくも他人に薦めたくなる欲求、これが本ブログの出発点であり、常に根幹にあるものだ。

少年期は、限られた小遣いやバイトで稼いだカネは、殆ど本の購入にあてた。早川書房の「ミステリマガジン」や数多のガイド本を片手に、古書店も漁った。驚いたのは、ミステリの幅の広さで、読めば読むほど、新たな世界が待っていた。本格、サスペンス、ハードボイルド、警察小説、スパイ/冒険小説、さらには幻想/ホラー。名作、傑作、大作、凡作、駄作。唸り、感動し、泣き、笑い、学び、時には放り投げた。日本の優れた作家たちも出来るだけ読んだ。中でも、結城昌治との出会いは至高で、全著作を血眼になって収集した。

当たり前だが、海外ミステリの舞台は外国である。例え日本を描いていても、大半は現代に忍者が駆け回るような設定であり、異国と同じである。本を開いた瞬間から、読み手は物語の中に登場する社会の住人となり、摩天楼の下や寂れた酒場の片隅で、奥深い森や渇いた砂漠の只中で、大海原や大空の上で、謎に満ちた冒険へと向かう。
単なる旅の雑誌や映像と違う点は、歴史や民族性、言語や風俗、街並みや自然環境、社会的問題や国際的な立ち位置さえも、物語を通して知ることができるということだ。海外ミステリを一冊読むごとに「旅の記録」が増える。作中で出会い、別れた人々への思いもまた同時に記憶されていく。

実は、本ブログを立ち上げた際、一気に掲載したレビューは覚え書きと変わらず、単に読後感をそのまま綴ったものが多い。以降、日々の読了とほぼ同時進行で駄文を掲載しているのだが、最近は文章が長くなってしまう傾向にあり、しかも文句を付けたい作品ほど「悪化」するため、反省しきりではある。書くことよりも読むことを優先するため、必然的に紹介できていない本が増える。ただ、記録された「旅」を読み返すと、自分の拙い文章からでさえ、物語の情景がくっきりと甦ることがある。

色褪せることのない感動を求めて、今日もまた新たな旅に同行している。