海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「マフィアへの挑戦1/戦士起つ」ドン・ペンドルトン

〝死刑執行人〟を自称する元軍人マック・ボランは、「悪人には死を」という極めて短絡的思考で問答無用の私刑を履行する。法に縛られた社会を唾棄し、己が標榜する独善的正義の旗を高々と掲げた超人ヒーローは、裏を返せば「コミック」にしか成り得ない設定だ。いかにもアメリカ的な暴力志向に捕らわれ、ミステリ界では、先駆と言っていいスピレーン/マイク・ハマーの系譜に連なる。本シリーズは即効人気を得て、数多の亜流を生んだ(根元では繋がっているパーカー/スペンサーという変種もあるのだが、言及すると長くなるので省く)。恐らくは、平凡な日常に飽き足らず、過激な暴力小説から刺激を得ようとした米国市民の〝ガス抜き〟として作用したのだろう。その意味では、ペンドルトンは読者のニーズに巧く応えている。

第1弾発表は1969年。ベトナム戦争で並外れた戦功を上げていたボラン軍曹が帰国する。闇金に手を出した父親が、追い詰められた果てに家族を道連れにして無理心中を図ったらしい。その元凶となるのは、市民の心身を蝕む悪の権化イタリアン・マフィアだった。ボランは復讐を果たすため、素性を隠して組織に接触し、皆殺しの機会を待つ。そして、どうにも〝中途半端〟な襲撃を終盤で繰り広げた後に、一人悦に入り「続きは次作で」と読者を待つ。

ボランがベトナム症候群であることは明らかで、汚い戦争を戦ったという負い目と、その半面では決して無駄ではなかったという憤懣がある。その捌け口となるのがマフィア殲滅であり、どこまでも利己的/慰撫的な動機に突き動かされている。その証拠に、マフィアへの個人的復讐は、序盤で驚くほど早く変節する。「悪を滅ぼすことこそ、己に課せられた使命」だと宣言。そもそも、ボランの家族を殺したのはマフィアではない。だが、男の脳内では、もはやどうでもよくなっている。要は、大半の読者が予想/期待する通りに一気に飛躍して〝ヒーロー〟化を遂げる。狂った人間の殺戮を密かに支持する愚劣な警察も味方につけ、準備万端整う。

ベトナムが駄目ならマフィアがある。声高く「正義」を誇示できない戦争の代用として、完全なる悪/犯罪組織を添え、それを完膚無きまで叩きのめすさまを描けばいい。本シリーズが、ベストセラーとなったのは至極当然といえる。
ただ、屍の山のてっぺんから銃を構える男の歪んだ形相に、終わりなき戦争/紛争を生み出す者どもの捻れた表象を視る私にとっては、何もかもが空虚に映り、本作を通して得るものも何ひとつない。

評価 ★★

 

マフィアへの挑戦 (1) (創元推理文庫 (158‐1))

マフィアへの挑戦 (1) (創元推理文庫 (158‐1))