海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「手負いの狩人」ウェンデル・マコール

リドリー・ピアスンが別名義で上梓した1988年発表作で、ジョン・D・マクドナルド/マッギーシリーズへのオマージュを捧げている。テイストはハードボイルド、一人称の文体はシャープだが、やや饒舌な印象。プロットよりも主人公の生き方、人々との関わり方に重点を置き、ナイーブな男の成長をメインに描く。

舞台は、ロッキー山脈を望むアイダホ州リッドランド。友人ライエルの別荘に滞在していた元ミュージシャンのクリス・クリックのもとを見知らぬ女が訪ねてくる。著作権料請求の代行人としての副業を持つクリスは、大物の関わった案件で失踪人を捜し当て、マスメディアを通して名を知られていた。依頼人はニコール・ラッセル。夫のポールが5万ドルを持って家を出た。その金を取り戻したいという。夫婦の関係は完全に冷え切っていた。クリスは、気高い美しさの中に危うい脆さをあわせもつ女に魅了される。町の住人らに聞き取りを始めて間もなく、麻薬密売の絡んだ猟銃事故との関わりを掴む。死人は頭を吹き飛ばされていたが、牧場を営むスイートランドという男の身元であると判明。ポールが消えた日と一致した。クリスは、保安官ハドソンを訪ねるが、不可解にも激しい抵抗にあう。ポール・ラッセルの失踪は、閉鎖的な田舎町の根深い闇へと通じているらしい。クリスの長く気怠い一日は、まだ始まったばかりだった。

刑事ボールトシリーズに於ける重厚さ/繊細さを粗く緩くした感じだが、底流にある感傷は共通している。敢えてスタイルを変えることで作家としての幅を広げようとしたのだろう。警察という国家権力からの束縛から離れ、より自由を体現できるヒーローの創造は、新たな視点で社会の下層を物語るに相応しいというところか。マコール/ピアスンの伸び伸びとした筆致は、創作することの喜びに溢れている。

評価 ★★★

 

手負いの狩人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

手負いの狩人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)